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この墓地に集まっている動物霊は、ここに眠っている動物かのように思えたがそれは違った。
(この子達……みんな野良犬や捨て犬だ……)
人間の霊の時程敏感には感じ取れなかったものの、どの犬や猫もきちんと飼われていたものとは違うのだと和葉は感じ取る。人間を恨んでいるものもいれば、ただ短い生に未練を持っているものもいる。どこか物悲しくて、和葉は一度目を伏せた。
「ちゃちゃっと片付けるわよ!」
言いつつ、露子が取り出したのは2丁の拳銃だ。セットされているマガジンは異様に長く、弾数も相当なものだろう。
露子の敵意を感じ取ったのか、動物霊達は次々に飛びかかってくる。露子はそれら全てを容赦なく撃ち落としていく。
銃にはサプレッサーが装備されており、銃声は最低限まで抑えられている。
「流石です。朝宮露子……。私も行きます、早坂和葉、双剣をお願いします」
「は、はい!」
浸に言われ、和葉はトランクケースを素早く開き……双剣を取り出して浸に手渡す。が、すぐに間違えていたことに気づく。
片方は双剣だが、もう片方は青竜刀だったのだ。形と名前をしっかり覚えたハズだったが、咄嗟に取り出した武器はバラバラだった。
「ご、ごめんなさ――――」
「これでいけます!」
「えぇ!?」
しかし浸は、そのまま即座に駆け出して動物霊の中へと突っ込んでいった。
「あ、ちょっと! あんま突っ込みすぎないでよ!」
「何を言いますか! 朝宮露子、あなたがいるなら後方支援は完璧です!」
そんなことを平然とのたまい、浸は凄まじい剣捌きで動物霊を祓っていく。
長さの違う2つの剣を、浸はうまく使い分けて戦っている。そのあまりの器用さに、露子は舌を巻く。
「……言ってくれるじゃない!」
笑みを浮かべつつ、露子は浸の援護に回る。更に後方で待機している和葉まで霊が辿り着かないよう意識しつつ、露子は次々に霊を撃ち落としていく。
動物霊は数こそ多かったものの、浸の人間離れした戦闘力と銃器を持つ露子の前では敵ではない。瞬く間にそのほとんどが祓われてしまう。
「ひ、浸さん……ほんとにあのまま戦ってる……!」
間違えたことを気にしておろおろする和葉だったが、浸はそのままうまく戦い続けている。多少やり辛そうではあったが、群がる動物霊達に一切遅れを取っていない。
「す、すごい……!」
その怒涛の勢いと凄まじさに、和葉は思わず感嘆の声を上げる。しかし次の瞬間、大きな気配を感じて目を見開いた。
「浸さん! つゆちゃん! 大きいのが来ます!」
「なんですって!?」
和葉に言われて二人が前方を見ると、そこには巨大な狼に似た動物霊がいた。体長は5メートル近く、背の高い浸も見上げる程に大きい。
「……集合霊ね」
「集合霊?」
「そのまんまよ。多分、動物霊が集まってああなったんだと思う」
霊は稀に、集まって一つの霊として形を成すことがある。それは和葉が最初に浸に出会った時に取り憑いていた思念体と同じようなものだが、思念ではなく霊魂が集まった集合体は規模が大きく違う。
「どう? 見える?」
「見えるって……何がですか?」
「核よ核。あの集合霊の核になってる霊魂、アンタなら見えるんじゃない?」
「えーっと……」
露子に言われて意識を集中すると、和葉には集合霊が本当に小さな霊魂の集まりなのだと視覚的、感覚的に理解出来た。それと同時に、喉の辺りに一際大きな霊魂があるのも見える。恐らくそれが、露子の言う核だ。
「見えました! 喉の辺りです! でもあの辺りは霊魂がすごく集まってて……」
「浸! 聞いた!?」
「ええ!」
浸は双剣を地面に置き、青竜刀一本で構え直す。数を相手にしなくなった以上、手数を優先する必要はなくなったのだ。
それに浸にとって、この青竜刀は最も扱い慣れた獲物だ。ここぞという時は、基本的にこの青竜刀を使う。
「取り替えに行く手間が省けましたよ……早坂和葉!」
振り向かずにそう言って、浸は集合霊の方へ駆け出した。
「朝宮露子! 援護とトドメを頼みます!」
「了解!」
向かってくる浸に対して、集合霊は雄叫びを上げながら暴れ始める。前足を振り回しながら噛み付いてくる集合霊をどうにかいなしながら、浸は反撃の機会を待つ。
露子はジッとその様子を見ながらも、時折発砲して集合霊の意識をそらして浸を援護する。完全に通じ合っているかのように見える二人のコンビネーションは、完全に集合霊の動きを制限していた。
そんな攻防に痺れを切らしたのか、集合霊は更に雄叫びを上げる。そして大きく口を開くと、一気に浸へと噛み付いた。
「浸さん!」
浸の身体が、集合霊の巨大な口の中に飲み込まれていく。しかし、その口が完全に閉じられることはなかった。
「朝宮露子!」
浸は内側から青竜刀を上に突き立てながら、全身を使って集合霊の口を閉じられないように支えていた。頭を振り回す集合霊の口の中でどうにか踏ん張りながら、浸は朝宮露子へ叫ぶ。
「今です! そこから喉を!」
「無茶苦茶言うな!」
「出来ます! 朝宮露子なら出来ます!」
「ハァ!? ……ったく」
暴れる集合霊の口の中に、核があるのだ。
「おとぼけ! 核の正確な位置は!?」
「……真っ直ぐです! 弾丸が喉を真っ直ぐ通るように撃てばきっと! ……でも!」
集合霊は暴れていて狙いを定めにくい。おまけに下手すれば浸に当たりかねない。しかしそれでも露子は、真っ直ぐに集合霊を見据えて銃を構える。
「……出来るわよ。あいつが出来るって言ったんだからね。出来なかった時の責任は――――」
あまり時間はない。浸は体力が人並み外れているが、あの状態では数分と持たない。露子は焦る気持ちをどうにか抑え、しっかりと集合霊の口の中を見据えた。
「浸! 自分で取りなさい!」
引き金が引かれ、弾丸が真っ直ぐに飛んでいく。喉の向きが丁度直線になった瞬間を狙って放たれた高速の弾丸は、その一瞬の内に集合霊の核である霊魂を撃ち抜く。
「オオオオオオオッ!」
絶叫と共に、集合霊が苦しみ始める。核となっていた霊魂が祓われたことで、集まっていた小さな霊魂が離散し、自然に消えていく。元々それらは、集まらなければ形を成せない霊魂なのだ。
次第に集合霊の姿は消えていき、墓地には静けさだけが残る。無事に脱出した浸は、額の汗を拭いながら悠々と和葉達の元へと戻ってきた。
「流石は朝宮露子でしたね。あなたに任せて正解だった」
「アホ!」
満足げに微笑む浸を、露子は右手で軽く小突く。
「アンタね! もうちょっと自分の身の安全も考えなさいよ! 死にたいの!?」
「……いえ? 朝宮露子がいるので大丈夫なのではないかと」
「……は~~~~~~~……」
わざとらしく大きなため息をつきつつも、露子は満更でもなさそうに小さく笑みをこぼす。
「……そういえば早坂和葉の姿が見えませんが」
「あれ? おかしいわね、さっきまでそこにいたんだけど……」
いつの間にか姿を消している和葉を探して二人が周囲を見回していると、向こうから走ってくる和葉の姿が見えてくる。
「浸さーん! つゆちゃーん!」
「あ、帰ってきた。ちょっとどこ行ってたのよ」
「わんこです!」
「何がよ!」
要領を得ない和葉の言葉に怒鳴る露子だったが、その両手に収まっている小型犬を見てキョトンとした表情になる。
「おや、霊ですがまだ悪霊化していませんね」
「はい。あの、この子、飼い主のところに連れて行ってあげたいんですけど」
「飼い主のところって……アンタわかんの?」
露子がそう問うと、和葉はすぐに頷いてみせる。
「もしかしてさっきの動物霊達って……この子を守ろうとしてたんじゃないでしょうか?」
「どうでしょうね……。もしかすると、群れのような状態になっていたのかも知れません」
流石に相手が動物となると、和葉もハッキリと理解するには時間がかかる。今抱えている犬のことが理解出来たのは、こうして抱き上げられる程落ち着いて触れ合うことが出来たからだ。
「……なんかムカつくわね……。素人にここまで能力の差を見せつけられると……」
「ふふ……早坂和葉はすごいでしょう。それより、早く行きましょう。その子を成仏させてあげなければ」
「何でアンタが得意げなのよ」
得意げに頷く浸に促され、三人は霊園の管理者へ報告をすますとすぐに飼い主の元へ向かうべく霊園を出た。
***
結城香澄(ゆうきかすみ)は、数日前に愛犬を喪ったばかりだった。
小学校卒業と同時にペットショップで買ってもらった子犬にはペロと名付け、玉のようにかわいがっていた。
しかし、生まれつき身体の弱かったペロは、ある理由で中毒死してしまった。
それが……道端に落ちていたチョコレートだった。
誰が落としたのかはわからない。偶然落ちたものだろう。散歩中にそれを香澄より先に見つけてしまったペロは、香澄が止める暇もなくソレを口にしてしまったのである。
以来、香澄は塞ぎ込んだまま学校にも行かず、自分の部屋に閉じこもっていた。
香澄は自分の不注意のせいでペロを死なせてしまったと思い込んでいた。もっと注意して見ていれば、こんなことにはならずにすんだのだと。深い悔恨が心に根を張り、何をしても罪の意識が香澄を苛んでしまう。
「……」
香澄は、まともに眠ることも出来なかった。
部屋にペロを連れ込むと、ペロはいつも香澄のベッドに入り込んで一緒に眠っていた。あの温もりを二度と感じられなくなるかと思うと、何度でも涙が溢れ出してしまう。
自責の念でぐちゃぐちゃになって、もう死んでしまいたいくらいの思いだった。
まだわずかにペロの匂いの残る布団を抱きしめると、泣きそうになって布団から手を放す。涙で濡れて、ペロの匂いがなくなってしまいそうで。
「ごめん……ごめんね……」
どれだけ謝っても、もう決してペロには届かない。
刺すような胸の痛みに堪えられなくなって、香澄は布団をかぶって目を閉じた。
眠れもしないのに、時間がゆっくりと過ぎていく。秒針がこんなに遅いのは、悔やむ時間をあえて神様が与えているような気がした。
眠れないまま時間が過ぎて、どれくらい経っただろうか。
不意に、懐かしい匂いが漂ってくる。
どこか香ばしいような、だけど抱きしめたくなるような、そんな匂いだ。
「……ペロ?」
あるわけないのにそう呟くと、何かが香澄の顔を舐めた。
優しく、撫でるように舐められる感触が、ペロのものだと感じた途端、香澄はそのまま声を上げて泣き始めた。
姿は見えないのに、温もりだけが感じられる。
それをそっと抱きしめるように手を回して、香澄は泣きながら謝った。
「ごめんね……っ! ペロ……、ごめんね……っ!」
見えないペロはしばらく香澄の頬を舐め続けて……やがてそっと、居なくなった。
その夜、香澄は数日ぶりにゆっくりと眠りに落ちることが出来た。
***
犬の飼い主は町内の人間で、家の場所はすぐに判明した。犬を家の近くまで連れて行くとすぐに家の中に入って行き、数分後にはその気配が完全に消滅する。飼い主に見えていたかはわからないが、再会出来たことで安心して成仏出来たのだろう。
「……武器間違えて、本当にすいませんでした……」
全てが一段落した後、和葉は深々と浸に頭を下げた。
「いえいえ、気にしないでください。それに、青竜刀に持ち帰る手間が省けましたので、結果オーライです」
和葉としては申し訳なくて仕方がないのだが、浸の言う通り結果的に手間は省けている。
浸の驚異的な器用さには、和葉だけでなく露子も心底驚かされた。
「甘くしてるとつけあがるわよ! バシッと注意しなさいよ浸!」
腕を組んで露子がそう言うと、傍で和葉がうんうんと頷く。
「そうですよ浸さん! あまり私を甘やかしちゃダメです! ちゃんと叱って下さい!」
「なんでアンタがこっち側つくのよ……」
ドン引きする露子と、何故か熱心に叱られようとする和葉を見て、浸は苦笑する。
そして軽く拳を握ると、こつん、と和葉の頭を少しだけ叩いた。
「ではこれで手打ちとしましょうか」
「甘っ……」
「はい、終わりです終わり!」
露子はまだ何か言いたげだったが、浸はこの話はそのまま打ち切った。
誰かを叱るのは、あまり得意ではない。
そのまま帰路についていると、和葉がふと疑問を口にする。
「そういえば、浸さんは銃使いませんよね?」
すると、浸はかぶりを振った。
「いえ、銃は使わないのではなく使えないんですよ」
「使えないって……どういうことですか?」
「霊相手に銃を使うのはかなり難しいことなんです。朝宮露子の才能は別格なんです」
浸がそう言うと、露子は少し得意げに鼻を鳴らす。
「霊相手に武器で攻撃するには、武器に自分の霊力を通さないといけないのよ。剣みたいな近接武器は構造も単純だし簡単なんだけど、銃みたいな精密機械になるとは難易度が跳ね上がるってワケ」
「銃を通して弾丸に霊力を込めるわけですからね。予め弾丸に込めることも出来なくはないですが、それはそれで別の技術が必要です。朝宮露子のように普通に銃を扱うだけで霊を撃てるのは、特別な才能と言えるでしょう」
「ま、そーゆーことだから。あたしのことは精々敬うことね」
「つゆちゃん、すごいんですね!」
腕を組んでふんぞり返る露子だったが、和葉は平然とそんなことをのたまってはしゃぎ始める。どうやら和葉は、露子の望んだ敬い方をしてくれないらしい。
「つゆちゃん言うなっつってんでしょーが! アンタちょっと舐めてるでしょあたしのこと!」
きゃーきゃー騒ぐ和葉を押しやりつつ、露子はふと思い出したように真顔に戻る。
「あー、それと浸。一応言っておくんだけど……今回の件とは別に、ゴーストハンターがやられてる」
露子のその言葉に、浸は驚いて歩みを止める。はしゃいでいた和葉も、ピタリと動きを止めた。
「……どういうことですか?」
「あたしも詳しいことはまだ知らないわ。だけど、仮面の女にやられたゴーストハンターが何人かいる」
「その仮面の女性は、悪霊ですか?」
「厄介なことにそれすらまだ判別出来てないのよ。そこのおとぼけなら即座にわかるんでしょうけど」
「……気をつけましょう」
事件は無事に解決したものの、浸達の胸には不穏な影が落ちる。別れを告げ、去っていく露子の背中を見送りながら、二人は言いようのない不安を覚えた。
が、その不安をかき消すかのように和葉のお腹がきゅう、と音を立てる。恥ずかしそうに顔をうつむかせる和葉に、浸は優しく微笑んだ。
「……何か食べに行きますか?」
時間はかなり遅いが、24時間チェーンの牛丼屋なら近くにある。そう思って浸が提案すると、和葉は嬉しそうに顔を上げる。
「……はい! 行きます行きます!」
チーズ牛丼メガ盛り味噌汁サラダセットの和葉だったが、浸はもう驚かなかった。