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トラビスが机を激しく叩いて叫ぶ。
「くそっ!バイロン国のヤツらにはめられた!イヴァル帝国に攻め入る理由を作るために、国境沿いの村の盗難事件を仕組んだのだっ」
「そんな…」
ここ何十年もの間、大きな争いもなく世界は穏やかだったのに。どの国も他国を侵さず、均衡を保っていたのに。今になってどうして…よりにもよってバイロン国が攻めてくるの?
僕はようやく声を出した。なんとか絞り出した声は震えている。
「どうしてイヴァル帝国に?バイロン国の方が豊かなのに。それに攻めるなら資源が豊富なデネス大国なのでは…」
「それは違います。デネス大国は北国特有の険しい地形をしているから攻めにくい。それに資源が豊富なので長く戦ができる。ということは落としにくいのです。それならば比較的攻めやすい地形をしているイヴァル帝国の方が簡単に落とせる。それに我が国は、最近王が交代したばかり。しかも年若い王は経験も浅い。…つまり舐められているのですよ」
「でも…こんなの、リアムが許すはずがない…」
「第二王子があの国の中でどれほどの力があるのか。止められなかったということは、それほどの力がないということ。今回の進軍は、明らかに第一王子の仕業でしょう」
トラビスの容赦ない言葉に僕の心が打ちのめされる。
リアムはこのことをどう思っているのだろう。リアムのことだ。きっと全力で止めようとしているに違いない。
「そういえば」と僕は勢いよく顔を上げる。
「トラビス、バイロン国の採掘場の盗難事件を扇動した者の調査はどうなってる?犯人は見つかった?」
「それが難航してまして…。我が軍の中には話に聞いた小柄な男は多数います。歳はいってるが声が若い男もいるので、犯人が若いとは断言できませんし」
「そうか…」
真犯人を必ず見つけると息巻いていたけど、結局見つけることもできず、犯人捜しを人に任せてラズールの世話をしていたけど回復もせず、ついにはバイロン国に攻め入られてしまった。情けないことだ。姉上の分も頑張ろうと決意したのに、僕はなにもできていない。
俯いた僕の肩が強く掴まれた。目線を上げると、トラビスが鋭い目で僕を見ている。
「しっかりしてください!王がそのような様子では、皆の士気が落ちてしまう。あなたはどうしたい?この国を易々とバイロン国に渡しますか?それとも必死で守りますか?」
「ま…守るに決まってる!侵略など許さない!」
「よろしい。では戦略を考えましょう。大宰相、大臣も、全力で王を支えるぞ」
「わかっておる」
大宰相と大臣達が、力強く頷く。
今は国の一大事だ。僕のことを認めてなくても、国を守りたい気持ちは皆同じだ。
トラビスが、僕の肩を掴んだ手に更に力を込めて、僕の顔を覗き込む。
「ラズールがいない今、俺が傍にいてあなたを守ります。よろしいですね」
「うん…ありがとう」
僕は小さく頷いた。トラビスの気持ちは嬉しいが、僕は誰よりも前に出て戦うつもりだ。でも、できれば戦いは避けたい。まずは話し合いで収まらないかと思い、バイロン国に使者を出すことにした。
使者はすぐに戻ってきた。バイロン国の返事と共に、背中に大きな傷を負って。
城に着くなり倒れた使者を目にして、僕は震えた。怖いからじゃない。怒りからだ。リアムの生まれた国だから、戦いたくなかった。仲良くしたかった。だけど領土を荒らされ民を傷つけられては、もう黙ってはいられない。
バイロン国がイヴァル帝国に攻め入った理由が書かれた書状を、僕は冷めた目で見つめた。とっくにわかっていた内容だから、驚きはしなかった。読むにつれて自分の心がどんどんと冷えていくのがわかる。読み終えると同時に戦う決心がついた。リアムのことを思うと苦しいけど、僕が選ぶべきは国と民だ。自分の幸せを優先することはできない。姉上の代わりとして王になると決めたのは僕なのだから。
城内が慌ただしくなる。国境沿いの領地以外から兵を集める指示を出し、トラビスの指揮の下、戦の準備を進める。
僕は準備をトラビスに任せて、ラズールに会いに行った。いつもなら薬を飲んで眠っている時間なのに、今日は起きていた。
僕を見るなり起き上がろうとするラズールに「だめだよ」と怒る。
「熱が上がってくる頃でしょ。起きたらだめだよ」
「…大丈夫です。昨日よりは楽になってますので」
「嘘だ。ほら、顔が熱いよ」
ベッド横の椅子に座り、ラズールの頬に触れる。僕の手よりもずいぶんと熱くて、未だ治らないことに悲しくなる。
「熱が下がらないね…。もう少し待ってて。必ず薬を手に入れるから」
「薬がなくても自力で治しますよ」
「ラズールは優秀だけど、病までは治せないだろ」
「どうか…されましたか?」
ラズールが手を伸ばして僕の銀髪を撫でる。
僕は無言で俯いた。
ラズールに話すべきかどうか。身体が弱っているラズールに、これ以上負担はかけたくなかったけど、黙っていてもいずれ耳に入るだろう。それならば僕の口からちゃんと話しておきたい。
僕は顔を上げてラズールと目を合わせると、銀髪を撫でる手を握った。
「ラズール、黙って最後まで聞いて。バイロン国が攻めてきた。イヴァル帝国民が国境沿いの村の採掘場の石を盗んだことを理由に掲げて。でもあの盗難を仕組んだのはバイロン国側だ。我が国に攻め入る理由を作るために卑劣な手を使ったんだ。そして今、国境沿いの村が攻められている。こうしている間にも領地が奪われ、民の命が脅かされている。だから…決めたんだ。僕は戦うと」