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「レオンを困らせてるコンティの贈り物か……で、この袋の中には何が入ってるの?」
「コンティドロップスです」
「コンティドロップス……ローシュの魔法使いたちの魔力の根源ですね」
「なんでまたコンティはレオンにそんなの贈ったんだよ。持ってて損はないかもしれないけど、基本的にお前には不要な物だろ。コンティもそれが分からないわけないだろうに。お前よく食うから、俺と同じ食事券みたいなのが良かったんじゃね?」
コンティドロップスはコンティレクト神の魔力が詰まった不思議な石だ。ローシュの魔法使いにとってなくてはならない必需品。現地で国宝として扱われていて他国にはほぼ流通しない。
コスタビューテ王宮にはレオン様がメーアレクト様を通じて手に入れた物が数個ほど存在している。そのうちのひとつがクレハ様のピアスだ。魔力を貯蔵するという石の性質と、レオン様の持つ感知魔法を組み合わせることで、石を所持している者の位置情報を得ることができる。
レオン様にしか扱えないというデメリットはあるが、護衛や追跡を行う際にはなかなかに有用だった。コスタビューテでのコンティドロップスの使用例はそれだけになる。不要だなんて事は決してないが、ローシュの魔法使いたちと同じような使い方をする予定は今後もないだろう。
石を食して魔力を得ることは内臓に大きな負担がかかると先生から何度も聞いた。持続性の無い一時的な力のために、身を滅ぼす選択をするのは容易ではない。
「今回コンティレクト神から頂いたのは、俺たちが知るコンティドロップスとは異なるものでした。神はこの石を事件の捜査に役立てて欲しいと……」
テーブルの上に置かれた布袋をレオン様は再び手に取った。袋の口を開いて中に入っている物を取り出す。出てきたのは2センチ程度の透明な丸い石だった。俺と先生によく見えるようにと、石はレオン様の手のひらに乗せられた。通常のコンティドロップスは、コンティレクト神の魔力で満たされているため赤色をしている。よって、透明なものには魔力が入っておらずカラの状態を意味する。
「コンティはレオンに石を食って欲しいわけじゃなさそうね」
「コンティレクト神はこれと同じものをあと9個ほどくださいました」
「てことは全部で10個か!? ずいぶん大盤振る舞いだな。レオン、お前コンティに気に入られたんじゃね」
先生は茶化したように笑っているが、レオン様は眉を下げて困り顔だ。石の生産元であるコンティレクト神からしたら取るに足らないことなのだろうが……ローシュの国宝を一度に10個も。なんだか色々と感覚がおかしくなりそうだな。
「お、石の色が変わってきたな」
先生の声に導かれ、レオン様の手もとに視線を戻す。手のひらに乗せられていたコンティドロップスが徐々に色付いていく。レオン様の魔力を吸い取っているのだ。透明だった石が瑠璃色に変化した。
「なぁ、レオン。俺には普通のコンティドロップスにしか見えねーよ。何が違うのかな」
レオン様はこれは特別だと……俺たちが知っているコンティドロップスとは違うと言っていた。魔力が入っていない状態だった事くらいで、通常のものとの違いを見つけることは出来なかった。先生が分からないのだから当然俺にも分かるわけがない。
「魔力を吸収して色を変えるという点は同じなのですが、こちらの石はコンティレクト神が手を加えた改良品なのだそうです。『簡易魔力感知』と呼んでおられました」
「簡易……魔力感知だと」
魔力感知はレオン様がよく使っている他者が持つ魔力の気配を探り出す魔法である。あっけらかんとしている俺とは違い、先生はこの言葉で何かを察したようだった。
コンティレクト神がレオン様のために特別に用意したコンティドロップス。これがレオン様の仰っていた扱いに困っている贈り物の正体か。魔力感知というと便利な魔法というイメージなのだが……
レオン様は更に詳しい石の説明と、ご自身が抱いている懸念事項を語ってくれた。
「なるほどね……レオンが受け取った石にはコンティの術がかけられているわけか。通常の石であれば、こんなに早く魔力が抜けることはないからね」
「透明なコンティドロップスが反応して色を変えれば、近くに魔法使い……魔力を持つ人間がいることの証明になるのですね。そして石の有効範囲はおよそ3メートル。レオン様がお使いになる魔法には及びませんが、簡易と銘打ってあることを考慮すれば充分なのではないかと思います」
「石の有効範囲に魔力を宿したものが複数存在している場合は、より石の近くにあるほうを吸収するようです」
レオン様が袋から出したコンティドロップスは瑠璃色に変化した。近くに先生もいたけれど、石を直に手にしていたレオン様の力の方を吸収したのか。
この石さえあれば、俺たちでも魔法使いを見つけることができるな。
「このように石の変化を参考にして、誰でも簡単に魔力の気配を探ることが可能になるのです。非常に便利である反面、これが悪用されてしまうことを考えるとむやみやたら使うことは躊躇われてしまいまして……」
レオン様の負担も軽減される。いい事づくめだと思ったが、簡単にはいかないらしい。こんな便利な物……使わない手はないだろう。でも主が危惧しておられることも理解できる。
「この石のことを知っているのは、コンティレクト神の訪問時に居合わせた数名のみです。彼らには次に俺の指示があるまで、石のことは口外しないよう命じてありますが……状況によっては石をメーアレクト様に預け、使用を見送ることも想定しています」
コンティレクト神と対面したのはクレハ様とクラヴェル兄弟……それとクライヴにレオン様を含めた5人だという。万が一を恐れ、慎重を期す主の姿に身の引き締まる思いではあるが、実際に石を使ってもいない段階でここまでとは――
どうすることが最善だろうかと考えていると、先生がまたもや爆弾発言を投下するのだった。
「あのさ、レオン。ちょっと気になったんだけど。もしかしてレオンの言う石を悪用するかもしれない人間ってお前の側近の誰かなのか?」
「はっ? 先生、あなた何を………」
先生は何を言っているのだろう。『悪用する人間』とは特定の誰かを指しているわけではないだろう。まして、我々の近くにそのような輩がいるだなんて……
「石を上手く運用していくことより、隠すことを考えている。俺にはお前が焦っているように見えるよ。まるで石を使わせてはいけない人間が既に身近にいるみたいな口振りじゃないか」
「レオン様……?」
驚いて反応できなかったのだと思いたかった。先生の問い掛けに主は答えない。違うのならそう言ってくだされば良いのに。すぐに否定をしないのが、先生の言葉に対して思い当たることがあるのだと証明しているようで……
胸の鼓動がドクドクと激しく高鳴る。先生は急かすことはせずにレオン様の回答を静かに待っている。切迫した空気が立ち込める室内。俺は無言で見つめ合うふたりをただ見守ることしか出来なかった。