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人生最悪の日といっても過言ではない状況だが、今日はとことん厄日なようで、ここにきて更に厄介な状況になる。
「ねえローガンさま、こんな者でも国民の一人です。あまり虐めては、なりませんわ」
怒り狂うローガンを宥めたのは、一人の淑女だった。
名をクリスティーナ・サッチェと言い、大貴族である公爵家の一人娘であり、ローガンの婚約者。ド派手なドレスと厚化粧で、もはや原型を留めていない。
ちなみにこの女、ずっとここにいた。
ノアが醜女と罵られている時も、足蹴にされた時も、扇で口元を隠しながら目をらんらんと輝かせて傍観していた。
そんな女がこのタイミングで、わざわざローガンを止めに入ったのだ。まかり間違っても、自分を助けるためでは無いだろう。
(……なんだろう。めっちゃ嫌な予感がする。っていうか悪い予感しかしない)
ノアはごくりと唾を飲む。声帯が麻痺しててもそれができるのが不思議だが、この後のクリスティーナの発言のほうが、もっと摩訶不思議なものだった。
「ローガン殿下、わたくし一つ名案を思いついたんですの。聞いてくださいます?」
自分から名案だとハードルを上げるこの内容、絶対にロクなもんじゃない。
だがローガンは、クリスティーナの豊満なお胸に釘付けで、でへへっと鼻の下を長くしながら、雑に続きを促す。
「この者を、わたくしの侍女にしませんこと?」
「……は?」
(……は?)
ローガンとノアは、同時に首を傾げた。
しかし、クリスティーナは、このリアクションは想定の範囲だったのだろう。嫌な顔をすることなく補足する。
「国王陛下は、この者を初代国王陛下の伴侶の生まれ変わりと認めておられます。そうなると、このまま野に捨てるのは、厄介ではございませんこと?万が一、この者を妻にした男が、よからぬことを考えるかもしれません。不穏分子は事前に排除しておかなければ……。ですから、わたくしの侍女として監視しておけば、今後も殿下を不安にさせることはないと思って提案させていただいたのですわ」
「それは名案だ」
(絶対に嫌だっ)
残念ながら、今度はローガンと意見は分かれてしまった。
そして運悪く、クリスティーナと目が合った。
彼女は扇で口元を隠しているが、その目は「これから、なぶり殺しにしてやるからな」と訴えている。
確かに見方を変えたら、自分は突如現れた二人の間を引き裂く邪魔者だ。クリスティーナにとったら、自分は迷惑者以外、何者でもない。
でも、冗談じゃない。こっちだって好き好んで、ここにいるわけではないし、痣だって消せるものなら消してしまいたい。
そして孤児院に帰りたい。しつこいと言われるかもしれないが、本当にキノコが食べたい。好物なのだ。
だからノアは首を捻って、傍観を決め込んでいるグレイアスに目で訴える。
(ちょっと!もういい加減、喋れるようにしてよ!!)
こうなったら、きちんと言葉で自分の意図を伝えて和解に持っていくしかない。
しかし、グレイアスから返ってきたのは口パクで3文字。
「だ、ま、れ」だった。
「ではローガン殿下、これで一件落着ということでよろしくて?」
「ああ、万事解決だ。君がいてくれて良かった。これからも私を支えておくれ」
「勿体無いお言葉ありがたいです……好きです、ローガン殿下」
「私も、愛しているよ。クリスティーナ」
グレイアスから無下にされ、ノアが絶望の淵にいるというのに、ローガンとクリスティーナは手に手を取って見つめあう。
ちなみにローガンの視線の先にはクリスティーナの豊満な胸があり、クリスティーナの視線の先にはまだ見ぬ王妃の席がある。
(いやぁーさぁー。こんなノリで私の人生決められても……)
ノアは自分の痣を呪い、400年前に交わした精霊姫の約束を心底恨む。
きっと精霊姫だって、念願かなってようやっと人間に生まれたと思ったら、こんな男と結婚しそうになった挙句、その婚約者の侍女になるなんて想像すらしなかっただろう。
わかっていたなら、絶対にこんな馬鹿げた願いは口にしないはず。前世の記憶なんて持っていない自分だが、そう断言できる。
しかし、推定生まれ変わりの自分が、今更ナシと言ったところでそれが聞き入れてもらえそうもない。
その前に声が出せない状態だから、主張すらできない。
これまでノアは、ひっそりと生きてきたけれど、冬の森で冬眠しそこなったクマに出会ったり、暴走した馬車に轢かれそうになったり、崖から落ちかけたりと、何度か命の危険にさらされてきた。
でも、悪運強く間一髪で生き延びてきた。しかしどうやら、これは詰みのようだ。
(……万事休す。あーこんな人生最悪だ!今度生まれ変わったら、絶対に痣なんか付けて生まれてこないようにしよう。いや、その前に魔法が使える国になんかに絶対に生まれない!!)
そんなふうに、ノアが今生に見切りをつけようとした瞬間───ガチャリと扉が開いた。
次いでカツンと靴音がして、テンポ良くこちらに近付き、ノアの前で止まった。
「兄上、お話し中ですが、ちょっと失礼させていただきますよ」
そう言って、この空間に突然割って入ってきたのは、ローガンの弟であり、またハニスフレグ国第二王子であるアシェルだった。
ローガンと同じ血が流れているとは思えない、美丈夫だ。
歩くたびに波打つ肩まで伸びた銀髪は、窓から差し込む陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
背はものすごく高い。王族らしい装飾多めの寒色系でまとめられた衣装を、さらりと着こなしている。
とはいえ、ローガンのようにムキムキしているわけではなく、頼りないほどひょろひょろでもない。いわゆる細身のすらっとタイプ。
総称すればやっぱり美丈夫で、イケメンで、絵に描いたような王子様だ。
ただ──ただ一つだけ、勿体無いと思うところがあった。この青年の瞳は、閉じられていた。