かき氷が美味しくなる季節に、神木先生に恋をした
夏真っ只中の暑い日に、私は1階にある図書部の部室に足を運んでいた
あーあ、だるいなぁ
そう呟いた
別に読書が好きな訳ではなかった
ただ、内申点を貰うために何となく部活に入った
文化部なら休日に部活動はないだろうと勘違いしていた
本当なら今日はゲームセンターに行きたかったのに
まあ、いい大学に行きたいから、内申点とゲームを比べたらそれは、まあ、しょうがない
そう言い聞かせて部室の扉を開いた
神木先生が椅子を並べて寝ていた
アンタ、顧問でしょう?と、思った
確かに他の部員は全員サボって休んでいるけど、夏休みに入って最初の部活動で寝る顧問がどこにいるんだよ、って
私は先生の足元に使っている椅子を引き抜いて座った
「うおっ、あぁ」
先生がびっくりして起き上がった
先生の顔を見るといつもの重い前髪がボサボサになっていて、分厚い楕円形のメガネが横にズレていた
「すみません、寝ちゃってました」
そう言って姿勢を正すと、クシャクシャと頭をかいた
「誰も来てないですね」
そう私が言うと、
「まあ、文化部なんてそんなもんですよ」
と笑って答えた
私は図書室から持ってきた本を開いた
「なんの本を読んでいるんですか?」
沈黙が訪れるのが嫌だったのか、先生が気まずそうに言った
「えっと、ヘルマン・ヘッセの本です」
「中学生でやりましたっけ、少年の日の思い出……」
「あ、それを思い出して借りたんです」
「僕も好きなんですよ、『車輪の下』とか」
先生は国語科担当だから、こういうのに詳しい。でも、いちいち話しかけられるのもなぁ
気まずさを覚えながら、私は本の文字を目で追った
ガラガラガラガラガラガラ
「ウッス、元気してますかぁ?」
窓の方を見ると、麻山先生がハサミを持って窓の外の中庭から話しかけてきた
私はこの先生が少し苦手だった
『理科担当の先生はだいだい変人』という説は多分本当だと思う
麻山先生はこういう事をよくする
自然科学部の部室は図書室の部室の隣ということもあり、顧問の麻山先生はこの窓を使ってよく遊びに来る
おそらく、神木先生と仲が良いというのも1つの理由だと思う
おかっぱなのかマッシュヘアーなのかよくわからない髪をいじりながら、窓の縁にもたれかかってきた
「今ってなにかしてますか?」
「いや、特にはしていないですね。生徒の人数も少ないんで」
「あれ?宇佐美さんしかいないじゃないですか」
「あ、どうも」
麻山先生は私の顔を少し見て、
「じゃ、ちょっとこっちの活動を手伝ってくれませんかね?」
と言った
「図書部は部員が1人来てますけど、自然科学部は1人も来ていないんですよぉ」
面倒くさい事になったと思った
麻山先生の手に野菜用のハサミがあるということは、なにかを収穫する作業をしなければならなくなるだろう。汚れるのは嫌だった
「全然いいですよ」
神木先生が言った
「ちょうど暇をしていたところなんで。いいですよね?」
拒否権が無くなった
「あ、全然いいですよ!」
「良かったぁ。じゃあ、中庭の方で待ってますから」
そう言って麻山先生は窓を閉めた
「よし、行きましょうか」
神木先生がそう言うと、私は面倒くささを覚えながら本を机に置いた
中庭に出ると、意外と涼しかった
そこには既に神木先生と麻山先生が立っていた
「いやー今日の中庭も涼しいですねぇ」
麻山先生がハサミを渡しながら言った
「確かに。麻山先生って学生時代からここの中庭が好きですよね」
「え、先生、学生時代一緒だったんですか?」
「そうそう。俺が先輩で、神木先生が後輩。2人ともこの高校出身なの」
「部活も一緒で、今はもうないですけど、僕ら演劇部だったんですよ」
「まさか、後輩に敬語を使うとは思わなかったよ」
「でも、麻山先生、大学を留年しているから同期ですよ?」
「それは秘密でしょう!」
この話は初めて聞いたから意外だった
ずっと仲がいいとは思っていなかったけど、まさか先輩後輩だったなんて
「思い出話も程々に、ナス採っちゃいましょ!」
麻山先生について行くと、たくさん実ったナスがあった
「うわぁ、凄いですね。僕、こんなに実っているやつあんまり見たことないですよ」
そう言って神木先生はナスを採っていった
やってみると、意外と楽しかった
こういうことをすると、特別感を感じるのは私だけかな
一通り採り終わると、麻山先生がホースを持ってこっちに向かってきた
「くらえっ、ハイドロポンプゥ!!」
そう言って水を出しながらホースをブンブン振りわました
「うわっ!ちょ、」
私のスカートに水が少しかかった
「うっ」
呻き声に近い声が聞こえたので神木先生の方を見ると、ダイレクトに顔に水がかかった
「こうかばつぐん、だなぁ、神木先生よぉ!」
キャキャっと麻山先生が笑うと、私たちが収穫したナスを持って自然科学部の部室に窓から入っていった
「あー、やられた」
はぁ、と神木先生がため息をすると、図書部の部室の窓を開け、中からタオルを取り出した
「宇佐美さん、どうぞ」
「え、先生はいいんですか?」
「濡れたタオル、嫌ですよね?」
そう言って先生は笑いながらメガネをとった
私はその時に初めてメガネをとった先生の顔を見た
「……」
私はこの一連の流れで、完全に恋に落ちた
今考えると、なんてチョロい女なんだと思う
でも、しっかりとした理由がある
ひとつは、メガネをとった顔が意外にもイケメンだったから
分厚いメガネで気が付かなかったが、先生は長く凛としていて、かつ少年のような綺麗な目をしていた
そのギャップにやられた
ふたつめはタオルを差し出した時、その瞬間に、ニコッと、私に向かって微笑んだから
今までも先生の笑った顔を見たことはあったが、ちゃんと、本心から私に微笑みかけてくれたことはなかった
それが、なんか、嬉しかった
さっきのギャップと、特別感とで、一気に私の心がキュゥ、となった
軽くスカートを拭いてタオルを渡すと、そのままタオルで顔をゴシゴシと拭いた
「ちょっと、先に戻っててくれませんか?」
「え?」
「メガネが汚れちゃったので、ちゃんと洗って来ますね」
そう言って先生は昇降口の方へ歩いていった
「あぁ、待って、」
先生の背中が見えなくなった後、私はそう呟いてその場にしゃがみ込んだ
「はぁぁぁ、好き、かも」
私の中に恋心が芽生えた
そこから、私の心は徐々に変わっていった
先生のことで埋め尽くされていくようになった
コメント
1件
長っ!って思ったでしょう?私も思った。雑なのは許して😉🙏