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「よかった……! 本当によかった……!」
カイルの手を強く握りしめるリリアンナの姿が遠目にも見える。
医務室戸口でそんなリリアンナの姿をちらりと認めたランディリックは、はやる気持ちをグッと抑えながら城主としての勤めを果たすべくセイレンと軽く話してから、彼を伴ってカイルのベッドサイドまでやって来た。
目の前まで来てみれば、カイルがリリアンナのことを「リリー嬢」と呼び掛けているのが聞こえてきた。そんな男の名を何度も何度も呼びながら涙目でカイルの手を握るリリアンナの姿は、さながら愛しい恋人とのひと時みたいに見えた。
それを目の当たりにしたランディリックは、胸の奥で説明しがたいざわめきが生まれるのを自覚した。だが当然のこと、態度に出すことは憚られる感情だ。
「カイル、意識を取り戻せて何よりだ」
握った拳を外套の影に隠し、声は平然を装ったまま。内心の動揺を悟らせないよう細心の注意を払う。
そんなランディリックたちに向かって、セイレンがカイルの病状説明を始めた。
「……ひとまず峠は越えました。しかしながら傷はまだ癒え切っておりません。しばらくの間、利き手は思うように動かせませんし、無理をし過ぎれば再び傷口が開き、熱に伏す可能性が高うございます」
その言葉に、リリアンナの瞳が大きく見開かれた。
「利き手が……使えない……?」
彼女は一瞬だけ唇を噛み、それから勢いよく顔を上げた。
「だったら、私が……!」
強く握り締めていたカイルの手を包み込み、潤んだ瞳で真っ直ぐに言い放つ。
「私がカイルの手になるわ!」
「リリー嬢……」
驚きと戸惑いを滲ませながらも、呼びかけるカイルの声音には、少しばかりの喜びが混じっているように思えた。
それに気付いた瞬間、ランディリックの胸にドロリとした感情が渦巻く。
(……手になる? リリーがそこまでする必要があるのか?)
そう思ったけれど、リリアンナはカイルの手の怪我を自分のせいだとしきりに言っていたのを思い出して、反射的に言葉を飲み込んだ。
恐らくリリアンナの方はその一心なんだろう。
変に勘ぐって、藪蛇になるのは避けた方が無難だ。
もちろん本音を言えば否と告げたくてたまらないが、カイルが意識を取り戻したら会いに行ってもよいと約束を交わしたのは他でもない、ランディリック自身なのだ。今さら異を唱えれば、リリアンナの信頼を根こそぎ損なうことになるだろう。
「いいよね?」
ここへきてリリアンナがハッとしたようにすぐそばへ立つランディリックを不安そうに見上げてくるから……ランディリックはほうっとひとつ吐息を落としてから告げた。
「……好きにするといい。ただし、セイレンの許す範囲で、だ」
努めて低く、抑えた声で、セイレンに全権をゆだねる。
(余りに目に余るようなら、セイレンからドクターストップを掛けさせる……)
そんな打算を孕んだうえでの了承だった。
「はい!」
ランディリックから許しが出た瞬間、パッと花開くような笑顔を見せたリリアンナに、ランディリックは胸の奥を掻きむしられるような痛みを覚えた。
皆を守る立場の城主としてはあってはならないことだが、オオカミに噛まれたのが自分であればよかったと思ってしまった。
コメント
1件
あらあらあら。これは妬けますね。