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「おいっ聞いているのか!?この醜女っ」
自分をさらった騎士その一、その二、その三の顔を思い返した途端、声量がアップしたローガンに肩を蹴られてしまった。
軽く蹴られただけだが、不意を突かれたノアはその衝撃でぺちょんと尻餅をついてしまう。
(コイツ、絶対にまともな教育を受けていないな)
人を足蹴にするなんて、最低の行いである。
もしローガンがこれが非道徳な行いだと知っている上で、「自分は王族だからいいじゃん」という理由でやったのなら、コイツは救いようの無い馬鹿者でもある。
「なんだ?その目は」
始終無言でいるノアだけれど、侮蔑の表情はしっかり出ていたのだろう。
こちらも隠す気は微塵もなかったので、しまったとは思わないが、また足蹴りを受けるのはご遠慮したい。
ノアは足を振り上げたローガンを見ながら、右に避けようか左に避けようかしばし悩む。だが、ローガンが足を振り下ろす直前に、一人の青年が割って入った。
「おやめください、ローガン殿下。このお方は、恐れ多くも初代ハニスフレグ国王陛下の伴侶の生まれ変わりでございます」
ザ・魔法使い的な長いローブを身にまとった黒髪青年は、抑揚を押さえた口調でそう言った。まるで、お告げを語るように。
それを聞いた途端、ローガンは子供が癇癪を起こしたかのように、地団駄を踏んだ。
「はっ、あんな与太話誰が信じるものかっ」
(だよねー)
ノアは再びローガンに同意した。深く、深く、うなずいた。
すぐさま魔法使い青年から、刺さるような視線を受けたけれど、知ったこっちゃない。
でも、魔法使い青年ことグレイアスが語った内容は、まごうことなき事実であり、ノアが拉致された理由でもあった。
*
ホリグ大陸のほぼ全土を占めるハニスフレグ国は、かつては精霊による精霊のための、精霊の楽園であった。
そこに一人の冒険者──のちに初代ハニスフレグ国の国王陛下となる男が流れ着いた。
もともと人ならざる何かを見る特異な能力を持っていた男は、あっという間に精霊と仲良くなり、精霊王の一人娘と恋に落ちた。
しかし、どれだけ想い合っても人と精霊では、生きる世界が違う。容姿も違えば、寿命だって、遥かに精霊の方が長い。
でも男は、精霊姫をありのままに愛し、限られた時間を精霊姫と共に過ごしたいと願った。
対して、精霊姫は違った。男と同じになりたかった。同じ容姿で同じ寿命を望んでしまった。
精霊姫の想いは強く、人になる薬を飲んでしまった。それが自分の命と引き換えに、数日だけ人間になれる薬とは知らずに。
人間になれる薬は、精霊にとって解毒剤は存在しない命を奪う毒である。
「どうか何百年経っても、またあなたの妻にしてくださいね。その時は、わたくしとわかるように、あなたが好きだと言った雪花を胸に刻んで生まれてきますから」
そんな一方的な願いを男に押し付けて、精霊姫はわずか10日で息を引き取ってしまった。
精霊姫に愛された男はその後、精霊王と何かしらの話し合いを持ち、ハニスフレグ国を建国した。
そして死ぬ間際、この後に続く子々孫々に「生まれながらに雪花の紋章を刻む人間が現れたら、必ず妻にせよ」と命じて、生涯の幕を下ろした。
そうして、精霊姫は400年経って、人として生まれてきた。約束どおり雪花の紋章を胸に刻んで。
おとぎ話としたら良くできたものかもしれないが、実際この身に降りかかってみると、大っ迷惑な話である。
「だいたいこの醜女が本当に初代ハニスフレグ国王陛下の伴侶という証拠はどこにある!?これだって、ただの刺青じゃないのか!?俺は信じないぞっ」
これ、と言ったと同時にローガンはノアの胸を指差した。
ちなみにノアの胸……というより鎖骨のちょっと下。襟がつまった服でなければ見えてしまう微妙な位置に薄桃色の雪の結晶のような6枚の花弁の痣がある。
おくるみに包まれた自分を拾ってくれたロキの証言によれば、その頃から痣はしっかり刻まれていたそうだ。
ノアが育った村では刺青をする文化はあるが、それでも乳飲み子にそれをする親はいないし、そもそも刺青文化は男性だけのもの。
認めたくはないがノアの痣は生まれつきのもので間違いないが、ローガンはどうやっても認めたくないようだ。
その気持ちはしつこいが、わかる。
自分だって、できることなら「これ刺青です!」と主張して、一刻も早く孤児院に帰りたい。キノコ食べたい。
だが、ノアに発言権は無い。
平民が許可無く発言することを許されていないからではなく、現在、ノアは物理的に声が出ない状態なのだ。
今しがたローガンを嗜めたグレイアスの魔術で、声帯を麻痺させられているのだ。
しかもそれだけではない。ノアの両手は、逃亡防止のために拘束されていたりもする。
盗みも騙しもしないで、そこそこ堅実に生きてきたのに、拉致されるわ。縛られるわ。声は出せないわ。醜女呼ばわりされるわ。キノコ食べ損ねるわ──まさに踏んだり蹴ったりの状況だった。