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相手ボールで試合が再開される。
詰められた差を再度広げたいヤマコーは、カルロスにボールを集めた。
しかし、
「遅い」
千年に渡って魔界を牛耳った魔王の潜在能力は伊達ではない。ヒューマンに転生してもなお、並みのヒューマンの遥かに上をいくアジリティを有する。
カルロスからあっさりとボールを奪取した魔王は、視線をゴールへと向ける。
ぱっと見で五、六人の敵選手が視界に入った。
「ふ」
魔王は笑んだ。ゴールまでの道筋がピッチ上に浮き上がった気がした。
魔王はドリブルを開始する、一人抜いた、二人抜いた。
風が魔王の耳たぶをびゅんびゅん掠める、三人抜いた。
ヤマコーのディフェンスラインが崩れた。魔王は突き進む。
ヒューマンにしては体格の良い者が立ちはだった。魔王がキレッキレのフェイントをする。体重移動についていけない相手は尻もちをついて後方へ倒れる、四人抜いた。
「行け行け、碧人ぉ!」
チームメイトが叫ぶ。
観客席からは歓喜とも悲鳴ともつかぬ大音声。
ボールと一緒に魔王は駆け抜ける。五人抜いた。
あとは――、ヤマコーのゴールキーパーとの一対一だ。
聴覚を鋭敏にする魔王。
ベンチで待機している間に、敵と味方の足音はすべて頭に叩き込んである。
襲撃時の足音で敵・味方を区別する能力は、魔界では必須スキルだ。たかだか二〇人程度の選手の足音をインプットするなど、魔王にとっては折り紙で鶴を作るよりも容易い。
味方の足音はまだ遠い。
対して敵は、二人が左後方から迫ってきている。右後方からも敵の足音があった。
独走をかました魔王は、己が敵に囲まれ、孤立無援であることを悟る。次にとるべき行動を何パターンか脳内で叩きだす。この間、僅かに零コンマ数秒。
ゴールキーパーが魔王との距離を詰めるために、前方へ体重をかける。
と――、魔王はボールをふわりと浮かせて蹴った。
ループシュート。
ゴールキーパーは、ボールに反応することさえできない。頭上を山なりに越えていくボールを見送るだけ。
バスッ
ゴールネットにくるまれるボール。
ピッチは大歓声に包まれた。
♨□■走れカルロス□■♨
カルロスは激怒した。
まさか日本にこれだけの選手(魔王)がいるなんて。
近年レベルが上がっているとは言え、日本のサッカーを舐めていた。
カルロスには、サッカー王国・ブラジル出身者としての誇りがある。
スラム街のストリートでボールを蹴り、ある日、サンパウロFCの育成部門からスカウトを受けた。
けれども、サッカーは残酷だ。ブラジルどころか数多の国から、サッカー猛者がサンパウロFCには集まってくる。
己の力量を悟ったカルロスは、先月、ブラジルを発ち、海を越えたこの日本の地にやってきた。出発の直前、夕闇に紛れて神に祈りを捧げた。その時ナニカガあった気がするも、今は思い出せない。
ただ、背中に激痛が走るや、直後やさしい温もりに包まれた。
カルロスは直感した。今、神と対話している、と。そのための背中の痛みならば、甘んじて受け入れよう。
神がパラパラとぶ厚い本をめくる音。聖書だろうか。ただ、本を開き慣れていない感じもしたが、この際このことには目をつむろうと思った矢先だった。
『ンジャ、テンセーネ。ナニカアッタラ、テキトーニタイショシナサイ』
聞いたことのない言語だった。魂がその言語を覚えている気がした。これはきっと神の言語に違いない。神が後押ししてくれている。曾祖父が生まれた国・ジャパンで再出発したい。
強く願ったのも束の間、カルロスはいつしかヤマコーにいた。まさに神のお導きだ。
カルロスには父も母もいない。ガールフレンドもいない。
パクったバイクで地元を走り回る妹と、二人暮らしだ。
日本でサッカーを通じて成功し、金を稼ぎ、妹と平穏無事に暮らす。
その夢を壊す奴――碧人(魔王)。絶対に……ユルサナイ。
////////////////// ブラジル サンパウロ とあるスラム街にて //////////////////
なお、時を同じくして、身元不明の死体が見つかった。
その容貌がカルロスに似ていることは、まだ誰も知らない。
■□■□
試合がヤマコーのボールで再開される。残り時間は三分と少々。
仮に両校引き分けの場合、得失点差でヤマコーが決勝トーナメントに進出する。
そのため、ヤマコーは敢えて攻めずにディフェンスを厚くし、引き分け狙いの陣を敷いてきた。
鉄壁の守備でキボコーの攻撃をはね返す。キボコーが素早い攻撃を展開させる前に、その芽を潰す。
一種の籠城戦。三分少々を耐え抜けばよい。
(卑怯な奴らめ)
魔王は目を吊り上げて憤った。魔界の倫理観・魔道では、引いて守ることは軟弱者が取る戦法だ。
魔道をもって覇道を制する、を地で行く魔王にとって、ヤマコーの戦術は歯がゆい。
時計の針が進むにつれて、キボコー側に焦りの表情が見え始めた。
対するヤマコーは攻撃をはね返すごとに、顔色を明るくしていく。
ここにおいて、苛々しているのは魔王だけではない。熱くなりやすいキャプテン藤堂もまた、平常心を失いかけていた。
そうして事は起きる。
カルロスがこの試合で初めてボールタッチをミスった。
〝とき、まさに来けり〟
ゴリゴリの理系で古文の成績が壊滅的なくせに、教科書に出てきそうな一文がキャプテン藤堂の頭中で閃く。
「死ねえぇぇいっ!」
矢も楯もたまらず、またしてもフラグ立ちまくりのセリフを吐くキャプテン藤堂。カルロスにスライディングタックルをかました。
前半と同じようにカルロスが華麗なジャンプでかわ……さなかった。
タックルを喰らったカルロスがアキレス腱を手で押さえのたうち回る。
主審が笛を吹いた。
「げ」
キャプテン藤堂に対して示された一枚のカード。
レッドカードだった。一発退場。
アキレス腱へのスライディングタックルはレッドカードを誘発する。
「アホ藤堂ぅううううううっ」
退場するキャプテン藤堂と、怨嗟の声を漏らすキボコーの面々を尻目にカルロスがほくそ笑んだ。碧い目ではなく、赤い目が煌々と灯る。
そう。
すべてはカルロスが仕組んだ演技だ。
興奮しやすい選手を前にしてボールを受け損なうフリをする。それを好機と捉えた相手が足を出してきたらケガをしないように上手にあたる。あとは、アキレス腱をやられたアピールをすればよい。
まんまとカルロスにはめられた。
人数が一人少なくなったキボコー。
試合終了まで一分を切った。
ヤマコーは自陣でボールを回しだす。時間切れとなる瞬間を今か今かと待っている。
一人少ないキボコーは数的不利をくつがえせずに、ヤマコーのパスワークに翻弄された。ボールを奪えない。
と――、
カルロスがボールタッチをミスした。
(……また!?)
彼の双眸が朱く灯っている。周囲はそれを、外国人特有の瞳の色と思ったようだ。
彼は誘っていた。
ユルサナイ相手・魔王がエサにかかるのを。
チームが勝とうとも、先刻の一対一勝負で魔王に負けたまま試合を終えることは、カルロスには耐えられなかった。
カルロスがいる位置はヤマコーのペナルティエリア内。ゴールのすぐそばだ。
スリリングな興奮に酔ったカルロスが、頬を紅潮させながら魔王を挑発する。
「カモン、@&##¥」
周囲の者は皆ぽかんと口を開けた。
カモンの後に続く言葉が理解不明だった。ブラジルだけにポルトガル語だろうか。それでも、地球上に存在する言語にも思えないザラついた音質の言葉だった。
この時、人間には見えない圧がカルロスを包んでいた。魔物特有の邪悪なる煙。
そもそもこの種の煙を見慣れている魔法は、特段この圧を気に留めなかった。無意識のうちに、当然のものとみなしていたようだ。
「ほう」
魔王だけは相好を崩した。@&##¥を理解できたことさえも、魔王自身は意識していなかった。
眼前で相対する者が、魔王に敵意を向けた。そのことが無性に嬉しい。謝意などクソつまらない産物だ。魔王にとって、敵意ほどありがたいものはない。心躍る。
その感情のままに、直後、疾風の速さでカルロスに身体を寄せた。
人間では見切れぬスピード。
だが、カルロスは、ひょいっと魔王をかわした。ついでに、魔王の頭部に手をかざす。カルロスの目と手に妖しげな朱色の光が再び灯りかける。
「集中しろ」
魔王の呟きがカルロスの耳に届くよりも早く、カルロスの足もとからボールが離れていた。
「――ッ!」
カルロスは息も吐けなかった。ボールをキープする抵抗もできずに、魔王にボールを奪われた。
正直、カルロス自身にも何が起きたのか分からなかった。
ただ、魔王の速さが、人間を越え、さらにはカルロスを上回っただけ。魔王をかわしたつもりでいたカルロスが、魔王をかわせていなかったのだ。灯りかけた朱色の光は、既に萎んでいる。
ついでに言えば、魔王は密かにカルロスの圧を、自身の威圧で制圧した。もちろん目で捉えられるものではない。魔王の威圧を受けて自由に体を動かせるものなど、勇者を除いては無きに等しい。少なくとも魔物においては。
魔王は無抵抗に陥った敵に憐れみを抱かない。全力で叩き潰す性格だ。転生後、校庭で何度も練習した、それこそ仲間達と汗をかき、極めた尽くした慈悲のないシュートを打とうと足を振り上げる。
その足を――飛びついたカルロスが掴んだ。絶叫とともに。
「オマエダケハ、ユルサナイーッ! @&##¥&##!」
人間の筋力を超えた重機のごとき力で、カルロスが魔王を圧し潰そうとする。0.1秒後、カルロスは腕に違和感を覚えた。抱え込んだ魔王の太ももから波動のような圧を浴びたからだ。その一瞬を感じとれたのは、この場ではカルロスだけだったのかもしれない。いや、美神も片眉を上げていた。
ピピッ
笛が鳴る。
当然だ。足に組みつくなど前代未聞のファールだった。
レッドカードを喰らい退場するカルロス。俯きトボトボとピッチを歩き去っていく。冷静さを取り戻した彼は、一瞬の気の迷いを憂い、その背中が沈んでいた。肩をゆらゆら揺らしながら去っていく。
「待て」
魔王は呼び止めた。だが、消沈したカルロスの耳には入らない。
そもそも『待て』という日本語が通じていないかもしれなかった。
魔王はカルロスの肩を掴んだ。
「オウッ?」
驚き、振り返ったカルロス。今さら何を言われるのかと、不機嫌な表情で魔王を見返す。
そんな彼に魔王はグッと親指を突き出した。サムズアップ。
嫌味ではない。引いて守るヤマコー選手達の中で、軽率な行動だったかもしれないが、カルロスは敢えて戦いを挑んだ。その意気込みに魔王は『いいね!』を示したまでだ。
「――」
カルロスは魔王を睨み続けた。
そう簡単に『ユルサナイ』は溶け消えない……はずだった。
カルロスは目もとから力を緩めた。寂しそうに口もとも歪め、一言、
「ユルサナイ」
再び、ピッチを後にするために歩きだす。だが、もうその背中は沈んでいなかった。どこか堂々と晴れ晴れしい、漢。そんな感じだ。さらには、何か大きなものに認められた気がした。ジャパンに来てから自らの身に宿った魂が、魔王に褒められたことに対して純粋に喜びを感じたみたいに。
そうして退場となったカルロス。選手控室へと向かう途中で――蒸発するように、消えた。笑顔のまま。