テラーノベル
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顔を照らす柔らかな陽の光に眠っていた頭が徐々に覚醒していく。ゆっくりと重い瞼を持ち上げると、大きな窓から燦々と差し込む陽の光と、朝焼けに照らされたビル群が遠くに見えた。
美咲の頭は、いつもの寝起きの景色とは違う状況に一瞬だけ混乱する。しかし、三年ぶりに再会した年上の幼なじみに、なかば強引に豪華なタワーマンションに連れて来られたことを思い出した。
今、何時だろう?
ベッドから起き上がり辺りを見回すが、時計らしき物はない。美咲は記憶を頼りに、チェストに置いていたスマホを持ち上げ時間を確認する。
十時を過ぎていた。
今日が、休みで助かった。
学園祭の次の日は、振替休日となり大学は全学科休校となる。さもなければ、大幅な遅刻は免れない。まぁ、大学四年生ともなれば、就活も終わり、必要単位も取り終わり、残りの大学生活を悠々自適に遊んで暮らす勝ち組連中は、学校にも来ない。
残念ながら美咲はと言うと、そんな勝ち組連中とは違い、未だに来年の就職先も決まっていない、完全なる負け組、貧乏大学生だ。
さすがに十時過ぎているし、廉はもう家にいないよね?
昨日の今日で廉に会うのは非常に気まずい。
扉に耳を当て外の様子を伺うが、何の物音もしない。美咲は自室の扉を開け廊下を歩き出す。恐る恐るリビングの扉を開け中を覗くが、廉は家にいなかった。
「これ全部、廉が作ったのよね」
こんがり焼けた鮭に、綺麗な卵焼き、ほうれん草のおひたしに艶やかなきんぴらごぼう。ダイニングテーブルに並べられた純和風の朝食を前に唖然とする。
独身の男の人って、こんな完璧な朝食を作れるものなの?
毎朝、百円の食パンを牛乳で流し込んでいた美咲には、信じられない光景だった。しかも、さりげなく置かれた書き置きに美咲は頭を抱えたくなる。
『適当に朝食を作って置きました。ご飯は炊飯器に、味噌汁は温め直して食べてください。今日は早目に帰宅します。夕飯は、一緒に食べましょうね』
なによ、これ。新婚夫婦の文面じゃない。
テーブルに置かれた廉からの手紙を手に、新妻からの手紙を受け取った夫の気分を味わうとは思ってもみなかった。
普通は逆よね。
赤くなった顔を認めたくなくて、慌てて席についた美咲は、廉が作った文句なしに美味しい朝食を食べつつ、今後のことを考え始めた。
とりあえず今は、状況確認が先決よね。まず母に電話をして、廉が言ったことが事実か確かめなくちゃ。そして、アイツにも電話をしてみよう。廉の弟の遥ならこの状況をなんとしてくれるかもしれない。
このままなし崩しに一緒に住むのは、精神衛生上良くない気がする。
廉って、あんなにエロかった?
昨夜の濃厚なディープキスを思い出し、美咲の顔が赤くなる。
まだ恋人同士だった三年前は、あんなエロエロな雰囲気になったこともなかったのに。まぁ、所詮同情で付き合ってくれてたわけだし、まだ高校生のお子さまじゃ、性の対象にもならないか。
幸せだと思い込んでいた三年前を思い出し、何とも言えない憐憫が心の中に広がっていく。
当時はキスすらまともにしてくれなかった廉に、ちょっぴり不満を募らせていたのだ。おままごとのような恋をしていた高校生時代、色々と性に興味が出るお年頃だった美咲は、手を出してくれない廉にジレて一度押し倒したことがあった。ただ、そんな時ですら軽いキスしか返してくれなかった。
まぁ、廉には本命の川口さんがいたわけだし、お子さま相手じゃ、欲もわかないか。
傷む心に気づかぬフリをして『ごちそうさま』と、手を合わせると食べ終わった食器を片付ける。
「時間があったら、夕飯でも作ろうかな」
シンクに食器を置き水を流せば、ザァザァと落ちていく水の音がささくれ立った心をわずかに鎮めてくれるような気がした。
♢
朝食を食べ終わった美咲は、自室へと駆け込むとすぐに、母へと電話をかけた。
あいさつもそこそこに、自分の置かれた状況について切り出しわかったことは、昨夜廉が言ったことは全て事実で、彼は美咲に嘘をついていなかったと言うことだ。
アパートの退去手続きから、引越しの手配まで、全て廉が代理でしてくれることになっていると言った母の言葉は、美咲にとっては絶望以外の何ものでもなかった。
廉の話の中で唯一違ったのは、美咲がすでに家なしになっていると言うこと。両親は、アパートの解約は廉と美咲、二人でするものだと思っている。ここで知らない間に勝手にアパートを解約され、廉の住むマンションに強制連行されたと母に訴えれば、アパートを借り直す許可も出たかもしれない。しかし、廉を誉めちぎる母の話を聞いているうちにそれも出来なくなってしまった。
離れて暮らす両親には心配をかけたくない。
昨夜の出来事が、用意周到な計画の元に準備され、実行されたことを思い知り、ほとぼりが冷めるまでは廉と一緒に住むしかないと、美咲はしぶしぶ納得するしかなかった。
「――っ遥!! 貴方のお兄さん、いったいどういうつもりなのよ!?」
「あっ……、とうとう兄貴、実行しちゃったか」
三コール目で電話に出た遥に向かい、美咲は開口一番怒鳴りつけていた。
今をときめくアイドルグループBRADMOONのメンバーである遥は、廉の弟でもあり、美咲の幼なじみでもある。多忙をきわめる遥に電話が繋がるか心配だったが、上手くいった。
「遥……、もしかして知っていたの?」
「いやぁ、まぁ。知っていたというか、何というか……」
歯切れの悪い返答に、美咲の怒りのボルテージも上がっていく。
「遥、知っていたわね。廉による拉致監禁計画を!?」
「拉致監禁って、おおげさなぁ」
「大袈裟なもんですか!? 知っていたならどうして教えてくれなかったのよ! 昨日の学園祭だって、廉が来るってメールで教えてくれても良かったじゃん! そしたら逃げられたかもしれないのに……」
「あっ! それ無理だわ。用意周到な兄貴が美咲の行動を把握してないと思うか? 大学からは逃げられても、解約されたアパートの前でとっ捕まるのがオチだ。まぁ、上手く逃げられても、家なき子じゃなぁ~、遅かれ早かれ捕まる運命だったんだ。諦めろ」
「そんな、無責任なぁ……」
「それと今だから話すけど、俺と美咲が二年前から繋がってるの、兄貴知ってるぞ」
「えっ!? どういう事?」
遥の言葉に美咲の心臓が嫌な音をたて、軋む。
遥とは、二年前から廉に隠れて、電話やメールでのやり取りをしていた。
廉と別れてすぐの一年目、彼と会うのが怖くて美咲は実家に帰らなかった。都会での新生活に早く慣れたいと言った美咲の願いを聞きいれ、両親も帰って来いとは言わなかった。しかし、二年目も同じ言い訳が通用するはずがない。
二年目の夏休み。美咲と同じく実家へと帰って来た遥に偶然再会し、今後も廉と鉢合わせをしないよう、定期的に連絡を取り合う約束をしていた。
「そもそも、夏休みに俺が美咲と出会うように仕向けたのも兄貴だぞ。お前が兄貴と別れてから、スマホもかえて一切の連絡も断ち、一人暮らしを始めた時の兄貴の荒れようは凄かったんだから。当時の兄貴に逆らう勇気はない~。マジで殺されると思ったよ」
「嘘でしょ!?」
「嘘じゃ、ねぇよ。大学が休みになるGWと夏休み、正月休みは必ず実家に戻るように命令されて、必ず美咲とコンタクトを取れと言われていたんだ。そこに、まんまとお前が帰って来たと言うわけだ。だから、美咲のスマホの電話番号もメールアドレスも全て兄貴は知ってるぞ。もしかしたら、GPSアプリで追跡されているかもな。調べといた方が良いぞ。兄貴ならやりかねん」
「……冗談よね。じゃあ、今までの私の行動は全部廉に筒抜けだったってこと?」
「まぁ~、そうなるな。美咲もさっさと諦めて兄貴とより戻せよ。今までも兄貴の掌の上で転がされていたんだから、今更逃げようったって無理だぞ。家無しで、美咲の両親の心まで掴んでるんじゃ、兄貴を頼るしかないだろう」
遥の言葉に美咲はぐうの音も出ない。
用意周到に張り巡らせた罠にかかった羽虫のように、美咲は廉の手の中へと落ちてしまった。
廉からは、もう逃げられない。
頭の中に浮かんだ言葉が美咲を追いつめ、遥の言葉を、ただ呆然と聞くことしか出来なかった。
コメント
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ああ、読んだ読んだ!第6話、もうね、廉さんの用意周到さに震えたよ…! 朝起きたら完璧な和食が並んでて、書き置きまで…新婚さんかよってツッコミ入れつつも、美咲の気持ちが痛いほど伝わってきた。特に、遥くんとの電話で「2年前から全部お兄ちゃんの掌の上だった」って明かされるシーン、ゾッとしたけど、同時に廉さんの執着というか、一途さがすごく出てて滾ったよ。もう逃げ場ないじゃん…これからどうなるんだろう、続きが気になりすぎる!