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電話から三十分が経った頃、恭輔は樹奈の住むマンションまで車で迎えに行き二人は合流した。
「悪かったな、こんな時間に出てこさせて」
「いえ! こんな事がお礼になるのなら喜んでお供させてください!」
恭輔の車に乗った樹奈は、少しだけ緊張していた。
異性の車に乗る機会などこれまで幾度となくあったはずなのに、まるで初めてかのように樹奈の胸の奥はザワついていた。
「あの、それでこれからどこへ向かうんですか?」
「まぁ、行けば分かる。少し距離があるから、眠かったら寝ていても構わねぇぞ」
「いえ、まだ仕事にも復帰していなくて昼間も寝ていたので、大丈夫です!」
「そうか? ならいいが、遠慮しなくていいからな」
「はい! お気遣いありがとうございます」
行き先が気になる樹奈だが、着いたら分かると恭輔が教えてはくれないので更に落ち着かなくなる。
(結構距離があるって事は、遠出? こんな時間から?)
気付けば車は高速の入り口へとやって来ていて、どうやら本当に遠出をするようで、樹奈は若干戸惑いの色を浮かべ始めた。
(本当、どこに向かってるんだろう……)
車内にはラジオから流れる音楽だけで、恭輔は無言のまま車を走らせていく。
(無言っていうのも退屈だし何か話したいけど……何を話せばいいんだろ……)
恭輔は見た目からして話上手では無いと分かるので、彼から話題を振る事がないのは想像がつく。
となれば樹奈自身から話題を振るのが一番良いのだけど、恭輔相手だと何を話せばいいのか悩んでしまう。
(……話題……何かないかな……)
なかなかきっかけになる話題が思いつかず、いつの間にかそれが表情にも表れていたのか、何やら困り顔で悩んでいる樹奈に気付いた恭輔は何となく彼女が考えている事が分かったのか、
「……ただ乗ってるだけは、退屈か? 悪いな、誘っておいて、ろくに話題を振る事も出来なくて。まあ見ての通り、俺は会話するってのがあまり得意じゃねぇんだよ」
視線は前に向けたまま、樹奈にそう声を掛けた。
「い、いえ! その、私の方こそすみません! キャバ嬢のくせに場を盛り上げる事も出来なくて……」
「別に場を盛り上げて欲しいとは思ってねぇよ。つーか、そんな事思ってたのか? キャバ嬢っつっても、あんなの金が発生してるから客に尽くしてるだけで、プライベートまでそんな事を気にはしねぇだろ、普通」
「た、確かに……そうかも?」
きっかけは恭輔の自虐からだったので樹奈にとって気まずい内容だった気はするが、結果的にここから会話は広がりを見せていく。
普段、会話が苦手な恭輔はそもそも異性も苦手で、こうして助手席に女を乗せる事など、もう十年くらいした事が無い。
若頭に上がってからというもの市来組の為に身を粉にして働き続け、気付けば年齢は三十八歳。
恋愛など若頭に上がると同時に感情諸共全てどこかへ置いて来た恭輔は一生独身を貫く覚悟なので、こうして女と二人きりになる状況は正直イレギュラーな案件だった。
けれど不思議と樹奈と居る空間は何やら心地良い空気を感じていて、自分でも驚く程、恭輔は心穏やかに過ごせていたのだ。