テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
文化祭も終わった10月中旬─────
楽しいイベント気分を取っ払うようにすぐに中間テストの予定表が配られた。
「うっわ、もうそんな時期?」
「いうて中間、2週間もあんだから大丈夫だろ」
「はー……期末で1位だった男に言われてもねー?…どうせ樹は彼女とスタバで勉強デートすんでしょ?お気楽なことで」
「はあ?アイツがバカだから教えてやってんだわ、俺の貴重な時間奪われる一方だっての」
「またまた~本当は嬉しいくせにぃ」
「ま、中間乗り切ったら宿泊研修あるしそれまで頑張れや」
配られた中間テストの予定表を見ながら和気藹々とそんな会話を隣で繰り広げている新谷と久保。
前回のテストの結果はまあ普通だったし
今回もちゃんと勉強しとけば大丈夫だろう。
ぐらいに僕も考えて、予定表をファイルに入れる。
すると、席を外していた沼塚がトイレから戻ってくるなり
「ねね、沼ちゃんこの前の期末7位入ってたじゃん?」と話しかける久保。
「あー、まあうん」
濁したような言い方をする沼塚に
「えっじゃあ俺に勉強教えてよ~。俺赤点ギリギリだったし~、補習かかってっからマジで!」
と手を合わせる久保。
「んーじゃ、なんかジュース奢って」と、沼塚。
「いや俺今月金欠すぎてジュース奢るとか無理だからさー…」
久保はズボンのポケットからスマホを取り出すと
スマホの上で人差し指を滑らせて
画面から目を離すことなく
「文化祭のときに撮った面白い画像送ったげよっか?」
と続けた。
「えっ、なになに?」と興味深々な沼塚。
「はいこれ」
久保がスマホを沼塚だけでなく僕や新谷にも見れるように手のひらにスマホを乗せ
画面を正面に向けた。
そこに写っていたのは
文化祭二日目に桐谷に頼まれて着用したミニスカメイド服で
一日目にも履いていたガーターベルト付きの黒ストッキングを履いて
お客に向かって手でハートマークを作っている僕の姿で。
僕は思わず椅子から立ち上がって
「な、なんでそれ…!」と声を上げると
すぐ横で沼塚がお構い無しに
「え、それ俺にも送って」
と秒で答えて目を輝かせた。
「す、ストップ!絶対沼塚に送っちゃダメだから!」
沼塚は不服そうに口先を尖らす。
「てかなんでなずくん撮ってんの?!」
「いや、まーくんの女装面白かったからつい?可愛いんだからいーじゃん」
「そういう問題じゃないし!
他に誰かに見せたりしてないよね…?」
「さすがにしてないって…あ、でも今沼ちゃんには送った」
「お、来た」
その言葉に沼塚の方を見て
「沼塚、保存したら口聞かないから」と言う。
「こんな可愛いのに?」
僕のメイド姿が写った写真を見せられて顔を真っ赤にすると
「奥村、また顔真っ赤なってんぞ、分かりやしぃな」と笑う新谷。
「う、うるさい!本っ当に社会的に死ぬから消して…!」
「社会的って、くく…っ、もー分かったって消す消す~」
「ほ、本当になずくん消してよ?!」
「はいはい消した消した、これでい?」
「ちょっと、ちゃんとゴミ箱からも消してよ?」
久保と距離を縮めて画面覗きながらそう言うと
素直にゴミ箱からも削除されたので安堵して席に戻る。
そしてすぐに沼塚に視線を移して
「沼塚、分かってるよね」
と睨むと「どうしてもだめ?」と言われて
僕は沼塚の言葉や顔に弱い…。
言葉に詰まって
「だ、だめに決まってる…でしょ」
僕はそれだけ言い返すのが精一杯だった。
その翌日の昼休み───
ロビーの自販機でいつものカフェオレを購入しようとすると、お金を入れてから売切表示になっていることに気づいて
(仕方ない、何かほかの飲み物に…)
そう思いどれにしようか考えていると
ふとカフェオレの横の紅茶オレが目に止まった。
(これ…前までなかったような…?新商品か)
僕はその紅茶オレを購入し
教室に戻る廊下を歩いていると「奥村」と後ろから声をかけられて振り返る。
そこには沼塚がいて、僕のところまで小走りで駆け寄ってきた。
「今から昼?一緒に食お」
「あ、うん。いいけど……」
僕はそう返事をして沼塚と廊下を歩き出す。
そして教室まで戻ると、いつものように対面して弁当を食べ始めると
「奥村、今日カフェオレじゃないんだ」
と口火を切る沼塚に
「あ、うん。売り切れてたから、いつもと違うの買ってみた」
箸で掬ったご飯を口に入れてそう答えると
「初めて見たかも、新発売とか?」
と、フードパックに入った焼きそばを割り箸で口に運びながら
目だけでこっちを向いて聞いてきてキャッチボールするみたいにポンポンと会話が繋がっていく。
「うん」
「奥村って紅茶好きなの?」
「まあ……普通かな」
言った後に、紅茶オレの丸い穴にストローを差し込んで、ちゅるちゅると啜ると
「…どんな味?」
「え……?……甘いかも」
「ふっ…紅茶オレだしね。甘くなかったら困るよ」
「あ、ああ…まあ、美味しいよ」
「まじ?俺も飲みたくなってきちゃった」
「でも今から買いに行ってたら昼休み
終わるくない?」
「じゃ奥村の一口ちょうだい」
沼塚がそう言って、僕の紙パックのカフェオレを手に取ってストローに口を付けると
「え」と声を漏らす。
「ちょっと啜っただけだって、許して。ね?」
「え……あ、うん」
そう言って沼塚に紅茶オレのパックを返されると
確かに量はそこまで減っていないが
目の前で起こった頓狂な一瞬の出来事に僕はぶわわっと顔に熱が集まっていくのを感じる。
(か、間接キス……っ、した?)
意識し出すともう止まらなくて
この紅茶オレは僕が口付けたやつで
沼塚はそれに口を付けた。
そのことが頭の中をぐるぐる回って
僕はもう何も考えられなくなった。
すると、僕のそんな様子に沼塚が
ん……?と不思議そうに首を傾げる。
僕は慌ててカフェオレを口に含むと
それを一気に飲み干した。
(やば……っ)
そしてまた顔が熱くなっていくのを感じると
沼塚が口を開いた。
「ねえ奥村、今日の放課後って予定ある?」
「え?あ……いや、ないけど……」
「そしたら、また勉強付き合ってくれない?」
「えっと……うん、いいよ」
(…しまった、一緒にいれると思ったらついOKしてしまった)
「じゃ、放課後教室でやろ」
そう言って微笑む沼塚の笑顔にドキッとして
僕はまたカフェオレのパックを握り締めた。
そして放課後───
机をくっ付けて向かい合うように座り、テスト範囲とノートを広げて、僕が見てしまうのは問題集ではなく
シャーペンを握りテスト範囲の復習をしている沼塚の横顔。
「奥村、やっぱ見てる?」
と、不意に視線を向けられてドキッとして
「自意識過剰だっての」
視線を逸らして問題集に視線を移す。
(くそ……っ)
なんで僕はこうなんだろう……。
もっと普通に話したいのに。
すると、沼塚がシャーペンを置いて
「あれ奥村、そのキーホルダーって…」
僕の机上に裏返しにして置かれているスマートフォンのストラップを付ける部分についている
クマのキーホルダーを指さしながらそう呟く沼塚。
僕はそれを手に取り、沼塚に
「あぁ、この前、沼塚が取ってくれやつ…」
と見せた。
「ちゃんと付けてくれてるんだ?」
「う、うん……」
頷くと、嬉しそうに微笑む沼塚。
話題を変えるように「ところでさ、」と口を開くと
「ん?」と耳を傾けてくれて。
「沼塚、後夜祭の後…茜ちゃんに告白されたんだよね?」
ずっと気になっていたことを口にした。
「え……?」
沼塚は僕の言葉に少し驚いた顔をしたが
すんなりと言ってきた。
「あ、うん……されたけど」
「そ……それで、なんて答えたの……?」
僕は恐る恐る聞いてみる。
多分、付き合うことになった
とでも言うのだろう。
沼塚の次の言葉を静かに待っていると
「断った」
さらっと言ってのけたので
「……えっ、なんで……?」と思わず声が漏れた。
「なんでって……俺好きな人いるし」
「え、そう、なんだ…」
(好きな人……)
好きな男が
いい感じの女の子に告白されて
それを断ったと知って一瞬でも自分にもまだチャンスがあるなんて思ったのが急激に恥ずかしく思えてきて、項垂れる。
沼塚の選択に
沼塚の言葉にこんなにも感情を乱されるなんて
今更なのに。
好きな人がいるなんて聞いたら
勝ち目なんてもう完全に無いじゃないか。
(……っ、)
何を舞い上がっていたんだろう
何を勝手に期待していたんだろう
何を勝手に思い上がっていたんだろう
所詮、僕はプロローグにちょこんと現れる主人公の友人の一人に過ぎない。
その瞬間
沼塚のエンドロールを傍観することは愚か
それすらできない、遠い存在に感じてしまった。
「奥村?」
沼塚に名前を呼ばれて下げていた視線をあげれば、その瞳に吸い込まれそうになる。
惹かれちゃだめなひとに
恋をしてしまったんだと悟る。
つい、口が動いて「好きな人って…いつから?」と呟くように問えば
顎に指を添えて少し上を見て
思い出すような仕草で
「入学して、結構すぐかも。一目惚れ的な」
照れくさそうに喋る沼塚に
笑いかけることも茶化すこともできずに
ジワジワと目尻に涙をためることしかできなくて。
「えっ、奥村?」
瞬きの間に薄い膜のような涙が瞳に広がってそれを隠すように
僕は目元を擦って
「な、なんか最近眠くて…欠伸すごく出るんだよ」
はは、と笑いながら誤魔化すと
急に沼塚が僕の頬を両手で包み込むように掴んできて
「大丈夫…?」
と顔を覗き込むように聞いてくるから
そんな沼塚にさえ思いが募ってしまって
涙が一粒溢れた。
僕の様子を見て心配そうな顔をする沼塚に
「ご、ごめん、ちょっとトイレ」
と、沼塚の手から逃れるように椅子から立ち上がって廊下に出ると男子トイレに逃げ込んだ。
トイレの洗面台に手をついて
項垂れるように下を向くと
ぽろぽろと涙が落ちていって。
「っ、」
(……失恋ってこんなに苦しかったっけ)
止まってくれないんだ
沼塚に対するドキドキも涙も恋心も
ズブズブに沼ってしまって、抜け出せない
だって、ずるい、ずるいじゃんか
あんなに特別だの可愛いだの男相手に言って
それが冗談やノリだとしても僕は
堕ちてしまった。
もうこんなに沼塚のことが好きなんだ。
(好き、好きだ……)
でもその想いは一生届かない。
沼塚と僕では住む世界が違う
そんなの分かってた。
最初から分かっていたんだ。
なのになんで好きになったんだろう
なんでこんなにも苦しいんだろう
(こんなことになるなら好きになんてならなきゃよかった)
なんて思うけど、好きだと気付いてしまったとき
クラスメイトから友達に変わって
憧れが好きに変わったとき、嬉しさもあって。
時が止まったみたいに沼塚という人間以外が背景と化して、赤面症にも少しだけ前向きになれた。
でも、一番って気づいたときにはもう遅くて。
沼塚に恋い焦がれていた自分が恥ずかしい。
もし、初めから他人で居られれば
こんなに好きになってしまうこともなかったのだろうか。
でも僕は沼塚を好きになってしまった。
今更、もうどうにもならない恋だと分かっていても、それでも好きだから。
今更どうしようもないなんて、分かっている。
(好きになった時点で終わっていたんだ)
好きになってごめん、沼塚……
と後悔してももう遅い。
全部全部僕のせいだから。
そんなことを考えていたらいつの間にか涙が引いていて
長居はダメだと思い、沼塚の待つ教室へと戻った。
「奥村、大丈夫?」
僕が教室に戻ると、まだ机をくっつけたまま座っていて沼塚は心配そうに僕の顔を見上げた。
「う、うん……」と言葉を濁すように答えて
僕も席に座り直した。
その夜───…
夕飯と風呂を済ませて自室に篭もる。
スマホを触る気力もなくてベッドにごろんと寝転がり大の字になると、すぐに枕に顔を埋めた。
「はあ……」
枕に顔を埋めて呟くと、心が虚無感でいっぱいになって、ため息しか出ない。
それから2週間後────
中間テストも無事に終わり、11月に突入。
僕は未だに沼塚への恋心を捨てきれずにいて
今までよりも強く意識していた。
それと同時に、文化祭で少し話したことをきっかけに後藤くんともちょくちょく話すようになっていた。
そんな僕は今、後藤と一緒にお弁当を食べていた。
「奥村くんのそれって自分で?」と聞く後藤に
「いや、基本母さんが用意してくれるから……自分で作るのはたまにだよ」
と卵焼きを口に運びながら答える。
そこまで会話が弾まなくとも
陰キャ同士共感するところもあって他愛もない会話を繰り広げていた。
ここ最近、五日ほどそんな状況が続いている。
というのも、沼塚が僕のところに来ようとしたり話しかけるタイミングとわざと被せてるんじゃないかと思うぐらいに
タイミングよく後藤が僕を昼に誘ってくれることが五日ほど続いている、というだけだが。
それから時は流れ
いつの間にやら宿泊研修の数週間前となり
しおりが配られた。
学級委員の沼塚と副委員長の桐谷からの宿泊研修に関する説明が終わると
行きと帰りのバスの席がくじ引きで決められ
結果的に僕は
行きは後藤と隣同士、帰りは久保と隣同士となり
沼塚と隣同士にならなくてホッとする自分もいれば少し寂しさも感じてしまう自分もいた。
放課後…
教室を出るのが遅くなった僕が下駄箱まで行くとそこには沼塚がいて
僕の顔を見るなり「奥村!」と手を振ってくるものだから
そんな沼塚にドキッとして思わず頬を赤らめた僕に気付くこともなく、僕のところまで駆け足で寄ってきた。
「奥村、今日一緒に」
言い切る前に沼塚の言葉を遮って
「ごめん、用事あるから」
靴を履き替えると、沼塚の横を通り過ぎて学校を後にした。
(……っ、二人で帰るなんて、できない)
きっと、また変な欲が出てきてしまうから
宿泊研修が終わったら
ちゃんと距離を置くんだ。
宿泊研修、沼塚に甘えるのはそれで最後にする
こんな恋に焦がれるのは、きっと間違いだから。
それから宿泊研修までの数日間は
沼塚と二人きりで帰ったり遊んだりするのを避け続けた。
───……
宿泊研修前夜、明日の準備をしていると
部屋のドアがノックされ母さんの声が部屋の中まで響いてきた。
「晋ー?ちょっといい?」
ドアを開けるとそこにはニコニコした母さんがいて、僕は嫌な予感しかしなかった。
「……びっくりした、なに」
「これ、せっかくだし持ってきなさい」
そう言って母さんが差し出したのは、透明なケースに入ったトランプとお菓子を渡してきて。
「え、こんなに?いらないって……」
「そう言わないの。友達とシェアしなさい、どうせ夜更かして恋バナしたりすんのがお決まりなんだから」
「いやいやそんな女子みたいな…」
「いいから!はい、これ!」
と強引にトランプの入ったケースとお菓子をを僕の手一杯に持たせて出ていってしまったので
僕は渋々それを鞄の中に入れた。
そして宿泊研修当日────……
(…沼塚のことは忘れて、楽しむしかない)
そんなことを考えつつ学校に到着すると
既にバスが三台ほど学校の前に止まっていて
そのバスにクラスごとに乗り込んでいく。
二番目のバスの前に担任がいて挨拶を交わすと
バスの中で座っている生徒が既に何人かいて
それに続くようにバスに乗る。
(えっと、入って右側の7番目だから…)
自分の席を探すためにうろうろしていると
久保がこちらに手を振ってきた。
「おっ、まーくん。こっちこっち~」
そういえば久保の後ろだったか、と思って
久保の座席の後ろに座ると、丁度後藤も乗り込んできて
「奥村くんおはよ…!」
「あっ後藤くん」
手を胸元で軽く振ると、隣に座ってきて
前の席には桐谷が座っていて、その横に久保が座る。
(そういえば、後藤くんの前って……)
と、後藤の前の座席を見てみると
そこに座っていたのは沼塚で
「奥村、おはよ」
声をかけられて咄嗟に「お、おはよ」と口にするが
思わず目を逸らした。
「奥村くん?」と僕の様子に気付いた隣の後藤が声をかけてくる。
「…え?」
「なんか顔赤いからどうしたんだろうと思って…」
「えっ、あ、いや、なんでもないよ」
どうしよう、今沼塚のこと見たら絶対意識してしまう。
(班行動も丁度この五人(新谷、久保、沼塚、後藤)と一緒だし、少し気まずい…)
そんなことを考えているうちにバスは出発して
学校からどんどん遠ざかっていく。
(大丈夫……もう決めたんだ、沼塚のことは諦めるって)
そう自分に言い聞かせて、僕は窓の外に目を向ける。
まだ眠気が残る朝日に照らされた街は、いつもより静かで
ゆっくりと動き出しているようで。
見慣れた通学路も、バスの高さから見ると
少し違って見えて空は高く、澄み切っていて
これから始まる研修への期待感を高めてくれるように
そこに映る青い空のコントラストが、目に鮮やかだった。
2時間ほど走ると車窓から見える風景は一変して
街から次第に田んぼや畑など緑豊かな景色へと変わっていった。
研修施設に到着すると、まずはオリエンテーションが行われた。
研修の目的や目標、スケジュール、注意事項などが説明され
その後、施設のスタッフに体育館のような場所に案内された。
午前中の研修プログラムでは、講義形式で進められた。
講師の話に真剣に耳を傾け、メモを取る姿があちこちに見られて、僕も只管にメモを取った。
それから昼食を食べた後、施設内の広場に集合して、班ごとに分かれてレクリエーションを行った。
その間だけは沼塚のことを忘れられてよかった
それからまたバスに揺られ、宿泊予定の宿に着くと、部屋割りがされ
女子は西部屋、男子は東部屋という割り振りだった。
「はい、じゃあ夕食まで一時間あるから、各自部屋に戻って時間になったらここに集合ね」
と、担任が言って今日の主な日程は終了した。
(やっと終わった……)
部屋に着くと、みんな布団に寝転がったり、スマホを弄ったりと自由に過ごしていて
時間になり、僕も荷物を整理するとみんながいる広間に向かった。
広間には、バイキング形式の夕飯が準備されていて、みんな席に着いて食事を始めている。
僕も皿を持って、並べられたおかずを少しずつ皿に乗せていくと
後ろから肩を叩かれる。
「奥村くん」
「あ、後藤くん。隣座る?」
「うん」
そう言って後藤が隣に座り、その隣に沼塚も座った。
向かいには久保と新谷が座り、みんなで夕飯を食べていると
「あ、ねえ。この後部屋戻ったら自由時間じゃん?みんなでトランプしよーよ」
久保がそう言うと、新谷も「いいじゃん」と言ったので
それに乗っかるように自分もトランプを持ってきたことを伝えると
「おっマジ?」
沼塚が横から顔を覗かせて聞いてきて頷くと
「まーくん気効く~」
久保に続いて沼塚が仕切り出して
「んじゃ決まり、五人でやろ」
とサラッと後藤も加えて
そして夕食後部屋に戻ってくると、早速五人でババ抜きをすることになった。
カードを配り始め、そしてババ抜きが始まろうとしたとき
新谷が「あっそうだ」と声を上げた。
「せっかくだしよ、最後までジョーカー持ってた奴、罰ゲームさせねえ?」
そんな提案に
「うわ絶対言うと思った」
と沼塚が微かに笑って、その後久保も口を開く。
「え~でも罰ゲームってなにするのさ?」
と久保が聞くと
新谷はニヤリと笑みを浮かべる。
そして数秒の後……口を開いた。
「ん~そうだなぁ……じゃあ、好きな人教えるとかでいんじゃね?」
「面白そ」と後藤が言うが
僕は取り乱して「待って僕絶対嫌なんだけど」
そう言うと
「あれ、奥村もしかしているんだ?」
と沼塚が言ってきて、僕は思わずドキッとする。
「そ、そういうわけじゃ!」
(いや、だってそれは……)
「これ絶対いるやつだろ」
「ええまーくん好きな子いるの?!誰!」
「これは奥村くん負かすしかないね」
新谷も久保も後藤も納得し始めていて、もう断れそうにない空気になってきて
「ま、勝てばいいんだよ。じゃ決まりな!」
と言ってゲームは開始された。
そしてゲームは進んでいき、3回戦ほどして
無惨にも僕は最後の最後でジョーカーを引いてしまった。
「お、奥村くん……」と後藤は同情の目を向けてきて
沼塚は「ドンマイ」と肩をポンッと叩いてくる。
そして罰ゲームをすることに……。
「じゃ、教えて、まーくんの好きな人♡」
久保にそう言われると僕は思わず黙り込んでしまう。
(どうしよう……)
そんなことを考えていると
部屋の扉が開かれ、浴衣姿の担任が
「みんな、もう入浴の時間はとっくに過ぎてるわよ」と言って入ってきて
慌ててトランプを仕舞い始めた。
続きは保留ということにされ
浴場に着くと脱衣所で服を脱いでカゴの中に入れて入っていくと
みんなそれぞれ体や頭を洗い始め、湯に浸かる。
僕も同様沼塚たちが円になるようにして集まっている湯に浸かると
久保が「でさ、まーくんの好きな人って誰なの?」と言ってきて
(いい感じに逃げれたと思ったけど、まあそうくるよね…)
僕は思わず視線を逸らして適当な嘘を吐く。
「い、いないから!」
「えーうそだ、絶対いるでしょ」
しかしそんな様子を見ていた沼塚は僕の隣に座り直して「それ、俺も聞きたい」なんて言ってきて
沼塚に言えるわけないだろ、とセルフツッコミをしそうになると
四人の視線が僕に集まっていることに気付き
もう逃げ場はないと思うと突然後藤がポツリと呟いた。
「奥村くんの好きな人って……沼塚くんじゃないの?」
その瞬間、僕の周りの空気が凍ったような気がした。
3秒ほどの沈黙の後
「ご、後藤くん?なんでそこで沼塚が出るの」
苦笑いしながらそう聞くが、首筋にナイフを当てられるみたいに、そんな疑問を投げかけたのはまずかったのだと気付かされる。
僕が否定しようと口を開く前に久保が口を開いた。
「あーそれわかるわ~なんか二人仲良いし」
すると自分の名前を出されているというのに変に茶化すこともなく黙っていた沼塚が
「でもそれ言ったら後藤も最近、奥村と一緒にいるよね?」
と反抗的な鋭さを持った眼光で話題を変えるように聞いてきて
それに新谷も
「さいきん沼塚といねぇもんな奥村」と。
「でも男同士だしなくない?」
しかし久保の言葉に後藤は臆することもなく
「俺は奥村くん好きだよ」なんて言いながら少し顔を赤らめているように見える。
「え……」
「あ、友達としてね?」
「わ、分かってるよ」
(な、なにこれ)
すると久保がまた口を開く。
「え~なになに?もしかして後藤ちゃんとまーくんってそういう感じ?」
その言葉に僕は思わず
「ち、違うし沼塚が好きとかも無いから!」
と大声を出してしまい
それに新谷も
「お、おう……」と言って
肝心の沼塚は夕食のときとは打って変わって素っ気ない反応を示し
「ちょっと逆上せそうだし先上がるよ」
と先に上がっていき、それが逆に僕の胸を締め付ける。
(なんか沼塚…嫌そうな顔してた…?)
「朔のやつ、女子と付き合う気ないとは言ってたが恋愛の話題もやだったのか?」
「んーや…沼ちゃんのあれは、明らかにねぇ」
俺らも上がるかという新谷の言葉に頷いて
先に出て行ってしまった沼塚に続くように湯から上がる。
部屋に戻ってきてみると
広間に沼塚は戻ってきていて
ボーッとソファーに座って、スマホを見ていた。
(なんか、いつもの沼塚じゃないみたい…恋愛の話っていうか、まず…僕なんかに恋愛感情持たれてる冗談でも、嫌だろうしな)
ああもう、沼塚と釣り合わないのも付き合えないのも分かってるのに。
(沼塚の顔色ひとつひとつに感情左右されちゃうとか沼りすぎてる…バカみたいだ、ほんと。)
そんなことを考えつつも、寝る準備を進めて
沼塚や他の男子もスマホを操作するのをやめて折りたたまれていた掛け布団をバサッと広げた
そんなときだった。
久保が静寂を破るように枕を手に取って
「沼ちゃーん」と呼びかけ、沼塚が振り返ると口を動かす間も与えずに枕を勢いよく投げて
沼塚の顔面にクリティカルヒットさせたではないか。
「枕投げせずに寝るとか言わないよねー?」
沼塚は鼻を押さえながら久保を睨むが、口元は笑って「なずな、やったね?」と鼻声で言って
今度は久保の顔面目掛けて枕を投げ返す沼塚。
「やば、沼ちゃん怒った?」と笑って久保が逃げ始める。
そんな様子を見ていた僕たちだったが
久保が沼塚に向けて投げた枕が僕の顔面にダイレクトに当たり、僕は「うわっ」と声を上げて
落ちた枕を手にして沼塚と同様に久保に向かって枕を勢い良く投げ返すと
久保が避けた表紙に今度は新谷に当たり
「お前ら…覚悟はいいな」
それを皮切りに僕たちだけでなく男子部屋全体で突如として枕投げが始まった。
笑い声、歓声、そして時折聞こえる「うわっ!」「おらっ!」という声と枕を投げぶつけ合う物音。
そんな騒ぎを聞きつけてなのか女子たちが、部屋を覗きにきて
「男子たちなにしてんのー?」と女子たちが部屋に入ってきて
沼塚が「枕投げ」と一言言うと
女子たちは「えー!楽しそう!私もやる!」と言って、結局女子たちも参戦して
部屋中に飛び交う枕。
さらに甲高い笑い声と悲鳴が入り混じり
まさにカオス。
そんな時、廊下に響く聞き慣れた足音に
「やべ、点検来たんじゃね?隠れんぞ!」
と新谷が言って電気を消すと、みんな一斉に近くの布団に潜り身を隠す。
男女とか関係なく、そんなことすら考えずに。
そんな中入れそうなところを探すが見つからず隠れるのに戸惑い
そして部屋の襖が開く音が聞こえて、終わったと思った矢先
「奥村、こっち」と声がして、手首を掴まれたかと思うと体ごと引き寄せられ
布団に潜り込むと
すぐ間近に沼塚の顔があって互いの鼻先が触れるか触れないか。
扉がガラッと開く音がし
「なんだ、ちゃんと寝てたか」という点検の男教師の野太い声がしたが、そんなスリルよりも
至近距離の密閉空間に好きな男といることに取り乱して声が出そうになると
「シー……」と沼塚に人差し指を口元に当てられて、息を飲む。
その間お互い息がかかるほどの距離で……
心臓がドクンドクンと激しく脈打っていて体も顔も熱くなるのを感じていた。
やがて扉を閉める音が聞こえ足音はどんどん離れていって
そして完全に聞こえなくなったときに
みんな布団から顔を出し
「はーーっ、息苦しすぎ!」
「バカ、あんまデケェ声出すな」
「スリルあっていいけど、こっからは静かにしないとな」
「てか私達も頃合いみて女子部屋戻んなきゃ~」
布団からぞろぞろと身を出す男女。
僕も布団から出て起き上がって、まだ熱い頬を両手で包んで平常心を保とうとするが
同じく起き上がった沼塚が
「奥村、マスク外れてるよ?」と、いつの間にか取れていたマスクを渡してきて
「ご、ごめん、ありが、と」
取り乱しながらもそれを受け取ると
「奥村…顔、いつもより赤くない……?」
と沼塚に言われて「い、いつもと変わらないよ」とそっぽを向いて言い張る。
しかし逃がさんとばかりに
「耳まで真っ赤だけど…」と、耳朶を触ってくるので「ひっ……!」と変な声が出て
沼塚の方に振り向いてしまって、目が合う。
「奥村、本当に顔真っ赤だけど…」
言いながら頬に沼塚の手が伸びてきて
「さ、触んないで」
僕は反射的にその手を払い除けてしまう。
その行動と言動に一瞬にして罪悪感に押しつぶされそうになり
「ごっごめん」
言うと沼塚に背を向けて逃げるように部屋を出た。
しかし、追いかけてきたのか
後ろから、沼塚に突然「ねえ」と手首を掴まれて、思わず肩が跳ね上がる。
それに僕はドキッとして一瞬にして頬に熱を持ち、心臓の鼓動も速くなる。
しかもこんなときに限ってマスクを枕元に置いてきてしまったし
この状況で赤面してるところなんて見られなくなくて、振り向けないまま言葉を紡ぐ。
「なに?」
(……今、振り向いたらやばい)
そんな僕をよそ目に沼塚は口を開いた。
「さっきから様子変だけど」
「そんなこと、ないし」
「だったらなんでこっち向いてくんないの?」
「……」
だって、こんな状況で顔なんて見れないから。
「奥村さ……もしかして」
なんて言葉にすればいいか分からず、次の言葉を待っていると 沼塚は声を発した。
「怒ってるの?」
「別に…そういうんじゃなくて…」
モゴモゴと言うと
「…じゃあ、照れてる?」
図星を突かれて、僕は思わず振り返ってしまった。
「ちっ…、違うし」
(なんで僕……)
案の定赤面している顔を見られてしまって慌てて顔を逸らす。
「ねえ、奥村」と少し強い語気で言われて
思わず沼塚の目を見ると
「やっと、こっち見た」
と、少し微笑んでいて。
その微笑みにまた顔が熱くなっていくのを感じて
「もっもう寝るから!」
と言って僕はまた逃げるように部屋に戻った。
(なんで僕……沼塚にこんな振り回されてんの)
僕は自分の布団に潜ると枕に顔を埋めて、沼塚の言動を思い出していた。
するとまた心臓がバクバクと脈打って
無性に恥ずかしくなってきて
僕は枕から顔を離して寝れずにいた。
(ああもう、なんで僕こんなに沼塚に振り回されてるんだよ……っ)
しかしそんな考えも虚しく、いつの間にか眠りに落ちていた。
翌朝──…
目が覚めた僕は部屋の襖を開けて廊下に出ると
朝食は7時からでまだ30分ほど時間があったため支度を済ませて、トイレでも行こうかと男子トイレへと向かう。
するとちょうど廊下でトイレから出てきた沼塚とすれ違う。
「お、おはよう……」
と少し気まずさを感じながらも挨拶を交わすと
「おはよ、奥村」
といつも通りの様子で返事をしてきた。
それに思わずほっとして肩を撫で下ろすが
(なんか昨日から変だな……僕)
それから少し経って朝食の時間になり広間にみんながぞろぞろ集まってきた頃だった。
また昨日と同じ座席に五人で席に着くと
既にテーブルの上にお盆に乗った朝食が用意されていた。
手前には炊きたての白いご飯と
豆腐とワカメの入った味噌汁があり
奥に置かれた焼き魚は、丁寧に焼き上げられた
鯖の味噌煮。
どれも男子学生の食欲を唆るには充分な逸品で
副菜にはひじきの煮物、おひたしなどが並んでいる。
みんなで手を合わせると
まず箸が伸びたのは焼き魚だった。
それも鯖の味噌煮。
確かに魚は美味しいけど
味濃さそうだな。肉とか食べたいところだ。
まあ、別に嫌いって訳じゃないんだけど
…なんて思いつつも箸は止まらない訳で。
魚と白飯だけでもご飯は進む
休憩を挟むように味噌汁をすすると
出汁のきいた味噌汁が、空っぽの胃にやさしく染み渡る。
そして今度は煮物。
出汁がしっかりと染み込み、滋味溢れる味わいで
おひたしはシャキシャキとした食感が心地よく
さっぱりとした味わいが口の中をリフレッシュさせてくれて、思わず頬が緩む。
が、マスクを口元まで下げていることによっていつも感じる羞恥を忘れさせるぐらいに美味しくて、すぐに完食してしまった。
するとちょうど同じくらいに食べ終わったようだった。
「はー、んまかったな、サバ良すぎた」
「んね。にしてもご飯食べ終わったらまたすぐバス乗ってちょっと土産屋寄って昼食終えたらもう宿泊研修終わりじゃん?短すぎー」
新谷と久保が、名残惜しそうにそういうと
沼塚も口を開く。
「まあね。でも楽しかったし、2年なったら修学旅行あんだしそんときに遊びまくればいいって」
沼塚の言葉に新谷が納得の笑みを浮かべる。
「たしかにな。前の2年とか確かUSJ行ったらしいしな」
「えーめっちゃいいじゃん!ユニバとか最高」
久保含める三人がそんな会話を繰り広げていると、片付けの時間となった。
暫くして男子部屋に戻り、荷物をまとめていると
スマホからLINEの通知が鳴り、確認するとそれは母親からのものだった。
【お土産買ってきてね~】
それだけだった。
分かってるよ、と返信して画面を暗くしてスマホをズボンのポケットに入れようとした
しかしそのとき、違和感に気づいた。
(あれ…クマのキーホルダーがない……?)
どこでなくしたのだろうと思い、リュックの中身を確認するもやはり見当たらない。
(どこいった、どこかで落とした…?)
でもよく見るとスマホのストラップ等を付ける穴には銀色のボールチェーンだけが付いていて、キーホルダーはどこにもなかった。
ポケットやリュックの隅々、布団の中をやその周辺を探したりもしてみるがどこにも見当たらない。
「奥村くん、さっきからどうしたの?」
そんな僕の挙動不審な姿を見てか
後藤が声をかけてきた。
「あ、いや……キーホルダーが見当たらなくて」
すると丁度、トイレから戻ってきた久保がやってきて
「まーくんどしたの?そんな暗い顔してさ」
「あ、なずくん…」
「奥村くん携帯に着けてたキーホルダー無くしたみたい」
後藤が久保にそう説明すると、僕は詳細を話した。
「クマのキーホルダーで、前に沼塚にゲーセンで取ってもらって…昨日の夜まではスマホにちゃんと着いてたはずなんだけど…」
「あーあれね!え?落としたの?」
「分からないけど、二人ともこの辺りで
見てない?」
「いや、見てないけど……」
久保に続き後藤も首を横に振るので
「そっか……」と言うしかなくて。
すると後藤と久保が再び口を開く。
「俺も一緒に探すよ」
「俺も俺も!まだ出発まで30分ぐらい時間あるし」
「二人ともいいの?…助かるよ」
3人で部屋をくまなく探していると、少し遅れて新谷と沼塚も部屋に戻ってきて
「お前ら、なにしてんだ?」
「なんか奥村くんってばこの前のゲーセンで沼塚くんに取ってもらったクマのキーホルダーどっかに落としちゃったんだって、Nってイニシャル付きの」
僕が言う前に後藤が二人に説明すると
「俺らも探そうか?」と沼塚が言ってくれたので
止むを得ず、お願いすることにした。
それから10分ぐらい探していると、沼塚が部屋の角に置かれた木製のゴミ箱から何かを見つけたようで。
「奥村、これじゃない?」
と言って見せてくれたそれは
間違いなく僕が沼塚に取ってもらったクマのキーホルダーだった。
沼塚の元に駆け寄ると、新谷たちも
「お、あったか?」と寄ってきて
「こ、これ…!」
僕はそれを受け取ると
「でもゴミ箱にあったんでしょー?汚れてるしさ、まーくん違うキーホルダー買ったら?」
久保がそう提案してきた。
「耳もちぎれ欠けてるし捨てた方がいいよ。ただのゴミじゃないかな、それ」
後藤がそう付け加えてきて、それでも沼塚に貰ったものに変わりはなくて。
「…ゴミでもいいから、これがいいんだ」
俯いて、廃れたキーホルダーを眺めながらそう言うと
「じゃあさ、帰りの土産屋でなんかお揃いのキーホルダー買おうよ」
沼塚がそんなことを言い出すので、顔を上げて「えっ」と言うと
「前奥村と見に行った映画あったでしょ?あそこの土産屋、そのキーホルダー売ってるらしいよ」
「えっ!…あ、あの映画っていうか、小説の?」
「そそ。お揃いで買えば、もし奥村がまた落としたとしても俺のあげれるし」
「べ、別にそこまでしなくても…」
「フツーに俺も欲しいなって思ってたし、一石二鳥じゃない?」
「そういうことなら…いい、かな」
沼塚は頷くと微笑んで
「決まりね」と言ってくれて。
そんな僕らを見てか、新谷と久保が
「なんかお前ら本当にお似合いだよな」
「ぷっ、わかる。兄と弟って感じ」
と茶化してきて。
揶揄うような言葉に目線だけ逸らして
「…う、うるさい」と言ったけど、どこか満更でもなくて。
それから移動の時間になり
バスに乗り込み座席に着席すると、担任の点呼での確認が終わるとすぐにバスが動き出した。
僕の横に座った久保が
「帰りもよろしくねまーくん」
とにこやかに言ってきて
(そういえば帰りの席、隣はなずくんだったな…確か後ろが沼塚と樹くんか)
そんなことを考えながら「うん」と短く返すと
急に「ねね、まーくんちょっと耳貸して」
と小声で横から言ってくるものだから
「え、なに?」と返し、耳をかすと
「さっきのことなんだけど…クマのキーホルダーゴミ箱に捨てたのって、後藤なんじゃない?」
と、予想だにしないことを小声で耳打ちしてきた。
「……え」
「明らかに耳の部分掛けてたし、誰かが無理やりちぎんないとああはならなくない?」
「いやでも、なんで後藤くん?
後藤くんがそんなことやる…?」
「だって、まーくんからキーホルダーの特徴聞いたとき、俺も後藤も〝沼塚に貰ったクマのキーホルダー〟ってことしか聞いてないのに」
「後から来た沼ちゃんたちに説明するときは〝Nってイニシャル付き〟って特定して言ってたじゃん?」
「え…それって…」
「一度でも見たことないと分からない情報、今日初めて知ったような言い方で、しかもイニシャルがNとか後藤が知ってるのって普通に考えておかしくない?」
「言われてみれば…確かに」
「でしょ?」
あのキーホルダーをゴミ箱から出した時の後藤の何処か棘のある発言を思い出すと
久保の言う通りかもしれないと納得し
同時に後藤に対し懐疑心を抱く自分がいた。
「まぁ後藤がちぎった確証はないけど、ちょっと怪しいなって思っただけだからあんま気にしないで?」
「う、うん。なずくん、話してくれてありがと」
「ん」と久保は微笑む。
でも、もし後藤が捨てたのならなんでそんなことをしたのかなんて皆目見当もつかず。
(やっぱり考えすぎなだけかな……)
そんな思いを抱きながら僕は窓の外を眺めた。
そしてそれから2時間ほどしてバスは途中の土産屋の駐車場に停車し、30分の休憩に入り
「なにかお土産買いたい人やトイレ行きたい人は今うちに行っておくのよー!」と担任が言うと
新谷が「ほら奥村、土産屋行くぞ」と後ろから話しかけてきて
さっき沼塚とお揃いのキーホルダーを買う約束をしたことを思い出し
あっうんと返事をして4人でバスを降りて目の前の土産屋に向かった。
店内に入ってまず目に飛び込んできたのは
色とりどりのパッケージに包まれた定番のクッキーやサブレ。
そして、その横にあるのが北海道限定のお菓子で、定番のものから珍しいものまで種類は様々。
こんなのいつでも食えるものだと思うけど、母さんに頼まれてたし
適当に2個ぐらい買っていくかと思い抹茶サブレとココアサブレをひとつずつ手にすると
同じく横でココアサブレとプレーンなバターのクッキーを手にする沼塚がいて
「沼塚もお土産?」
「そそ、妹にちょっと買ってこうかなと思って」
「そうなんだ」
「奥村は?」
「えっと、母さんに」
そんな会話を交わした後にお目当てのキーホルダーが置かれている陳列棚に移動すると
そこには色々な人気アニメキャラクターのキーホルダーやボールペン等が並んでいて。
沼塚と話していた小説が原作の青春アニメ映画のワンシーンのキーホルダーが二種類フックにかけられ並んでいて、二人して足を止めた。
「二個もあるとは…どっちも絵柄良くて迷う…」
「わかる、俺どっちも買おっかな」
「言うて両方買っても1000円以下だし……僕もそうしようかな」
「うん、じゃあこのタイトルが手前に乗ってる方、お揃いにしない?」
「うん、いいね」
僕たちは手に取ったキーホルダーをレジに持っていき、会計を済ませた。
すると僕たちを待っていたのか
久保がこちらに軽く手を振って「二人とも買えたー?」と言うので頷くと
「どうする?ここで付ける?」
と何処か嬉しそうに言ってくるので、なんだか照れくさくて
「い、いいって。帰ったらつけるし」
そんな会話を交わしていると
その隣で仁王立ちする新谷が
「じゃそろそろ行くか」と言って歩き出す。
4人してバスに乗り込むと
また1時間ほどバスに揺られていると学校に到着した。
運転手にお礼を言って降りると、
みんなで荷物を持ってそのまま宿泊学習の終了を知らせるSHRが学校の前で始まり
担任から明日からの通常の授業についての説明を受けた後、すぐに解散となった。
帰宅後────…
「ただいま」と玄関先で言うと
奥から母さんがでてきて「おかえり」と言ってきたので、そのままリビングに向かう。
テーブルの上には土産として購入したお菓子をリュックから取り出す。
「あ、それお土産?」
「うん、とりあえず抹茶サブレとココアサブレ買ってきた」
すると母さんは嬉しそうに微笑んで
「ありがと晋。嬉しいわ、お母さんが抹茶好きなの覚えててくれたの?」
そんな母の嬉しそうな顔を見て
僕も嬉しくなるが、素直にはなれなくて
「べ、別にたまたまだよ」と返してしまうが
母は嬉しそうにありがと、と言うだけだった。
その後自室に戻りリュックを下ろし机に置いた後
ベッドの上に寝転んでスマホで時間を確認する。
時刻はもう夜の19時前だった。
ふと沼塚とお揃いで買ったキーホルダーがあったことを思い出し
起き上がってリュックをベッドの上に置いて
ガサゴソと漁り始める。
「確かこのへんに……あった」
リュックの底にあった小さな袋を取り出すと、中身を開けるとキーホルダーが入っていて。
それを包装された透明な袋から取り出して
早速スマホカバーの横の丸い穴にボールチェーンを通してストラップを付けてみる。
好きな小説のキャラだからというのもあるが
沼塚とお揃いのキーホルダー
そんな単語が真っ先に脳裏に浮かんで思わず笑みがこぼれてしまう。
そこで、ハっと我に返った。
(いや待て待て待て…?)
宿泊研修を最後に沼塚のこと忘れるだの意気込んでた僕どこいった……?
こんなん付けたら、買ってしまったら
もっと、愛おしくなっちゃうじゃんか。
ていうか、もうなってるよ。
わざわざお揃いの買って
無くしたら俺のあげるよって言ってくれる器のデカさとか
友達想いすぎて苦しいのに好きが勝ってる
ああ、もう本当にダメだな僕
完全に抜け出せない沼に浸かってる気がする
(…まあ大丈夫、これぐらいなら男同士でもアニメキャラのお揃いのストラップとか付けるだろうし…)
(これ以上、好きにならなければいいだけ)
これ以上、沼塚を見なければいい
これ以上、必要最低限
沼塚に触れなければ、忘れられる。
忘れなきゃ、いけないんだ。
思い上がって傷つくのは所詮、自分だけだから。