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「本当です。最初に石丸さんが気付かれて、私もそのスケッチを見せていただきました。その上でうちのスタッフに確認をしたんです。最終的にデザインを盗んだことを認めました。現在は出勤停止にしてもらっています」
「なぜそんなことが起きた?」
淡々と尋ねる槙野の硬い声。
それには石丸が答える。
「コラボでデザイン室の管理が甘くなってた。コラボ自体もセキュリティが必要な企画だったし、『エス・ケイ・アール』の社員ならデザイン室に入ることは可能だった。僕もデザイン画をその辺に置いておいたりしていたこともあったしね」
「だからと言ってやっていいことではないだろう……」
槙野の眉間に皺が寄り声も苦々しげだ。
「そうですね。私共の監督不行き届きというしか……」
綾奈はそう言って俯く。
「で、あなたは?」
綾奈に向かって槙野が誰かを尋ねる。
あ、今そこに気づいたのね。
綾奈の風貌があまりにも変わってしまっているので、槙野は誰だか分からなかったようだ。
綾奈に向かって誰何する槙野は綾奈と分かったらどういう反応なんだろうと、美冬はつい興味津々で見守ってしまった。
「私……木崎です」
「え?」
「木崎綾奈です」
なるほど、鳩が豆鉄砲を食らうとこういう顔になるんだなと納得した美冬なのだった。
槙野は美冬を軽く睨んで、咳払いする。
そんな場合じゃないだろう、という表情が見て取れた。
ごめんね、と美冬も笑顔を返す。
「服がラインに乗るまでも全く発覚はしなかったんだな」
そうして槙野は一瞬動揺はしたのものの落ち着きを取り戻して、確認を再開した。
「ご存じかと思うんですけど、うちはデザインからラインに乗るまでの行程がとても短いんです。店頭からは該当の商品は撤去しています」
槙野は頷く。
そうして美冬に向き直った。
「弊社としてもリードが行き届いていなかった可能性がある。その点についてはミルヴェイユにお詫びする。盗作については本人も認めているのだから事実なんだろう。弁護士を入れ、法的処置を取ることも可能だ」
『弁護士』『法的処置』美冬はその槙野の発言にどきんしたけれど、ふと気づいた。
意味がなければそんな発言をする人ではない。よく考えるのよ……。
槙野は『弁護士を入れ、法的処置を取ることも可能』と言ったのだ。
「槙野さん、法的処置ってなんですか? 訴訟ということ?」
美冬にしか分からない程度に槙野が口元を引き上げたのが見えた。
おそらく美冬の質問は正しかったのだろう。
「訴訟だけとは限らない。そもそも契約があるわけだが、今回発生したことは想定外の出来事だった。しかし契約の解除に該当する事案ではある。弁護士を通じて契約解除を申し立てることができる。もちろん和解することもできるが、その際には弁護士に法に基づいて文書を作成させた方が間違いがない。そんなところだ」
美冬は石丸を見た。石丸は腕を組んで少し不貞腐れたような顔をしている。
穏やかな性格の人なのでこういう騒ぎは好まないはずだ。
それでも被害に遭ったのは石丸である。彼の意志を尊重したかった。
「諒、どう?」
「大袈裟!」
吐き捨てるように石丸は言った。
「確かに盗作は大問題だよ。けど、本人は認めて出社していなくて、綾奈さんからはしっかりお詫びも入れてもらった」
石丸はその綺麗な顔を伏せた。
腕を組んで、ふう、とため息をついて言葉を続ける。
「再発防止は僕も含めてね、うちも徹底しなくてはいけないし『エス・ケイ・アール』さんにもそこはお願いしたい。デザインについては……いいですよ。そもそも落書きのようなもので、ミルヴェイユには使えないものだった。ただ僕のデザインであることを認めて、別途ギャランティを払ってもらえれば。で、うちの社長がいいと言えばそれをボーナスに上乗せしてもらいます」
こんなところで手打ちはいかがです? と石丸は槙野に向かってにっこり笑う。
「それを弁護士に文書にさせよう」
「そうしてください。こんなことで煩わされるのは嫌だ。だから美冬を尊敬する。最終判断は美冬に任せる」
美冬も安心して笑顔になる。
「うん。大丈夫。任せて。槙野さん、ではそれでお願いします。あとは弁護士同士で任せます」
「承知した。俺の方で責任持って解決まで担当させてもらう。それぞれ不利にならないよう取り計らうから。そしてこの案件はこれでここでの話し合いを持って完了してほしい。くれぐれも他には漏らさないように」
そんなことはここにいる全員が分かってはいることだったけれど、あえて槙野がそう言ってくれたことで、共有を図ることができたのだった。
話し合いを終えたあと、木崎社長はガックリと肩を落としていた。
自社で盗作が起きたなどとはとてもショックな出来事だろうということも想像にかたくない。
それを慰めるように綾奈が寄り添っていたのが印象的だった。
以前から感じていたけれど、綾奈は思い込みが強かったり、感情移入が強い傾向にはあるけれど、それは人に対して思いが強いからなのではないかと美冬は思う。
裏を返せばその人の立場に立って思いやれる人、ということだ。
全員部屋から出たあと、槙野だけがその場に残る。
「槙野さん? どうされました?」
つかつかと歩いてきた槙野はぎゅうっと美冬を抱きしめる。
「今は祐輔、だろ? 頑張ったな、美冬」
その身体に包み込まれるように抱きしめられて、低い声で耳元で頑張ったな、なんて囁かれて、美冬は自分の身体が小さく震えていたことに気づく。
「うん……頑張ったよ」
ぎゅうっと美冬は槙野の背中に手を回した。
抱きしめられたらこんなにも安心してしまう。
もちろん槙野が助けてくれたことなど充分に分かっていた。
一人ならばここまで、きちんと解決に導くことは出来なかったかもしれないし、対応が完了出来たのも今後のこともほとんど槙野が誘導してくれたから判断出来たようなものだ。
それでも、今回の件は美冬が始めた企画だったし、トラブルがあれは美冬が対応しなければならなかった。
それは今までの雇われていただけの、祖父の庇護の元に経営していただけでは分からないことだ。
とても、怖かった。
ショックでもあったし、これで企画が潰れてしまったらどうしようと思うと震えが止まらなかったのも事実なのだ。
それを理解してくれて、頑張ったな、と認めてくれるのが美冬のパートナーなのだ。
「祐輔、ありがとう……」
「ん? 当たり前だろ?」
「怖かったの」
「そうだな。お前は頑張ったよ」
抱きしめて、甘やかされることがこんなにも心地良いことだとは知らなかった。
そして一人ではないことがこんなに心強いものだとも知らなかったのだ。