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ラズールが僕の目を見つめて「よろしいのですか?」と聞く。
僕は深く頷いた。
「リアムのことを想うと苦しいけど、僕は国と民を守りたい。それにリアムはきっと、この戦を止めようとしてくれてる。そう信じてる」
「そうですか。では俺も戦の準備を…」
「だめだ。おまえは城で待ってるんだ」
「…仕方ありませんね。この身体では足でまといになりかねませんから。ではここであなたの身を守ります」
「それもだめだ。おまえは国の安全と身体の回復だけを考えてればいい」
「あなたは…ここにいますよね?」
僕は微笑むと、ラズールから手を離した。そして上着のポケットから白い粒を取り出して口に入れると、コップに入っていた水を含んでラズールに口づけた。驚いて開いたラズールの口内に水と粒を流し込む。ラズールの喉が動いたのを確認した僕は、ゆっくりと顔を離した。
ラズールが手の甲で口を拭きながら震えた声を出す。
「なにを…飲ませ、た…」
「大丈夫、ただの眠り薬だよ。ゆっくり休んで。僕が帰ってきた時には元気な姿を見せて」
「まさか…前線に出るおつもりですかっ」
「そうだよ、だって僕は王だから。でも心配はいらない。トラビスが守ってくれる」
「それは俺の役目です!」
「うん、わかってる。だから早く僕を守れるように元気になって」
「フィル…様…」
「じゃあね。おやすみラズール」
僕に向かって伸ばされたラズールの手がベッドに落ちる。眉間にシワを寄せたまま眠ったラズールを見て、僕は力なく笑った。
「戻るつもりではいるけど、もしも僕が戻らなかった時は、この国を頼むね…」
顔を寄せて囁き、眉間の皺を指で押してベッドから離れた。静かに扉を閉めて外に出ると、廊下でトラビスが待っていた。
「準備ができた?」
「はい。やはり…城で待っていてはもらえませんか?」
「行くよ。決めたことだ」
「…かしこまりました。ならば俺は全力で守るだけです」
「僕の剣の腕は知ってるだろう。それに魔法の力も。おまえは民の命を第一に」
「承知しております」
「着替えてくるよ。おまえは大宰相の所へ挨拶に行って。ラズールが城から抜け出さないよう注意してと頼んできて」
「はい。では後ほど」
僕が歩き出した後にトラビスが反対方向へ向かった。去っていくトラビスの足音を聞きながら、会議の間での様子を思いかえす。
大宰相も大臣達もレナードも、僕が前線に出ることを反対した。だけどトラビスは反対しなかった。本当は城で待っていてほしいけど、勝手に抜け出されるよりは傍で見張る方がいいと考えたのだろう。
部屋に戻り軍服を着てベルトに剣を差す。そしてマントをはおるがショールは首には巻かない。顔も髪も隠さない。イヴァル帝国の新しい王として皆の前を行く。
僕は上着の内ポケットに入れているリアムの金髪に服の上から触れて「バイロン国と戦おうとする僕を許して」と呟いた。
日が暮れると同時に出発した。
国中から招集した兵は、途中で合流するか直接現地に来る。二度の休憩を挟んで進軍し、翌朝早くに国境沿いの村が見える丘に着いた。
丘の麓に兵を待機させ、トラビス、レナードと共に丘に登って様子をうかがう。
村を囲むようにバイロン国の旗が立ち、たくさんの兵が立っている。
「あの旗…国境の石垣を越える時に見たものとは違う」
「違う?ということは、指揮をしているのは第一王子ではない?」
「違うと思う」
「じゃあ誰が…」
僕の呟きにトラビスが答える。
村の中央にはひときわ大きな旗が風になびいている。白地に金文字は同じだけど、緑の植物らしき模様ではなく、あれは紫の…花?
突然「フィル様」トラビスが緊迫した声を出した。僕を姉上の名で呼ぶ気づかいさえできていない。
レナードが不思議そうに僕とトラビスを見て「フィル様とは?」と聞いてきた。
「レナード、後で説明する。トラビスどうしたの?」
「見つけました。あの中に盗難事件の真犯人がいます」
「えっ、どこに?どうしてわかったの?」
「一瞬でわかりました。イヴァル帝国の軍所属なのに、バイロン国の青い軍服を着てバイロン国の騎士と談笑してるのですから」
「誰…?」
「どうりで中々戻って来ないわけだ。もう二度と戻る気がなかったのだな。俺も迂闊でした。信用してバイロン国に薬の仕入れに行かせてしまった。みすみす逃がせてしまった」
「まさか…真犯人って…」
「ご自分の目で確かめてください。ほら、あそこに若い小柄な男がいるでしょう」
トラビスが指を差した先を見た。遠く離れていたけどすぐにわかった。僕は衝撃を受けた。会話をした時から親近感が湧いて、仲良くなれると思っていたのに。
「ネロ…」
「あいつは身元がしっかりしていた。剣もうまく魔法の力も強かった。だから目をかけていたのに。まさかバイロン国からの潜入者だったとは…っ」
トラビスが固く拳を握りしめてネロを睨んでいる。
レナードも拳を自分の腰に打ちつけながら悔しがった。
「王よ、申しわけありません。俺もあの者の正体に気づけませんでした。もしかすると、あなたが交代を申し出た時に、ネロはあなたが王だと気づいたのかもしれません。だから国境を越える時に飛んできた矢が、まっすぐにあなたを狙ったのです」
「じゃあネロは、第一王子の部下で僕のことを第一王子に話した?だったら盗難事件を仕組んだのも第一王子?」
「だと思います。盗難事件をきっかけに我が国に戦をしかけて手柄を立てたかったのだろうと推測します。だがあの旗を見る限り、今回の進軍の指揮は第一王子ではない。バイロン国内の状況が気になります」
僕はトラビスのマントを引っ張る。
ネロを睨んでいたトラビスの視線が、ようやくこちらを向く。
「どうかされましたか?」
「ねぇ、トラビスが使者としてバイロン国に来た時に同行していた何人かの兵が、まだバイロン国の王都に残っているだろ?彼らにバイロン国内のことを調べさせれないかな」
「そうですね。密書を送ってみましょう」
「うん、頼むよ」
僕達は陣へ引き、作戦を立てた。
相手はまだ僕達が来てることを知らない。今から相手の不意をつき、正面から突撃をかける。