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FORSAKENの霧は、絶望を糧に色を深める。
誰かが希望を失うたび。
誰かが愛を諦めるたび。
白かった霧は少しずつ紫へ、そして夜より濃い黒へ染まっていく。
だが、その日アズールの胸を蝕んでいたものは、生存者への憎しみではなかった。
裏切られた過去でもない。
もっと醜く。
もっと甘く。
逃げ場のない毒。
――嫉妬だった。
主人の隣に、一つの影が立っている。
ノスフェラトゥ。
赤い仮面を纏い、黒い外套を揺らす古き吸血鬼。
まるで夜そのものが人の形を取ったような存在。
静かで。
揺るがず。
完成された怪物だった。
スペクターは何事もないように言葉を交わす。
短い報告。
静かな頷き。
それだけ。
本来なら何でもない光景だった。
けれど。
アズールの瞳には、ただ一つしか映らない。
主人の背後。
その場所。
あの距離。
あの影。
(……違う。)
胸が痛む。
(そこは。)
触手が小さく震え始める。
(私の場所だった。)
ウィザードハットの影で、瞳だけが熱を帯びる。
主人の背後へ立つ資格。
主人へ報告する声。
主人からの特別な視線。
それは、自分だけだと思っていた。
思い込んでいた。
だから。
ノスフェラトゥが静かに頭を下げ、部屋を去った瞬間。
アズールの中で何かが切れた。
扉が閉まる音を待つこともなく駆け出す。
「スペクター様……!」
そのまま主人の足元へ崩れ落ちる。
帽子が床へ転がる。
そんなことさえ気にならない。
「お願いです……。」
震える両手で膝へ縋りつく。
「私だけを見てください……!」
息が苦しい。
胸が痛い。
「毒ならもっと作れます……!」
声が震える。
「収穫だって、もっとできます……!」
言葉が止まらない。
「だから……。」
縋るように見上げる。
「私だけを特別にしてください……。」
その姿は哀れだった。
#bl注意
ゆ
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ゆ
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怪物になってなお。
世界を呪う力を得てもなお。
たった一人へ見捨てられることだけを恐れる、小さな青年だった。
スペクターは静かに見下ろしている。
赤いシルクハットの影から。
その瞳に揺らぎはない。
ノスフェラトゥも。
アズールも。
どちらも役目を持つ駒。
そこに優劣はない。
愛もない。
けれど。
スペクターは知っている。
嫉妬という感情が、どれほど魂を深く縛るのかを。
だから彼は。
静かに膝をついた。
アズールと同じ高さまで身を下ろす。
ゆっくり腕を広げる。
そして。
壊れ物でも抱くように、その身体を包み込んだ。
「可哀想に。」
耳元で囁く。
「そんなに不安だったのか。」
その一言だけで。
アズールの身体から力が抜ける。
「あなた様……。」
声が掠れる。
スペクターは髪を梳く。
帽子を外した黒髪を。
一本一本。
慈しむように。
「私が誰かへ心を奪われると思った?」
小さく笑う。
優しく。
穏やかに。
「嫉妬する君は、とても可愛い。」
その言葉だけで。
胸の傷跡が熱を帯びる。
鼓動が速くなる。
「でも。」
スペクターは頬へ手を添えた。
「君は勘違いをしている。」
赤い瞳が静かに細まる。
「ノスフェラトゥは古い牙だ。」
淡々と告げる。
「役目を持つ使用人。」
さらに近づく。
「けれど君は違う。」
指先が胸の傷跡へ触れる。
「君は私の血を受け入れた。」
その一言一言が魂へ刻まれていく。
「君は私の手で生まれ変わった。」
アズールは息を止める。
「君は。」
静かな微笑み。
「私だけの作品だ。」
その瞬間。
世界から音が消えた。
作品。
特別。
自分だけ。
その三つの言葉だけが、何度も頭の中で響く。
涙が溢れる。
「私は……。」
震える声。
「まだ……。」
「もちろんだ。」
スペクターは微笑む。
「君の淹れる毒茶を、誰が再現できる?」
その問いに答えはない。
「君のような魂も。」
指先が涙を拭う。
「君のような狂気も。」
ゆっくり。
慈しむように。
「誰にも作れない。」
アズールは崩れるように主人へ身を預けた。
胸へ額を寄せる。
触手が主人へ絡みつきそうになり、慌てて力を緩める。
「ありがとうございます……。」
その声は泣いていた。
「私は……。」
小さく笑う。
「あなた様だけのものです……。」
スペクターは静かにその背を撫でる。
一定の速さで。
子どもを寝かしつけるように。
安心を与えるように。
その優しさは本物だった。
少なくとも、アズールにはそう感じられた。
けれど。
帽子の影に隠れた赤い瞳だけは、どこまでも冷え切っていた。
嫉妬は芽吹いた。
依存はさらに深まった。
これからアズールは、ノスフェラトゥより優れていると証明しようとするだろう。
より多くの成果を。
より美しい毒を。
より完璧な忠誠を。
すべて主人へ捧げようとする。
それこそが、スペクターの望んだ形だった。
彼は腕の中で震える怪物を静かに抱き寄せる。
優しく。
穏やかに。
まるで世界で最も慈悲深い神のように。
そして誰にも見えない帽子の影で、小さく口元を緩めた。
また一つ。
壊れた魂は、自ら望んで檻の鍵を閉めた。
もうその鍵を開けようとする者は、この領域のどこにも存在しなかった。