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それからあっという間に時は過ぎ、翌朝
文化祭準備一日目に、クラスで桐谷と沼塚から
『当日、一日目も二日目も10時登校で、16時までね。』
『二日目の片付けが終わり次第の後夜祭では、キャンプファイヤーでフォークダンスを予定してるからそのつもりで!』
という説明があったのを思い返し
歌合戦は傍観するだけだろうけど
楽しい文化祭になりそうだし、頑張ろうっと前向きな気持ちでいつもより早めに学校に向かった。
(昨日みたいに人身事故に巻き込まれて遅れても困るし…早めに出よう)
いつも通り電車に揺られ、小樽駅に着くとすぐにバスに乗り
学校へ着くと時刻はまだ9時01分で
少し早かったかなと思いつつ下駄箱で外靴から上靴に履き替えると
教室に行く階段を昇っていく。
すると、階段の装飾に気づいて
(すご…たまにスーパーとかで見るやつ…文化祭って感じしていいな)
なんて思いながら教室に向かい
扉を開けて中に入ると、他のクラスメイトたちもちらほらと登校してきていた。
既に着替え始めてる男子もいて、その中には沼塚もいて、
一日目の進行をプログラム用紙を手に、桐谷と確認しているようだった。
「あ、奥村くんおはよう。」
声をかけてきたのは後藤だった。
(後藤くん…って確か……入学してすぐに音楽室の前で飯田と喧嘩してた…)
正直、初めて話したし
話しかけられたけど昨日は気づかなかったが目の前の後藤くんは
制服姿ではなく、|メイド《女装》姿で。
「えっ、あ、後藤くん…?!後藤くんも女装してたんだ、今気づいた……っ」
「あ、うん。俺、影薄いし。でもこういう服着るの好きなんだ」
「好き……っ」
思わず言葉を失うと後藤くんが
「あ、ごめん。気持ち悪いよね、俺こんなんだからさ……」
「え、いや全然…!いいと思う」
自分の発言に驚いていると後藤くんは
「……ありがとう。奥村くん優しいんだね」
「いや……そんなこと、普通に思ったこと言っただけだし」
「奥村くんの昨日の女装見たけど、女の子みたいに似合ってたよね。女装の経験あるとか…?」
「いやいや!初めて……なんだけど、頼まれて仕方なくというか…」
「そっか、じゃああんまり乗り気じゃないんだね」
「あ…でも、今は違う、かも。ちゃんと仕事は真っ当したいし、こういうのも悪くないかなって思ってる自分がいて……」
「って、僕なに言ってるんだか…はは、ごめん忘れて」
そんなやり取りをしていると後藤くんが
僕の右手の紙袋を指さして「それ?衣装」と聞いてきたので、うん、と言うと
「着替えてきなよ、奥村くん」
笑顔でそう言う彼に頷いて
紙袋を両手で抱えリュックサックを背負ってたまま隣の空き教室に移動した。
(あ、他の人もここに荷物置いてる…僕もここに置いて、早く着替えて出ていこう)
そうして慣れた手つきで着替えを済ませて教室に入って後藤くんのいた場所まで戻ると
「奥村くん、やっぱり似合うね」
よく見れば見るほど御伽の世界に出てきそうな雰囲気の後藤に賛美されると
「はは、ありがとう」なんて素直にお礼を言えてしまう。なぜか、ふと沼塚の
『似合ってるじゃん』
『めっちゃ可愛いんだけど』
という言葉が脳裏に浮かんで、頬に熱を持つのを嫌でも感じた。
そんなことを考えながらフリーズしていると
「奥村くん…どうかした?」という後藤の声が飛んできて我に返る。
「えっ、あ、いや、なんでもない」
「うん?そっか」
(ああもう落ち着け……これから文化祭始まるんだから…っ)
なんてやり取りをしていると
「そこの二人集まってー!今ちゃっちゃと午前と午後の分担しちゃうから」
という桐谷の声が聞こえ
二人して声の下方向に目をやると女装した僕以外のメンバーが円になって集まっていたのでハっとして駆け寄る。
「ごめんごめん」
そう言って僕も円に入ると、桐谷と、桐谷の隣に立つメイド姿に扮した沼塚が仕切り出す。
「午前中は沼塚、奥村、後藤、石橋の四人、残りの四人は午後担当ね」
皆が返事をすると、沼塚が口を開く。
「ってわけで、この中じゃ俺は奥村のこと一番心配だからサポートにちょくちょく回るけど、他のみんなも困ったらとりあえず俺か桐谷さん呼んで?」
その言葉に(いちいち言わなくても…っ)と言いたい気持ちをグッと堪えて頷くと
「よし!じゃあみんなそれぞれ持ち場について!」
そんな桐谷の掛け声と共に始まった文化祭───。
***
「奥村くんー!3番テーブルに萌え萌えオムライスとアイスコーヒー2つずつー!」
桐谷の指示を受け、飲み物を作る担当の男子からアイスコーヒーの入ったプラスチックのカップを二つ受け取ると
すぐ横で僕のサポートに回ってくれている沼塚がオムライスの乗せられた皿とケチャップを持って
「奥村、早速だね」と言うので
息を飲んで「うん」と平常心を保ってすぐに3番テーブルに向かった。
「お待たせしました、萌え萌えオムライスとアイスコーヒーです」
そう言ってテーブルに置くと
沼塚がケチャップを手にして手際よくオムライスの上で綺麗なハートを描くと
今度はそのケチャップを僕に渡してきて
僕も同じようにもうひとつのオムライスの方にハートを描く。
するとお客さんは「可愛い~!」と目を輝かせる。
(よかった……喜んでもらえてる)
「それでは仕上げに、おまじないをしたいと思いますので…」
沼塚の言葉にお客さんが
「よくある萌え萌えきゅんってやつですか?」
と楽しそうに聞き返してくると
「はい!それではいいですか?」
言いながら手でハートの形を作る沼塚。
それに釣られて僕も手を構えるとお客さんが
「可愛い~!」と言って笑う。
そして、せーのの合図で『萌え萌えきゅん!』
と言う声に合わせて手をハート型にして前に出す
それを見たお客さんはまた目を輝かせて黄色い声を上げていた。
「ではごゆっくり~」
可愛い口調を意識して笑顔で言ってみるが
内心心臓はバクバクだった。
(無理、やばい、萌え萌えとか言ったのは沼塚だけだけど、女子相手にするのやっぱり恥ずかしすぎるしキモがられてたらどうしよう…)
そんなことを考えているうちにも次の注文が聞こえたので返事をして
渡されたカルボナーラとパンケーキを両手に持ってテーブルに向かい
注文されたカルボナーラとパンケーキをテーブルの上に置いて「お待たせしました」と言うと
「え〜やば!めちゃくちゃ可愛いんだけど!」
そう言いながらスマホで写真を撮る女生徒二人
それに内心ほっとして「ではごゆっくり」と言い
その場を後にすると沼塚から
「奥村、こっちに追加でカルボ2つお願い!」
と声が掛けられたので
「わかった!」と返事をして
男子からカルボナーラを二つ両手で受け取ると
すぐに沼塚のいるテーブルまで向かって歩き
途中でスカートが何かに引っかかってしまった挙句足を滑らせ、その勢いで前のめりに転びそうになり
(あっ、やばい…さ、皿だけは守らないとっ!)
瞬時にそう思って皿を持つ手を離さんとばかりに手だけに力を込めて倒れてしまうことを覚悟して目をつぶった。
しかし、何秒経っても痛みはなくて
恐る恐る目を開けると
そこには倒れそうな僕の体を支えている沼塚の姿があった。
距離感と体温にドキッとしてしまい
すぐ目の前に人形のように綺麗な沼塚の顔に心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「奥村っ、大丈夫?」
ハっとしてすぐに体勢を戻し
「えっ、あ…う、うん、ごめん」
咄嗟に謝ると沼塚は眉間に皺を寄せて
「今絶対受け身とる気無かったでしょ」
「え…あ…っ」
「とりあえずあとでまた聞くから、気をつけて」
そう言うと僕からカルボナーラの載ったお皿を取るとテーブルの上に置いて接客に戻ったので
僕も仕事に集中しようと気持ちを切替える。
にしても一体なににスカート引っ掛けたんだろう…
(あのとき僕の近くにいたのは接客中の後藤くんぐらいだし、なにかに引っかかっただけかな)
そんなことを考えつつ持ち場に戻った。
***
午前の担当時間が終わり
午後の担当時間が回ってくると同時に
ポップな自体とピンクと黒のマーカーで男装メイド喫茶営業中!と書かれ
縁がピンクのキラキラモールで彩られた四角のポスターを持ったメイド姿の沼塚に
「奥村~、呼び込み行くよ」
と言われ、そういえばそうだった、と返す。
しかしそう言う沼塚はいつの間にかメイド姿から制服姿に戻っていて
「え、沼塚着替えたなら僕も着替えたいんだけど…」
言うと、気色満面の顔で
「奥村はだめ、桐谷さんからの要望だから我慢して」
なんて言ってくるもんだから不服に思って言い返す。
「は、はぁ?なんで僕だけ…」
ふと後ろを見ると僕らに向かって親指を上げているドヤ顔の桐谷がいて
「そんな……」
「あっ、そろそろ開店時間だよ。さ、行くよ!」
「あっちょ、ちょっと沼塚……!」
そんなやり取りをしながら教室を出ると
沼塚から受け取った看板を手にし、声を出すのが苦手な僕の代わりに沼塚が
「1年B組、男装メイド喫茶やってまーす!休憩にどうですかー?」
と呼び込みを始める。
行き交う人の視線を集めてしまって
(うう……恥ずかしい…まじで死にたい、恥ずかしすぎて)
なんて思いならもお客さんが来ると笑顔で接客する。
すると、そんな僕たちに食いつくように
「ねえ、男装メイド喫茶だって!」
「えっ面白そ~」
「行ってみよ!」
とお客さんの声が上がってきて、恥ずかしさはありつつもちょっと嬉しくなる。
しばらくそんな感じで廊下で呼び込みを続けて、区切りの良いところで一旦教室に戻ると
「あ、二人ともおつかれおつかれ~!こんぐらい集客できれば十分かな」
と言う桐谷の言葉を聞いて僕はホッと胸を撫で下ろし、荷物を置いている隣の空き教室に向かおうとすると沼塚に
「奥村、もう着替えるの?」
のほほんとそんな事を聞かれるので
「当たり前」と短く答えると
「え、まだいいじゃん。うちの看板娘なんだし?」
「ええ…」
そんなことを話していると
「あっ奥村、ファスナーちょっと下がってるよ」
僕が反応する前に、ほら、後ろ向いて?と言われて素直に従うと
「奥村のうなじっていい匂いする…」
と顔を近づけられているのか沼塚の吐息が首筋に当たってビクッと肩を震わせてしまった。
「い、息かけないでよ!ビックリするじゃん…」
「ごめん、でも本当に奥村って白いよね」
「え?」
「肌、白くて綺麗」
なんて言いながら僕の首の後ろを指でなぞるように触ってきて
「ひぁっ」
自分でも聞いたことのないような変な声が出てしまい、カッと顔が熱くなる。
(な、なんで……っ)
そんな僕の様子に沼塚は驚いたように目を丸くして
「え、今のって…」
沼塚と目が合うなり僕は顔に熱を帯びるのを感じて思わず突き飛ばして
「ちょ、ちょっとトイレ言ってくる……!」
と近くの男子トイレに逃げ込んだ。
洗面台に手をついて顔が赤くなってないか確認するが鏡に映る僕の顔はやはり真っ赤になっていて
頬を両手で包み込んで「落ち着け……」と言い聞かせる。
(うう……なんであんな声……っ、
恥ずかしすぎるし)
そんなことを考えて先程まで沼塚に触られていた首筋を指でなぞってみる。
まだ沼塚の感触が残ってる気がして
だらしなく頬が緩んでしまう。
(って、ダメだ……こんなことしてる場合じゃないし)
なんて思って洗面台から手を離して廊下に出ると
教室の外から沼塚の後ろ姿が見えて
声をかけようとして出そうとした声も
触れようとした手も引っ込めた。
その理由は明白で
沼塚の右隣に嬉しそうに頬を赤らめる茜がいて
彼女はスマホを手に「朔の女装とかおもしろすぎるから写真撮ってやろうと思ったのにー!」なんて言っているのが聞こえて
沼塚が満更でもなさそうな顔で需要どこにあんのっと笑うから、胸糞悪い。
虫酸が走った
その矛先は沼塚にではなく、彼女にでもない。
この圧倒的な恋心と嫉妬心にだ。
こんなの、予定調和すぎた。
分かっていたはずなのに
所詮沼塚が僕に向けてくれる優しさや笑顔は彼の一部分にすぎなくて
全部を知れるわけじゃない。
全部を貰えてるわけじゃないと。
一友達の僕が、沼塚が女の子と仲良さげに話しているだけで
不安になる資格さえどこにもないのに。
わかってる、わかってるのに
好きな人が他の子と仲良さげに話してるのを見るとこんなにも胸が痛んで
息をすることすら苦しくなるなんて知りたくなかった。
もういっそ、沼塚に恋してしまった自分を跡形もなく殺したくなった。
「奥村?そんなとこ突っ立ってどうしたの」
「え、あっ……」
いつの間にか教室から出てきていた沼塚に声をかけられてハッとすると
僕の顔を覗き込んできて
「教室入ったら?」
なんて優しく笑うから胸が痛んでしまう。
(ああもう……っ)
けど、そんな僕なんてお構い無しに沼塚は僕の手を引いて教室の中に連れて行くから
されるがままに着いて行き、奥の席に座らせられる。
「奥村が呼び込みしてくれてたおかげでお客さん結構来たし、このまま終わりまで休憩してていいよ」
そう言いながら、いつの間にか廊下に出て
「朔、早く行こ!」と呼びかける茜に振り向く沼塚の姿を見て何故か咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「…お、奥村?」
そんな僕の行動に沼塚は不思議そうにこっちを振り向いてくる
「……あ、えっと……っ」
自分でもなんで引き止めたか分からなくて言葉が上手く出てこない。
けど、沼塚が茜とどこか行くのは嫌だと思ったのは確かだった。
その瞬間、沼塚の腕を掴む手に力が入った。
(……っ、なにしてんの僕)
けど、やっぱり僕はなにも言えなくて
「……あ、いや」
と手を離した。すると沼塚が
「…茜呼んでるから行くね?」
「うん」
そんな僕の言葉と表情を見た沼塚はなにか言いたげに口を開いたが
何も言うことはなく、すぐに茜の方に向かって歩いて行った。
ああ、そうだ
やっぱり沼塚の瞳を独占することはできないんだと思い知らされる。
ただの男友達の僕が
独り占めしていい相手じゃない。
恋なんて名前をつけて勝手にドキドキしてた自分が馬鹿馬鹿しい。
最初は何も求めたりしなかったのに
喉から手が出そうなほどに沼塚を求めている自分に反吐が出る。
所詮僕は沼塚の友達ABCのどれかに過ぎない。
それ以上でも以下でもない。
でも、お願いだから、上手くいかないで、なんて願ってしまう。
***
午後も終わりの時間になって
最後のお客さんを見送るとクラス全員で余ったジュースやお菓子で乾杯して
みんなで文化祭一日目の終了を祝った。
「明日もがんばろー!」
桐谷の言葉にみんなで拳を天にあげて、お開きとなった。
皆が帰る準備をしている中
桐谷が手を叩いて「女装のメンバーちょっとこっち集まってもらえるー?」と呼びかけるので
桐谷の方にぞろぞろと集まった。
「はいってことでみんな今日はお疲れ様ー、初めての文化祭で慣れないことも沢山あると思うけど、本当によく頑張ってくれてると思うので、明日もその調子でよろしく!」
桐谷が労いの言葉をかけると
「沼塚くんからもなにかあればどうぞ」と振られた
沼塚は「じゃ、少しだけ」と口を開いた。
「特に、危ないこともせずみんな頑張ってくれてたと思うけど…強いて言うなら、奥村はちょっとヒヤッとしたかな」
「えっ」
いきなり自分に話題を振られて心臓が跳ねる。
沼塚は続けて
「午前の接客中にこっちにカルボナーラ運んできたとき転びそうになったでしょ?あのとき絶対皿だけ守ろうとして受け身取らなかったでしょ」
と少し怒ったように言ってきて
「そ、それは…食器割れたら大変だし」
「とにかく、もっと自分の身大事にすること!」
そんな彼の気遣いが嬉しくて胸がじんわりと温かくなるのを感じる。
「わ、わかったよ、もう」
「それならよし」
と言って満足げに笑う沼塚にドキッとする。
すると桐谷がパンッと手を叩いて
「はい!じゃあ今日はこれで解散!各自気をつけて帰るように!」と言うので
挨拶をするとみんな教室を出て行った。
翌日、文化祭二日目────
昨日とは打って変わって今日は学校全体が活気付いていて、廊下は人で溢れかえっていた。
みんな昨日に引き続いての接客に少し疲れを感じつつもやり甲斐もあるため笑顔を絶やさずお客さんをもてなしていた。
(沼塚のこと、考えないようにしよう。多分今日の後夜祭も茜ちゃんと一緒に居そうだし……割り切らないと)
沼塚を遠目にそんなことを考えて、業務に勤しむことに決めた。
「奥村くん、2番テーブルのお皿さげちゃって!」
言われた通りに二番テーブルに向かい空の皿をお盆に乗せて運んでいくと
お客が来たのを見るとまたすぐに駆け寄り愛想の良い笑みを振り撒いて接客をする。
無事に午前の接客が終わり
昼からの呼び込みを頼まれたわけで
看板を持って廊下に出ようとすると、桐谷に呼び止められた。
「奥村くん、急遽で悪いんだけどこれに着替えてくれない?」
そう言って差し出されたのは
トップスは黒い生地に白いレースとリボンが装飾され、パフスリーブ。
膝よりも丈が上にあるミニスカートで
白いエプロン風デザインで黒いリボンと裾のフリルが目立つ黒と白を基調としたメイド服だった。
「えっ、な、えっ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。
「お願い!奥村くんが着てくれたら絶対客足伸びるから!」
「僕なんかでそんな伸び代あるか……」
「あるよ!奥村くんは可愛いから大丈夫!」
(それを言うなら後藤くんの方がいいと思うけど…)
「で、でもさすがに一人でこれ着て歩くのは…ぬ、沼塚は…」
「うーん悪いんだけど、沼塚くんちょっと手が空いてないから他の人にお願いして貰える?何人か捕まえたらもう戻ってきてもいいから!ね?」
「う…わ、分かりました……」
桐谷の勢いに押されて思わず返事をしてしまった。
それから更衣室兼荷物置き場と化している空き教室に入り、衣装に袖を通した。
(うう……なんか自分で買ったメイド服よりスースーするし落ち着かないんだけど…)
しかも、ロングスカートで隠れていたストッキングだけでなく
ストッキング留めとしてのガーターベルトも丸見えで、かなり恥ずかしい。
鏡の前でクルッと回ってみるもののやはり落ち着かなくてすぐにでも脱ぎたくなる。
けどここで着替えるわけにはいかない。
桐谷の待っている廊下まで戻ると
「わっ、やっぱりいいよ可愛い!!奥村くんスタイルいいし似合うと思ったのよね~」
なんて絶賛されるものだから
やっぱり恥ずかしくて、スカートの裾をぎゅっと掴んで赤面してしまう。
「じゃ、私はお客さん待たせてるから呼び込みよろしくね!」
と言ってさっさと行ってしまったので
(うう……やっぱり落ち着かない……)
恥ずかしさに悶えながらも頑張って平常心を保って看板を持って歩き始めると
「あれ、君めっちゃ可愛いね!一人?」
なんて言われるものだから
(お、女の子と勘違いしてる…?)と思って
「あ、いや、僕は男で……あっあと、呼び込み中なので…」
と口をもごもごと動かしていると
「えー?嘘でしょー?でも俺全然いけるわ」
なんて言いながらケラケラ下品に笑う男
多分2年か3年だろう。
「やめてください、呼び込み中なので」
意を決してそう言い切ると
「えーいいじゃんちょっとぐらい」
(なにがいいんだかわかんねーよ)
なんて思いつつも顔に出さないように笑顔で対応すると
「メイドならご奉仕しなくちゃ、だろ?」
と僕の腰に手を回してきたので反射的に腹に蹴りを入れてしまった。
あ、やばと思ったときにはもう遅くて
男は一瞬驚いたように目を見開いたあと、すぐに顔を真っ赤にして怒り始めた。
「てめぇ……こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって……」
そんな男の様子を見て咄嗟に逃げようと思ったが時すでに遅く腕を掴まれて
(や、やばい…逃げたいのに、振りほどけない…どうしよう)
と頭が真っ白になりかけたときだった。
「はーい、そこまでね」
と言って僕の腕を掴んでいた男性の腕を掴んで引き剥がしてくれたのは、久保だった。
その横には新谷もいて。
男は気まずそうに舌打ちをして逃げるようにその場を立ち去った。
すぐに「え、なずくんに樹くん…なんでここに?」と聞くと
「いや、たまたま通りかかっただけだけど、大丈夫そ?」
と言ってくれてホッとすると同時に、助けてくれた二人には感謝の気持ちでいっぱいになる。
「だ、大丈夫」
「ま、腹に蹴り入れれるぐれぇだし平気か」
「そ、そこから見てたんだ…」
すると久保が僕の格好を見て思い出したかのように言った。
「そういえば昨日と服違くない?」
「え、あ、これは……桐谷さんに頼まれて…」
「生贄になったっつーわけか」
「ぷっ、言い方~」
「ま、なんにせよ気をつけろよ?」
その後、久保が保護者(?)として
呼び込みを付き添ってくれることになり
呼び込みをしている間、特にトラブルもなく五人ほど客を捕まえて二人でクラスに戻ると
「お!めっちゃ人来てる!奥村くんありがとー!」
なんて桐谷は大喜びで感謝してくれて。
ふと沼塚に目線をやると、目が合って
なぜかすぐ逸らされた。
(なんか、全然目合わせてくれない…?)
なんて思いつつも桐谷に
「奥村くん、立て続けに悪いんだけど接客回ってもらえる?!」
とお願いされたので返事をしてすぐに接客に向かった。
男子二人がメニューを手にして座っているテーブルまで行きメモを片手に注文の内容を伺うと
「じゃあ、俺はコーヒーとパンケーキで」
「あ、俺ホットサンドとコーラ!」
「かしこまりました、少々お待ちください」
注文内容を確認してから厨房に引っ込み桐谷に注文の内容を伝えに行く。
それからすぐに料理が出来上がったのでそれをトレイに乗せて二人のいるテーブルまで運ぶと
二人は僕を見るなり
「ねね、君名前なんていうのー?」
と馴れ馴れしく声をかけてきた。
「え?えっと……」
そう言うと二人はニヤニヤ笑いながら
「てかリアル男の娘?ちゃんとついてんの?」
なんて語尾にWをつけて言われてしまう始末で困惑するが、とりあえず笑顔で断るしかないと思い
苦笑いして去ろうとすると
またもや手首を掴まれて
「待ってよー、逃げなくてもいいじゃーん」
男は言いながら僕の手首を引っ張り
どさくさに紛れて太腿の間に手を入れて触ってこようとするのでお盆を盾にして防ぐと
「手厳し~、てかなんで一人だけマスクしてんの?」
「えっなんか顔赤くね?茹でたこみてぇ」
「下向いてないでこっち向いてー?」
と言われ、マスクに手をかけられそうになり全身が震えたとき
背後から誰かが僕を引っ張るように肩を抱かれた。
見上げるとそこには沼塚がいて
「すみません、うちのメイドはお触り厳禁なので」
と言って僕の肩を抱く手に少し力が入った。
すると男たちは「えー?ケチだねー」なんて
言いながらも残念そうに笑って
そのまま席を立って会計を済ませると教室から出て行った。
悪目立ちしていることに気付き急激に恥ずかしくなったのだろうか。
沼塚は僕の手を引いて厨房に引っ込み、僕を椅子に座らせた。
「大丈夫?」
心配そうに聞いてくるので僕はコクンと頷いたが
「…もう、過保護すぎ。1人でも対処出来たよ」
「そうは見えなかったけど?」
「…さ、さっき廊下で絡まれたときだって腹に蹴り入れてやったし」
自慢げにそういうと
「え、嘘。廊下でも絡まれたの?さっきの二人?」
「いや…今の男子二人組とは違うけど、まあどっちにしろ通りがかったなずくんと樹くんが助けてくれたから…平気だったけど」
「また、薺?」
「ま、またってなに、たまたまだって」
「ていうか…あんまり無茶しないでよ奥村」
「いや、別にしてないし」
ついムキになってしまう。
本当に、こんなときに優しくするのやめて欲しい。
優しくされればされるほど、僕は反対の行動を取ってしまうから。
休憩しているわけにもいかないと思い椅子から立ち上がって
「ほら、もう行こ」と接客に向かおうとすると
「奥村があんな風に触られんの、見てらんない」
と沼塚に腕を掴まれた。
その表情はどこか寂しげで瞳は揺れているように思えた。
(な……なに、それ…そんなのまるで)
そんなのまるで誰にも触らせたくないみたいな言い方だ。
違う?ただ単に男友達がセクハラ受けてるところ見るのが不愉快なだけ……?
でも、でもさ
そんな表情見せられたら
そんな言葉かけられたら
勘違いしてしまうじゃないかなんて思いながらもドキドキする心臓を必死に抑えていると
「だから次絡まれそうなったら俺呼んで」
僕は接客に戻ったが沼塚の言葉にドキドキして仕方なかった。
(ああもう、沼すぎるでしょ……なんなのほんと)
(それになんで僕はこんなにも沼塚の言動に一喜一憂してるんだよ…っ)
なんて思いながらも、その感情に蓋をした。
***それから、午後の部も終わりに近づくと
文化祭終了を知らせるアナウンスが流れ始める。
(良かった……何事もなく終わって)
と思いながら午前に着たメイド服から制服に着替え終わり
教室に戻ってみんなで片付けを始めた。
「奥村くん、今日は本当に助かったよ~…ただ嫌な思いさせちゃったと思うから、無理言ってしてもらってごめんね?」
「いや、全然、気にしてないから…!」
桐谷の言葉を受け止めて教室を見渡すと食器やテーブルクロスは片付けられていき
(あっという間だったけど……楽しかったなぁ)
なんて余韻に浸った。
すると、突然沼塚に声をかけられたので振り返る。
「奥村、この後の後夜祭あるじゃん」
「あ、うん」
「それなんだけどさ…」
沼塚が言いかけたときだった、携帯の着信音が鳴り響き
「あ、俺だ」と言いながら沼塚はポケットからスマホを取り出し画面を確認してから電話に出た。
「もしもし……あ、茜?どした」
電話相手の名前を聞いた瞬間、つい沼塚のスマホに耳を傾けてしまった。
(茜ちゃん、から?)
…僕と話してるときに、他の人と話さないでなんて、思っちゃダメなのに。
「ん?あー、後夜祭の後?」
なんて会話が聞こえてくるので
その会話の内容からして後夜祭のあとに二人で合うんだろうな
と察して少し落ち込んでしまった自分に気づいてさらに落胆してしまう。
すると通話を切った沼塚に向かって僕は
「茜ちゃん?」と笑顔を作って言うと
「え?あ、ああ…なんか後夜祭終わりに二人きりで話したいことがあるーって」
「……そ、そっか」
すると突然、後ろから久保と新谷の声が聞こえた。
「お前ら、もうキャンプファイヤーの集合時間なるぞ!」
「えっ?!あ、もうそんな…」
「もうなにぼーっとしてんの!早く早く!」
呆然としてしまうがすぐに二人は走って行ってしまったので
急ごうと思い慌てて集合場所のグラウンドの中庭に向かった。
***夕闇迫るグラウンドに生徒が集まっていて
それに紛れると後夜祭のキャンプファイヤーが幕を開けた。
生徒会の挨拶、点火の儀式
炎を囲み、クラスやグループの出し物
思い出話に花を咲かせること数分後
担任の持ってきたラジカセから流れる音楽とともにフォークダンスが始まった。
沼塚と茜ちゃんのことが気になって仕方なかったけれど
それをかき消すために円になって色んな人と交代交代で踊るフォークダンスに集中することにした。
せっかくなら思い出ぐらい作ろう
楽しもうという思いもあって。
すると、ちょうど沼塚と踊る順番が回ってきて内心、気まずくなる。
いつものように沼塚は僕に笑いかけて手を取って踊ってくれるが、僕はつい目を逸らしてしまい
沼塚がそんな僕を見て「なんかあった?」と聞いてくるものだから、その優しさにさえ苦しくなった。
僕は首を横に振るだけだった。
それからしばらくしてフォークダンスが終わりキャンプファイヤーもお開きとなった。
スマホで時間を確認すれば既に19時で
「こんなに学校いるの初めて」
「文化祭の醍醐味だよねー」
なんて沼塚と他愛もない会話をしていると
突然茜が割って入ってきて
「……朔、ちょっといい?さっき電話で言ったこと話したいから、来て欲しいんだけど」
と沼塚に腕を掴む。
「あ、ああ……うん。わかった」
沼塚は茜に引っ張られて校舎裏まで連れて行かれる。
僕はそれを黙って見ていることしか出来なかった。
すると、そんな僕に久保が話しかけてきて
「ありゃ絶対告白されるよねー沼ちゃん」
(また、これか……)
「だろうね」
吐く息が苦しいのは始めてだ。
胸が痛い。苦しい。
言わずもがな
沼塚は今から告白を受けるのだろう。
もちろん返事なんてYESしかないだろう。
いくら恋愛する気がないと言えど、学年一と噂されているほどの女の子
しかも仲の良い幼馴染に好きと言われたなら、断る理由もないのだから。
もう、いい、考えなくていい。
早く帰ろう。帰って、早く寝て嫌な今日を終わらせよう。
それから僕は一人帰路につき
高速バスで無事家に帰宅した。
そして、お風呂上がりに鏡に映った自分の顔を見た瞬間
「ああ……そっか」と自分の感情を再度自覚した。
(僕ってこんなにも沼塚のことが好きなんだ)
好きだという気持ちを誤魔化し続けても結局それは消えることはない。
むしろ本当に好きなんだと気づいてしまったら沼塚への想いが溢れて止まらないのだ。
なんでもっと早く気づかなかったんだろう
なんて思いながら僕は部屋に戻った。
すると、以前沼塚、新谷、久保と僕の四人でゲーセンに遊びに行ったときに
沼塚が僕のために取ってくれたNというイニシャルのついたクマのキーホルダーがテーブルの上に転がっていることに気づく。
(そうだ……これ沼塚に、取ってもらったんだっけ)
(沼塚が僕のために取ってくれたもの…)
そう思うだけでキーホルダーが
心底愛おしく思えて
Nというイニシャルの影響もあってか
沼塚そのものに感じてしまうほど愛着が湧いていて、キーホルダーを手に取ると
金具部分をスマホカバーの小さな円に引っ掛けて、そのままスマホをいじったりして。
ふと、フォルダを覗くと沼塚と撮ったプリが一枚保存されていて
気付くと手を動かして
そのプリをロック画面に設定してしまっていて
「……沼塚」
沼塚のことが頭から離れなくて。
(心の中で好きでいるだけなら……いい、よね。)
そう言い聞かせて、僕は布団に潜った。