テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
誕生日当日。
まだ少し眠たげな空気が部屋に残る時間帯。
先に目を覚ましていたすちは、隣で穏やかに眠るみことを見下ろし、 愛おしさに胸を満たしながらそっと頬に手を伸ばした。
「……誕生日おめでとう」
囁くように告げてから、 唇へ軽くキスを落とす。
その感触に、みことはゆっくりと目を開けた。
一瞬きょとしたあと、状況を理解したのか、 ふわっと表情が緩む。
「……ありがとう」
寝起き特有の少し掠れた声でそう言って、 照れたように笑うみことに、 すちは思わずもう一度頭を撫でた。
「今日は特別な日だからさ」
「出かけるよ」
そう告げると、すちはさっと立ち上がり、 すでに準備してあった紙袋や箱を次々とベッドの上へ並べ始める。
「え……?」
状況が飲み込めないみことをよそに、 すちは真剣な表情で服を広げ、 色味やシルエットを確認しながら順番に手渡していく。
「今日はこれ」
「インナーはこっちで、上はこれ羽織って」
言葉少なに、けれど迷いなく進められていく“全身コーデ”。
着替えが終わると、今度は鏡の前に立たされ、 髪を整えられ、ワックスで丁寧に形を作られる。
アクセサリーも、ブレスレット 、耳元の小さな飾りまで――
すちの手で一つひとつ選ばれ、整えられていく。
みことは鏡越しに、 真剣な表情ですべてを調整するすちを見つめながら、 少し戸惑ったように口を開いた。
「……買いすぎじゃない……?」
遠慮がちにそう言うと、 すちは手を止め、みことの目を鏡越しに見て、 ふっと柔らかく笑った。
「いいの」
「みことの誕生日に、俺がしたいだけだから」
その言葉はとても穏やかで、 押しつけがましさは一切なく、 ただ“大切にしたい”という気持ちだけが込められていた。
みことはそれ以上何も言えず、 小さく「……そっか」と呟いて頷く。
すちは自分も手早く着替え、 みことと色味や雰囲気を揃えたコーデに身を包む。
準備が整うと、 自然な流れで指が絡められ、恋人繋ぎのまま玄関へ。
「行こ」
その一言に、 みことの胸は少し高鳴った。
外に出ると、 先日購入したばかりの車が停まっている。
すちは助手席のドアを開け、 「どうぞ」と冗談めかして促す。
みことが座るのを確認してから、 運転席へ回り、エンジンをかける。
シートベルトを締めながら、 すちはちらりとみことを見て微笑んだ。
「今日は泊まりだから」
「いっぱい買い物して、夜はゆっくり過ごそうね」
その言葉に、 みことの心臓がどくんと大きく跳ねる。
どこへ行くのか、 何をするのか、 詳しいことは何も分からない。
それでも――
隣にすちがいることだけで、 不安よりも期待の方が大きかった。
「……うん」
少し緊張しながらも、 はっきりとそう答えると、 すちは満足そうにハンドルを握り、 ゆっくりと車を走らせた。
誕生日の特別な一日は、 こうして静かに、 甘い予感をまとって始まった。
デパートに到着すると、 すちは自然な動きでみことの手を取り、再び恋人繋ぎをする。
指と指が絡んだだけなのに、 みことの胸はきゅっと高鳴って、 歩くだけで少し足元がふわふわする。
(手、あったかい……)
そんなことを考えているせいか、 いつもより口数が少なくなってしまうみこと。
それに気づいたすちは、 少し身をかがめて顔を寄せた。
「みこと? どうしたの」
低い声がすぐそばで響いて、 みことはびくっと肩を揺らす。
少し迷ったあと、 頬をうっすら赤くしながら、小さな声で答えた。
「……なんか……」
「今日は、いつもより……すちが、かっこよくて……」
「ドキドキ、する……」
思いがけない言葉に、 今度はすちの方が固まる。
「……っ」
耳まで赤くなり、 思わず視線を逸らしてしまう。
「……それ、ずるいんだけど」
照れ隠しのようにそう呟きながらも、 握った手は離さない。
そのままフロアを回り、 洋服や小物のショップを覗いていく二人。
「ね、服……」
「すちに、選んでほしい」
期待に満ちた目でそう言われ、 すちは一瞬考えたあと、 迷いなく一着手に取る。
――見るからに上質で、値段もなかなか。
「これ、絶対似合う。俺が買う」
みことは値札を見た瞬間、 目を見開いて慌てて首を振った。
「ま、待って!」
「高いし! 俺が選ぶから!」
必死に止めるみことに、 すちは小さく笑った。
「真剣だね」
みことは真顔でラックを見比べ、 色や形を何度も確認しながら選び始める。
その横顔を眺めながら、 すちは胸の奥がむずむずして仕方なかった。
(……かわいすぎる)
(抱きしめたい)
でも今は我慢だ、と 自分に言い聞かせた。
昼は軽めに、 デパート内のカフェでランチを済ませる。
向かい合って座り、 飲み物を口にするだけなのに、 みことはどこか楽しそうで、 その表情を見るだけで、すちは満たされる。
午後はアクセサリーショップへ。
「ね、これ」
「同じデザインの、ネックレスとかブレスレットとか……」
「ピアスも、揃えたいなって」
すちの提案に、 みことはぱっと顔を明るくした。
「うん!」
ショーケースを覗き込み、 二人で並んでデザインを選ぶ。
シルバーアクセサリーを眺めていると、 みことがふと口を開いた。
「すちって、シルバー似合うよね」
「……俺も、シルバーにする」
完全なお揃い。
その言葉に、 すちは胸がじんわりと温かくなる。
購入すると、 その場で互いに身につけ合い、 少し照れながらデパートを後にした。
車に乗り、 向かった先は今日泊まる予定のホテル。
部屋は広く、落ち着いた雰囲気のプレミアルーム。
荷物を置くと、 みことはベッドの上に買ったものを広げて、 嬉しそうに眺める。
「……楽しいね」
その一言が嬉しくて、 すちは後ろからそっと抱き寄せた。
「うん」
自然と視線が合い、 静かに唇を重ねる。
みことはそれが嬉しくて、 すちの首に腕を回し、 自分からもう一度そっと唇を重ねた。
二人は言葉もなく、ただ甘く唇を重ね続けた。
すちがそっと角度を変え、舌を絡めると、 みことの反応は正直だった。
ほんの一瞬、驚いたように肩が跳ね、 それでも拒むことなく、戸惑いながらも受け止める。
その小さな仕草ひとつひとつが、 すちにはたまらなく愛おしい。
(……かわいすぎる)
これ以上触れたら抑えが利かなくなる。
そんな予感に、すちは自分を制した。
ゆっくりと唇を離すと、 みことは少し潤んだ目で、 熱を帯びたままの表情をしていた。
無自覚に漂う色気に、 すちは思わず息を呑む。
それ以上進まないように、 ぎゅっと強く抱きしめた。
「……続きは、夜な」
耳元で低く囁くと、 みことは意味を完全に理解しているのかいないのか、 ぽやぽやとしたまま、こくりと小さく頷いた。
その反応に、 すちは苦笑しながらも愛しさを募らせる。
そのまま腕を緩めず、 みことを抱きしめたままベッドへ横になる。
胸にすっぽり収まる体温。
近すぎる距離に、心臓の音まで伝わりそうだった。
やがて、 みことの体から余計な力が抜けていくのを感じながら、 すちは静かに目を閉じる。
夜まで、 このまま大切に抱きしめていよう。
そんな想いを胸に、 二人は寄り添ったまま、穏やかな時間に身を委ねるのだった。
しばらく静かな時間が流れ、 みことの意識がゆっくりと浮上してくる。
胸元に感じる温もりと、聞き慣れた呼吸音。
そっと目を開けると、すちはまだ目を閉じたまま、穏やかな表情で眠っていた。
「……すち?」
小さく名前を呼び、じっと見つめると、 その気配に気づいたのか、すちは薄く目を開ける。
何も言わずに、ただ軽く唇を重ねる。
「起きた?」
低く柔らかな声に、みことは小さく頷く。
すちは安心したように微笑む。
「じゃあ、ディナー行こっか」
まるで当たり前のように手を伸ばした。
すちはみことを座らせると、 丁寧に髪を整え直す。
少し乱れた前髪を直し、耳元を整え、 その仕草ひとつひとつが大切に扱われているのを感じさせる。
「うん、かわいい」
その一言に、みことは照れたように目を伏せた。
二人はホテル内のレストランへ向かう。
案内されたのは、夜景を一望できる完全個室。
扉が閉まった瞬間、視界いっぱいに広がる街の灯りに、 みことは言葉を失った。
声には出さないが、 きらきらと輝く瞳が全てを物語っている。
その表情を見て、 すちは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(連れて来てよかった)
料理が運ばれてくるたび、 みことは小さく息を吸い込み、噛みしめるように呟く。
「……おいしい……」
一皿一皿に感動している様子が微笑ましく、 すちはその様子を見るだけで満たされていった。
食事の終盤、 スタッフがそっと運んできたのは、 二人用の小さなバースデーケーキ。
キャンドルの灯りが揺れ、 柔らかな光がみことの顔を照らす。
すちは姿勢を正し、 真っ直ぐにみことを見つめて言った。
「誕生日おめでとう。 産まれてきてくれてありがとう。 これからも一生、俺のそばにいてください ……愛してるよ」
一切の冗談もなく、 真剣で、誠実な声だった。
みことは一瞬言葉を失い、 次の瞬間、目に涙を浮かべる。
「……すち、いつもありがとう」
声が少し震える。
「初めて出会った時、感じ悪くてごめんね。 それでも諦めずに、俺に関わり続けてくれて…… 本当に、嬉しかった」
涙がこぼれそうになるのを堪えながら、 みことは必死に言葉を紡ぐ。
「すちといたら、どんな時も幸せだよ ……だから、絶対に離さないでね」
その言葉に、 すちは堪えきれず席を立ち、 みことをそっと抱きしめる。
「離すわけないでしょ」
耳元でそう囁き、 額に、頬に、優しくキスを落とす。
夜景のきらめきに包まれた個室で、 静かに愛を分かち合った。
コメント
2件
この尊い空間がええんよなぁ……
ぽかぽかした雰囲気が伝わってきます!更新感謝