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誰も知らない、高嶺の花の裏側3
第72話 〚越えてはいけない一線〛
――澪視点
夕食が終わって、
食器を返しに行く流れになった。
私は、
自然と海翔の隣を歩いていた。
近すぎない。
でも、離れない。
——それが、
今の私たちの距離。
「このあと、部屋戻る?」
海翔が、
小さな声で聞く。
「うん」
それだけの会話なのに、
胸が少し落ち着く。
……その時だった。
「ねえ、澪」
聞き慣れた、
でも今は聞きたくない声。
振り向く前から、
分かってしまった。
真壁恒一。
「今日さ、一緒に寝ない?」
一瞬、
音が消えた気がした。
(……え?)
周りに、
人がいる。
海翔も、
すぐ隣にいる。
なのに、
その言葉を
普通みたいに投げてきた。
空気が、
凍る。
近くにいたクラスメイトたちが、
一斉にこちらを見る。
(引いてる……)
それが、
分かるくらい。
私は、
言葉が出なかった。
断らなきゃ。
嫌だって言わなきゃ。
でも、
喉が詰まる。
——その瞬間。
「それは無理」
海翔の声が、
はっきりと割り込んだ。
静かだけど、
迷いがない。
「澪が嫌がること、
簡単に言わないで」
真壁は、
一瞬きょとんとした。
「え?
別に変な意味じゃ——」
「意味の問題じゃない」
海翔は、
一歩前に出た。
私と、
真壁の間に立つ。
「距離、考えて」
その一言で、
空気が変わった。
周りのクラスメイトたちが、
ほっとしたように
視線を逸らす。
(……助かった)
私は、
胸の奥で
そう思った。
海翔は、
私の方を見ない。
でも、
ちゃんと立ってくれている。
「部屋戻ろ」
小さな声。
私は、
何度も頷いた。
そのまま、
歩き出す。
背中に、
視線を感じた。
——真壁恒一。
(……なんでだよ)
(謝ったし、
同じ班だし、
俺、悪いこと言ってないだろ)
心の中で、
感情が荒れているのが、
伝わってくる気がした。
(なんで、
俺だけダメなんだ)
(なんで、
あいつばっかり)
——怒り。
でも、
それは声にならない。
声にした瞬間、
完全に終わることを、
どこかで分かっているから。
私は、
前だけを見て歩いた。
海翔の背中は、
近い。
でも。
まだ、
完全には安心できない。
(……警戒は、
解いちゃいけない)
そう、
心に言い聞かせながら。
廊下の明かりが、
静かに続いていた。
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