三つ首の大蛇。 俺の前世の記憶の中では、そういう魔物はヒュドラと呼ばれていたはずだ。でもあれは水蛇の魔物で、首も確か九つあったような気がする。陸にいるということはヤマタノオロチとかの方が近いのかもしれないが、どちらにせよ首の数が足りないのは同じことか。なら形式上ヒュドラと呼ぶことにしよう。
ヒュドラの巨大な頭が猛烈な勢いをもって振り下ろされる。とてもじゃないが受け止めることなど出来そうもない質量の攻撃。地面を蹴ってその場を離れ、ギリギリのところで回避する。それまでいた場所の地面から爆発したかのような轟音が響き渡り、砕かれた土塊が勢いよく周囲に飛び散った。辺りの土煙が舞い上がり、視界が遮られる。
土煙の向こうに見える影に向かって剣を振り下ろしたが、その刃は硬い外皮に阻まれて傷一つ付けることなく弾き返された。
「ファイヤーランス!!」
ヒュドラの別の頭の方で爆発が起こる。
あの声はクロードの仲間の男の声だ。
見た目は剣士のような恰好をしていたが、中級の魔法も使うことが出来るのか。クロードの仲間にいるのが勿体ないくらい優秀なんじゃないのか?
火炎槍の直撃を食らっただろうヒュドラだったが、まるで動じることなく、その胴体を大きくくねらせては、三つの首と尾で周囲をなぎ倒さんばかりの攻撃を続けた。
「なんで効かねえんだよ!!」
クロードが忌々し気に叫ぶ。
「グッ!――ガハッ!!」
「ハンス!!」
何度か攻撃を受けることに成功していたハンスだったが、強烈な尾の攻撃を凌ぎきることが出来ずに吹き飛び、その体を岩肌に打ちつけた。
「ハンスは俺が診る!お前たちはあいつの気を引いてくれ!」
カイン達にそう言うと、俺は返事を待たずにハンスの下へと走った。叩きつけられた衝撃で意識を失っているようだが、今のところ命に関わるほどのダメージを負ってはいなかった。魔法鞄《マジックバック》の中からポーションを取り出してハンスの口に含ませる。ハンスの全身がうっすらと光を放ち、そして意識を取り戻した。
「アベルさん……。ありがとうございます」
「礼は良い。それよりアレの攻撃を受け続けるのは止めておけ。いくら補助魔法の恩恵があるとはいえ、元々のレベルが違い過ぎる」
「……アレを倒すことは出来るんでしょうか?」
普段から口数が少なく、感情を表に出すことの無いハンスだったが、今の言葉にはどこか焦りの感情が含まれているように思えた。
「倒せなければ死ぬだけだ。戦って生き残る可能性を探すか、このまま死を受け入れるか。これは、探索者ならどんな状況においても変わらない。今か、いつかか、の違いでしかない」
「そう……ですね。逃げ道が無いなら戦うしかないですね」
立ち上がり、落ちていた盾を拾い上げる。
その目は覚悟を決めた男の目に見えた。
「アイスバインド!」
サレンの氷魔法。地面から氷の鎖が飛び出し、一瞬だがヒュドラの巨大な胴体を捕縛し動きを止める。
「ソードスラッシュ!!」
魔力を纏ったカインのスキルはバフで大幅に強化され、大気を切り裂くように繰り出された閃光の刃。
アイスバインドを砕いた瞬間、ヒュドラの中央の首元が大きく斬り裂かれ、まるで噴水のように勢いよく飛び散る鮮血が辺りを染め上げた。
「アックスデストロイ!」
そのタイミングを待っていたのか、間髪入れずにクロードの仲間の大斧使いのスキルが、カインの付けた傷口を寸分たがうことなく狙って放たれる。
巨大な大斧が血肉を抉り取るように食い込んでいく。鋭い刃が肉を切り裂き、骨を砕く。そして大斧が振り抜かれた瞬間、巨大なヒュドラの頭が宙を舞った。
まずは一つ。
肩で息をしながら、その場の全員がそう思った時――
切断された傷口から、再生するかのように新たな首が生えてきたのだった。
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