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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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ガタッ。ガタン。ゴトン。

いつもより早い時間から家の中に物音が響いている。


んんん?

眠い目をこすりながら時計を見る。


午前5時。

いつもなら、みんなまだ寝ている時間。


「気をつけて、行ってらっしゃい」

おばさまの声。


私はパジャマの上からカーディガンを羽織り、リビングへと出た。


***


「おはようございます」


「あら琴子ちゃん。起こしちゃった?」


「今日は、随分早いんですね?」


いつもだったら私と入れ違いに起きてくるおじさまがすでに出社したみたい。


「会社の方でトラブルがあったらしいの」

心配そうなおばさま。


トラブルって・・・


「何があったんですか?」


「よくは分からないの。お父さんも仕事のことは家では話さないことにしているから」


そんな・・・

心配なのはおばさまも同じなのに。


「それに、家に仕事を持ち込んだらお父さんも賢介も休まる場所がなくなるでしょ?」

だから、知らない振りをするのだとおばさまは言った。


ことの顛末が気になった私は賢介さんに聞こうとリビングを出ようとした。


その時、

「琴子ちゃん。賢介もいないのよ。1時間くらい前に出社したの」

そう言われて、ことの重大さを実感した。


***


麗に訊いてみようか?賢介さんに電話しようか?

それとも・・・


色んなことを想像しながら、とりあえずネットで検索してみることにした。


『平石商事』で検索してみる。

出てきたのは、株価や、求人情報、公式ホームページ。

これと言って変わった記事はないなと思っていると、なぜか『異物混入』文字が目にとまった。


何?


内容は、平石商事の輸入した食品から異物を発見したというもの。

投稿サイトは個人のもので、今のところは一件だけ。

でも、まずいなあ。


私は急いで支度をすると、会社に向かった。


***


会社に着いたのは午前7時。

すでに主任や課長は出社していた。


「おはようございます」

「藤沢さんおはよう。随分早いね」


緊急で行われる会議のために、課長は資料を準備している。


「あれ、琴子ちゃんおはよう」


主任もバタバタと忙しそう。


先日の陸仁さんとの食事以来、受付以外の場所では琴子ちゃんと呼んでくれるようになった主任。


実は食事に行った翌日、『本当は三崎さんの親戚ではないんです。亡くなった母と社長の奥様が親しくてそのご縁で入社しました。専務とも面識があるんです』と打ち明けた。

もちろん驚いた様子だったけれど、言い出しにくかった事情は察してもらって、陸仁さんにも私が言うまでは黙っていると約束してくれた。


***


「何か聞いたの?」


「いいえ」


「そう。みんなが揃ったら、朝礼をするからそれまで待っていて」

言いながら手を休めることなく原稿を打つ主任。


「何か手伝いますか?」

じっとしているのが申し訳なくて言ってみた。


「そうね、コピーをお願い」

「はい」

と返事をしてみたが、


「あの・・・よかったら私が入力しましょうか?原稿はあるみたいですし、私、システムエンジニアになるつもりだったんでパソコンは得意です」


主任が意外そうな顔をした。


「じゃあお願い。朝の会議用の資料だから」

「はい」


さっと原稿に目を通し、私は入力し始めた。



課長以上の管理職は夜中に呼び出されたらしい。

朝の緊急会議は7時半から行われ、勤務が始まる9時には対応マニュアルが出来ていた。



「異物混入の報道があります。まだ保健所も入っていませんし、個人の投稿の域を出ませんが、今後の動向は注意が必要です。報道の方も増えると思いますので、対応をお願いします」


作成したばかりのマニュアルを配り、朝の朝礼で主任が注意事項を説明する。


まだ、新聞やテレビの報道もないし、ネットでも炎上している様子はない。

投稿した人も何カ所かのサイトに投稿してはいるものの、複数ではなさそうて保健所の介入もまだない。


いたずら?

もしそうだったら、嬉しい。


たとえ今朝の労力が無駄になったとしても、間違いであって欲しいと願わずにいられなかった。


***


しかし、事はそんなに単純ではなかった。


翌日には、報道陣がビルの入り口を塞ぎ、ネットでの検索ワードの上位にも上がってきた。

もう、異物混入が事実かどうかなど誰にも分からなかった。

ただ、尾ひれの付いた噂が世間に広まっていった。

私も、受付に訪れる報道陣の対応に追われた。


受付では意地悪な質問をしてくる人達に揚げ足をとられないように、細心の注意をする。

平石商事は今逆風の中にいて、少しでも対応を間違えば、会社が傾きかねない。


それから数日、おじさまも賢介さんも自宅に帰らない日が続いた。


***


異物混入報道から5日ほどたった。


週末をまたいでも、おじさまも賢介さんも自宅に帰らず、会社や近くのホテルに泊まっている。


「琴子ちゃん、悪いけれどおつかいを頼まれてくれる?」

「おつかい?」


朝の出社前におばさまから声をかけられて、驚いた。


「これをお父さんと賢介に届けて欲しいの」

おばさまの手には小さなカバンが2つ。


「お弁当なんだけど。きっと食事もろくに摂ってないだろうから。届けてくれない?」


「分かりました」


おばさまもきっと心配でたまらないのだろう。

私はカバンを受け取り、必ず届けますと約束した。


***


いつもの出社時間よりも少しだけ早く家を出た私は、会社に着くとすぐに三崎さんに連絡を取った。


もちろん、専務室も社長室もどこにあるかは分かっている。

でも、勝手に行こうとは思わない。

それがけじめのような気がして。


「おはようございます」

幾分疲れたような声で、三崎さんが電話に出た。


「おはようございます。藤沢です。朝早くからすみません。実は、おばさまから荷物を預かって来ていまして、よかったら渡していただきたいんですが?」


「荷物ですか?」

「はい。お弁当です。・・・ダメですか?」


「いえ、わかりました。預かりますので、秘書室まで持ってきていただけますか?」

「はい。うかがいます」

私は足早に秘書室へと向かった。


***


トントン。


「どうぞ」


ドアを開けると、秘書室には三崎さん1人。



「おはよございます。会社に泊まられているんですか?」


髪も乱れ、いかにも寝起きって顔の三崎さん。


「専務の秘書ですからね。私だけ帰るわけにはいきません」

そう言うと、珍しく笑って見せた。


三崎さんも笑うんだなあと、ふとそんなことを思っていると、


「荷物を、預かります」


「ああ、はい。お願いします」

小さなカバンを2つ。三崎さんに手渡す。


「じゃあ、お願いします」

ペコッと頭を下げて、私は秘書室を出ようとした。


その時、


「琴子さん。よかったら、専務には直接渡してもらえませんか?」


え?

まず、琴子さんと呼ばれたことに驚いた。

いつも名字でしか呼ばれないのに。


「時間、ありませんか?」


「いえ、大丈夫ですが・・・」


賢介さんも忙しいんじゃないんだろうか?

私なんかがお邪魔したら


「見てきますね」

三崎さんは立ち上がり奥のドアへと入って行った。


まあ、まだ勤務時間前なのだからいいか。

私も賢介さんに会いたいし、おばさまにも様子が伝えられる。


「どうぞ」


三崎さんに招かれて、私は専務室へと入った。


***


「失礼しまー」

そこまで言って、私の言葉が止まった。


ひどい。

そこにいたのは、随分と疲れた顔の賢介さん。


「大丈夫ですか?」

「ああ、何とかね」


声も幾分弱々しい。


「これ、おばさまからです。少しでも食べてください」


「ありがとう」


目の前の疲れ切った賢介さんの姿に、かける言葉がない。


「ひどい顔してるだろう?」

「そんなこと・・・」

ありませんとは言えなかった。


「今は寝起きだから。顔を洗って着替えたら、シャキッとするから。そんな顔しないで」


え?


「ごめんなさい」

無意識に顔に出ていたらしい


「琴子」


ソファーに座る賢介さんが、ポンポンとソファーの隣の席を叩く。

おいでって事だよね。

私は素直に、賢介さんの隣に腰掛けた。


「少しだけ充電させて」

そう言うと私の方を向いた賢介さんが、肩に顔を埋めてきた。


「賢介さん」


「ごめん。少しだけだから」


その声があまりにも切なくて、私は右手を背中に回し左手で賢介さんの頭を抱え込んだ。


「琴子、ごめんよ」


なぜ私に謝るのか分からない。

でも、今ひどく苦しんでいるのは分かる。

何も出来ない自分が、ただただもどかしかった。


***


以前、おばさまに言われた。


平石の家は世間から見ればお金持ちで恵まれている。

仕事だって、企業の経営者の椅子が約束されている。

でも、それはそれだけの責任を背負うということ。

1つ間違えば、平石商事で働く何千人もの従業員とその家族が路頭に迷うことになる。


もし事件や事故があれば、まずはお客様を助け、次に従業員を助け、最後が経営陣。

自分たちは最後でなくてはならないと。

きっと今がその時なのだろう。


幸い、報道も幾分落ち着いてきている。

その後の追加投稿もないし、保健所の調査でも異物は発見されていない。


「後数日すれば保健所の最終検査結果が出る。そうなれば騒ぎも収まるはずだから」


私の肩から頭を起こした賢介さんが自分に言い聞かせるように囁いた。


「きっと、大丈夫です」


「うん」


ギュッと私を抱きしめてから、賢介さんは立ち上がった。


「琴子、ありがとう。お陰で元気になった」

表情はすっかりいつもの賢介さん。


「明日も来てくれる?」

「え?」


「琴子に会うと元気になれる。明日も充電しに来て」

「分かりました」


「史也には言っておくから、直接おいで」


「はい。何か欲しいものありますか?」


ククク。


ん?


「琴子」


はああ?

思わず顔が赤くなった。


「それだけ冗談が言えれば元気ですね。また明日来ます」


私は逃げるように賢介さんの部屋を出た。

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