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第21話:企業案件(カップ麺)〜貧者の啜り音、資本主義と交わる〜
「……マジかよ。お前ら、本当にバカなんじゃないか?」
市役所での「執行猶予付き自立宣言」から、丸一ヶ月が経過した。
俺は今、ポンコツPCのモニターに映し出された『YouTube Studio』の画面を前に、深い、深いため息をついていた。
バズというものは一過性だ。
ジェミニもそう言っていたし、俺自身、一ヶ月もすれば同接は二桁に戻り、また来月の税金に怯えながら鈴木さんに泣きつくことになるだろうと覚悟していた。
だが、現実は違った。
『今月の推定収益:485,300円』
「先月と、ほぼ変わってねえじゃねえか……ッ!」
そう、俺のチャンネルの人気は、なぜか全く落ちなかったのだ。
それどころか、「税金に怯える生活保護おじさん」という生々しすぎるキャラクターはネット上で独自のジャンルを確立し、俺がただ四畳半で「確定申告のやり方がわからねえ!」と喚くだけの配信に、連日数万人が集まり、赤スパが飛び交うという異常事態が定着してしまった。
どうやらリスナーたちは、「おっさんを絶対にナマポに出戻りさせない(=俺たちで納税者として養い続ける)」という謎の使命感に燃えているらしい。
「ありがたい……ありがたいけど、これで来年の税金がさらに跳ね上がることが確定した……」
胃薬を水で流し込みながら、俺は日課となっているメールチェックを行うためにメーラーを開いた。
最近はスパムメールや、怪しい情報商材の勧誘ばかりが届くようになっていたが、その日の受信トレイには、ひときわ異彩を放つ一通のメールが紛れ込んでいた。
『件名:【PR案件のご相談】弊社製品のタイアップ配信について』
「……は? 案件?」
思わず声が出た。
企業案件。それは、企業から直接「お金を払うからうちの商品を宣伝してくれ」と依頼される、選ばれしインフルエンサーだけの特権だ。
「いやいや、待て待て。俺みたいな底辺の愚痴配信に案件なんか来るわけねえだろ。絶対新手の詐欺だ。クリックしたらワンクリックで請求画面が出るやつだ」
警戒度マックスで、薄目を開けながら本文をクリックする。
しかし、そこに書かれていた送信元の企業名を見た瞬間、俺の心臓はドクンと大きく跳ねた。
『大福食品株式会社 マーケティング部』
「だ、大福食品……!?」
俺は立ち上がり、部屋の隅に積まれたダンボールの山を振り返った。
そこにあるのは、俺が初配信の同接ゼロの時から、いや、それ以前の長い長いニート生活の中で、数え切れないほど啜ってきた『スーパーの特売で百五十円のみそラーメン』。
その製造元こそが、大福食品だったのだ。
震える目で本文を読み進める。
『ルシフェル様(生活保護おじさん様)
初めまして。大福食品の広報担当と申します。
いつも弊社の「限界みそラーメン」をご愛食いただき、誠にありがとうございます。
実は先月より、ルシフェル様が配信中に弊社のラーメンをすする切り抜き動画が拡散されて以降、若年層を中心に同製品の売上が前年比300%という異常な伸びを記録しております』
「……さんびゃく、パーセント?」
『社内でも「あの配信者の方は誰だ」と話題になり、ぜひルシフェル様に、来月発売される新商品『限界みそラーメン・超ニンニク背脂マシ』の公式PRをお願いできないかと思い、ご連絡差し上げました』
そして、メールの最後に提示されていた「案件報酬(ギャラ)」の金額を見て、俺は完全にフリーズした。
「……これ、俺の半年の保護費より高いぞ」
スパチャという「善意の投げ銭」ではない。
これは、一部上場企業が、俺の『影響力』に対して明確な価値をつけ、ビジネスとして提示してきた金だ。
資本主義のど真ん中からの、正式なオファー。
「……あ、あははっ」
乾いた笑いが漏れた。
四十年間、社会から「いらない」と言われ続け、自分でも底辺のゴミだと思い込んでいた俺が。
ただ腹を満たすためだけに啜っていた一番安いラーメンの会社から、「あなたが必要だ」と言われている。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
「……なんだよ、これ。泣く要素なんてねえのに……ッ」
俺は百均のリングライトをつけ、泣き腫らした顔のまま、緊急配信の枠を取った。
『【重大発表】お前ら、ちょっと来い』
開始数分で、待機していた二万人のリスナーが一斉に流れ込んでくる。
『重大発表!?』
『おっさん、ついに引退か!?』
『税金払えなくて捕まった!?』
『鈴木さんに見捨てられた!?』
相変わらず縁起の悪いコメントが飛び交う中、俺は安物のマイクを両手で握りしめ、ゆっくりと口を開いた。
「お前ら……俺、売れたわ」
『は?』
『どうした急に』
「俺は今日、資本主義の犬になった。いや、違う。……社会に、買われたんだよ」
俺はカメラの前に、いつも食っている『大福食品の限界みそラーメン』の空き袋を突きつけた。
「大福食品から、公式の企業案件が来た」
数秒のラグの後。
コメント欄が、過去最大の爆発を起こした。
『ファッ!?!?』
『うおおおおおおお!!!!!』
『マジで!? あの限界みそラーメンの会社から!?』
『案件キターーーーー!!!』
『底辺の王、ついに企業と結託www』
「お前らが切り抜き動画とか作って拡散しまくったせいで、このクソ安いラーメンの売上が爆増したらしいんだよ! そんで、『新商品のPR配信をしてくれ』ってオファーが来たんだ!」
俺は興奮のあまり、ツバを飛ばしながら叫んだ。
「ギャラも出た! スパチャみたいに手数料引かれない、ガチの事業所得だ! お前ら、分かるか!? これで俺は来月も、再来月も……完全に自分の足で食っていける目処が立ったんだよ!!!」
『おっさん……っ(号泣)』
『すげえええ! 本当に自立しやがった!』
『俺たちの課金が、ついに企業を動かしたぞ!』
『おめでとう! マジでおめでとう!!』
『なんか泣けてきた。底辺から這い上がるの、リアルタイムで見れるとか最高かよ』
「泣いてんじゃねえよ! 俺もさっきめちゃくちゃ泣いたわ!!」
俺は鼻水をすすりながら、パソコンの横に置いてあった電気ケトルのスイッチを入れた。
「今日は前祝いだ。PR配信は来週だけど、今日は俺の原点である、この百五十円のラーメンを食う。……今までみたいに『金がねえから』じゃねえ。俺の、四十歳の門出の祝い膳としてだ」
お湯を注ぎ、粉末スープを溶かす。
何の変哲もない、具なしの安っぽいみそラーメン。
ズズズッ、ズルルルッ。
安物マイクが、四十歳のむさ苦しい啜り音を拾い上げ、数万人のリスナーのもとへ届ける。
でも、今日のこの音は、哀愁のBGMじゃない。
俺が社会という名のリングに上がり、自分の力で生きていくための、力強いファンファーレだった。
「……あー、うめぇ。やっぱこれだわ」
俺がカメラに向かって満面の笑みを見せると、コメント欄には無数の「草(w)」と「祝」の文字が滝のように流れ続けた。
そして翌日。
俺は三度目の正直として市役所を訪れ、ケースワーカーの鈴木さんの前に「企業案件の契約書」を叩きつけた。
「鈴木さん。俺、完全に保護抜けます」
俺の真っ直ぐな目を見た鈴木さんは、いつもの鉄面皮をほんの少しだけ崩し、この数ヶ月で一番の、とても綺麗で、誇らしげな笑顔を見せてくれた。
「……はい。ご卒業、おめでとうございます、魔王さん」
こうして、俺の「生活保護おじさん」としての肩書きは終わりを告げた。
だが、それは物語の終わりではない。
「個人事業主」という新たな地獄(確定申告)の始まりであり、ネットの海を生きる数万人のリスナーたちと共に歩む、最強の納税者としての第二の人生の幕開けだったのだ。
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ゆうき あきや
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コメント
1件
おお、ついに来ましたね、企業案件! 大福食品からの正式オファー、めちゃくちゃ感動しました。配信で啜ってた100円のラーメンが、まさか「資本主義のど真ん中からの承認」に変わるとは…。泣く要素ないのに泣けるって、まさにこれですよ。鈴木さんの「ご卒業おめでとうございます」の一言に、全てが詰まってる。プロットの組み立て方が本当に巧いですね。確定申告という新たな地獄に突入するラストも、現実の厳しさを忘れさせない絶妙なバランス。続きが楽しみです!