コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「おかえりなさーい! ピアーニャ~!」
「うわわっ、だきつくなあああ!!」
雲のリージョン『ハウドラント』にある街の1つ、フロウレリカ。その外れの丘に、大きく美しい屋敷が建っている。
そこはピアーニャの実家。ピアーニャの祖父が趣味で立てた、メイドが映える事に特化した家である。ちなみにそのメイドマニアの祖父は、今は違う場所でお気に入りのメイド達に囲まれて隠居しているという。
今回ピアーニャが実家に帰ってきたのは、ルミルテからお茶会に誘われたからである。
「よかったわー、来てくれて。ラスィーテから人を雇って、可愛いお菓子いっぱい作ってもらったのよ」
「そんなコトしてたのか……イエのリョウリニンたちはダイジョウブなのか?」
「10日だけの雇用だから大丈夫よ。今のうちに学んでもらってるわ」
リージョンごとの特殊能力による特定の生産技術者としての雇用は、禁じられている訳ではないが、相場の数倍から数十倍もの雇用費を支払うよう、義務付けられている。ラスィーテの調理、ワグナージュの機工、そしてファナリアの魔法付与などがそれに抵触する。
この法は、『もし雇用を完全に自由にしてしまった場合、技術のインフレや人材の流出と極度の偏りによって、一部のリージョンから人が消え、技術力の無い者は淘汰されていく』といった未来を容易に想像出来てしまった当時の為政者達により、定められたものである。
抜け穴という訳ではないが、リージョンを渡り歩くリージョンシーカーや、パルミラとツーファンのような護衛をメインとする者、明らかに色々間違っているコーアンなどといった、別の職業に就く者は問題無い。
「ラスィーテのリョウリは、まなんでどうにかなるものなのか……」
「完成形が分かれば、後は自分達の技で再現するでしょう。出来たら運が良い程度に考えなきゃ」
1人で王城の全ての料理を準備出来てしまうラスィーテの一般人。そんな同業者殺しな人材を料理人として雇うのは、かなりの高額。富豪となっているピアーニャの実家ですら、長期間雇う事はしない。
店を持つクリムの場合は、時間限定と自営業というルールを持つ事で、ニーニルで働く事が出来ているのだ。
「そういえば…まだなのか?」
「昼頃来る予定よ。それまでに私とお話しましょ」
雲の庭園の木陰にあるテーブルで、のんびりとティータイム。少し気持ちを落ち着けて、ルミルテが口を開く。
「なんでアリエッタちゃんが作った服を着ていないの?」
「きくなっ!」
なんと本日のピアーニャは、普通の服なのだ。アリエッタがいないという事で、サメになっていない。
「せっかくアリエッタちゃん達も誘ったのに」
「なっ……あ……」
アリエッタが泣く事を恐れるピアーニャは、アリエッタのご機嫌を取る事に必死となる。作ってもらった服を着ていなければ、どんな目に合うか、想像だに出来ない。
「う・そ・よ♪」
「かーさまあああああ!?」
お茶目なルミルテのちょっとした冗談であった。怒りと安堵で思わず叫ぶピアーニャ。
そんな娘の反応を楽しみつつ、ルミルテは控えていたメイド達に、ある物を持ってこさせた。ピアーニャもそれが気になり、一旦怒りを鎮める。
「それは?」
「アイゼレイルで買ってきた布と糸よ。こっちはクリエルテスの宝石。後で渡すけど、他にもあるから」
「そんなにかったのか……」
「奮発しちゃった♪」
テーブルに置かれたのは、輝いて見える青い布。アイゼレイルの最高級品で、宝石と同等の価値がある。
アイゼレイルとクリエルテスは、技術ではなく物品の価値を上げる事で、リージョンの価値を他と同格にしているのだ。
ルミルテが買ってきたのは、そんな2つのリージョンの最高級品。
「さすがかーさま……」
「でしょ? これを使って、アリエッタちゃんに私達の服を作ってほしいの」
「いや、アリエッタがフクをつくれるわけじゃ」
「分かってるって。絵を描いて、フラウリージェに頼んでほしいのよ」
「ええ……」
目的はアリエッタデザインのオーダーメイド。それも超高級品。
「ピアーニャが愛用している服と同じ感じでお願いね」
「やめろおおおおお!!」
よりによってピアーニャの服と同じ種類を頼むつもりである。流石にピアーニャが全力で拒絶した。
「あらなんで? ピアーニャったら折角アリエッタちゃんに描いてもらった服を着てるのに、全然見せてくれないじゃない。恥ずかしいなら、おそろいの服くらい着てあげるわよ」
「そーゆーモンダイじゃなくてっ! あのフクはちがうんだっ!」
「? どういう事?」
「それはその…だな。えっと……」
なんとピアーニャは、服の詳細をルミルテに一切教えていなかった。可愛いサメの着ぐるみ服を着て仕事をしていたなんて、恥ずかしくて言えないようだ。
「それよりもっ! どこでアリエッタのフクをきているとしった!」
「そんなの、ここに来るネフテリア様から教えてもらってるに決まってるじゃないの」
「テリアアアアアア!!」
「でもどんな服かは、本人に聞いた方が良いって言われて……」
(アイツっ、ハンパにおしえて、オモシロがってるだろっ)
ひとまず、今度ネフテリアを張り倒す事を心に誓い、この場をどう誤魔化すか必死に考え始める。すると、
「おやおや、もう2人とも揃っているとは。待たせてしまったかな?」
横に立っていた木から、飄々とした声が聞こえた。
「いやダイジョウブだ、きょうはノンビリしているからな。それよりありがとう!」
「……うん? なんでお礼?」
「もう、ドルネフィラー様ったら、タイミング悪いわねぇ」
「えっ」
いきなり話し始めた木…の下にある亀は、ただただ首を傾げるばかり。
ドルネフィラー……実体の無い夢のリージョン『ドルネフィラー』そのものであり、この次元の創造神の1柱である。
以前アリエッタ達と出会った時に、何故か夢の一部である木の亀が物理的に漏れてしまうという、謎の現象に見舞われた。以降、ピアーニャの実家にその亀を置き、時々こうして交流をしているのだ。
普通は神が人と話をする事は絶対に無いのだが、ドルネフィラーにもハウドラントに来る理由がある。
「最近さー、偶然この生き物がいた世界にたどり着いたんだ。おっと、君達はリージョンって呼んでいるんだったね。相変わらず植物しか無くてねぇ。生き物もこの通り植物で風景に溶け込んじゃってるから、取り込んでもどこにいるのか分かりにくいんだよ。夢晶を覗いても動かないし、どれが夢の持ち主なのかも分からないし、あの世界を創った神は何を求めてたんだろうねぇ? あ、それとそのリージョンを外から見たら、大きな木だったよ。いやあなかなか面白い姿だったねぇ」
「いやあのちょ……」
喋り始めるとなかなか止まらない。ドルネフィラーは語りたがりな神なのだ。夢という同じ事を繰り返す存在との会話よりも、本物の人との会話の方が楽しいと実感し、およそ数日に1回のペースでルミルテと話している。
「おっとそうそう、ロンデルって人の夢を見たよ。キミ結構イタズラ好きだね? 大人になっても子供扱いされて恥ずかしいっていう──」
「そこまでぇっ!」
大声を上げて、ドルネフィラーのトークをぶった切るピアーニャ。このままだと1刻分以上は語り続けるかもしれない。
「ああごめんごめん。まだ座って無かったんだね」
「いやそうじゃなくてだな……」
「まぁまぁドルネフィラー様。そんなに急いで喋らなくても、時間はたっぷりありますよ」
もう何度も話をしているルミルテは、すっかり神の扱いに慣れている。話し相手がいるせいで最初からテンションの高いドルネフィラーを落ち着かせ、敷物の上に座った。亀と同じように頭が地面すれすれにあるドルネフィラーに配慮し、椅子を使わないローテーブルでのお茶会となっている。
「と、ところでドルネフィラーよ」
「はいはい何でしょう?」
相変わらず気さくな神だが、話がしたいだけという事もあり、立場とか種族とか、そういったものには一切興味が無いようだ。
「そのイキモノのリージョンといったが、どうやればいけるか、わかるか?」
ピアーニャは木の亀がいるリージョンが気になって仕方がない様子。木で出来ているという漠然とした情報は伝わっているが、一番欲しい情報は、そのリージョンへの行き方なのだ。
「いや知らないよ? 人の移動方法とか……あ」
人としての移動をしていないドルネフィラーは首を振ったが、何か思い当たる節がある様子。少し考え、再び口を開く。
「あのミューゼオラって子なら、そこに行くきっかけを作れるんじゃないかな?」
「は?」
「あら、ミューゼちゃんて凄い子なのね」
何故ミューゼなのか。それを聞き出そうとしてピアーニャも口を開く…が、
「なん──」
「あの子さぁ、この生き物と同じ感じの木を持ってたんだよね。ボクはあの子と接点は無かったから、夢に入った時に吸収した記憶は少ししかないけど、後に来たロンデルの記憶でも木の魔法使ってたし、たぶん間違いないね。あの木を使って、増幅してるっていうのかな? 大した子だよねー。おばあちゃんの形見ってことは、おばあちゃんが凄い人だったんだね」
聞く前に語りたがりがペラペラと喋る。とにかく全部喋る。
記憶を勝手に話されるミューゼとロンデルにちょっと同情しつつ、新たなリージョンへの情報を少しでも得ようと、耳を傾け、たまに相槌を打つ。そして、
「さすがドルネフィラー。さすがカミ。ヒトのみでは、しりえぬコトも、たくさんぞんじているな」
「そうだろうそうだろう? もっと褒めてくれてもいいよ」
持ち上げて調子に乗らせる事も忘れない。
こうしてルミルテが楽しそうに見守る中、ピアーニャは可能な限り情報を聞き出すのだった。
そして、喋りに喋ったドルネフィラーは、すっかり上機嫌になって、木の亀から出て行った。
「むふふ……シンシュのリージョンのてがかりだ。ミューゼオラのところにいかなければ!」
テンションが上がったピアーニャは立ち上がり、両腕を上げて叫んでいた。
そこへ、ルミルテが嬉しそうに水を差す。
「楽しそうねぇ。行ってあげたら、アリエッタちゃんもすごく喜ぶわ」
ピシリ
とても温かいその言葉に、ピアーニャは音を立てて凍り付くのだった。