テラーノベル
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ベッドの中、静かな部屋の中で、みことがゆっくりと目を覚ました。まぶたをぱちぱちと瞬かせながら、しばらくぼんやりと天井を見つめていたが、すぐ隣で寝息を立てるすちの存在に気づくと、そっと顔を向けた。
穏やかな寝顔。落ち着いた呼吸。胸元がゆっくり上下していて、みことはその様子をしばらく静かに眺めていた。
「……すち、ねてる……ふふ」
いたずらっぽく笑ったみことは、そっと腕をすちの胸にまわし、ぎゅっと抱きついた。すちの体温に触れた瞬間、心までほわっと温まる。
そして、すちの頬に顔を寄せると――ふに、とやわらかいその頬を甘噛み。
「ん……っ?」
寝ぼけたすちがかすかにうめくと、みことは小さく笑って、その耳元で囁いた。
「おきて~……。おはようのぎゅーの、おへんじまだ……」
それでもすちが反応しきれないのを見て、みことはさらにもう一度、ちょこんと甘噛みしながらくすくすと笑った。
「ふふ……すちのかお、やわらか~い。かわいい……」
その無邪気な甘えに、すちはようやく目を開ける。寝起きのぼんやりした表情でみことを見つめ、少しだけ笑った。
「……朝から、食べられるとは思わなかったな……おはよう、みこと」
頬を甘噛みされた仕返しとばかりに、すちは腕を伸ばしてみことを抱き寄せ、額に軽くキスを返した。
「あ、ずるい……っ」
そんなやりとりの中で、二人だけの優しい時間が、もう少しだけ続いていく。
みことの甘噛みにふわっと目覚めたすちは、まだぼんやりとした寝起きのまま、みことの頭を優しく撫でた。
「……ほんとに、今日休みじゃなくて仕事あるんだよな」
すちは少しだけ名残惜しそうに言ったが、その声にはどこか嬉しそうな温かみが含まれていた。
みことはそんなすちの手を握り返し、にっこりと笑う。
「だから、午前中はいっぱい甘えていいよ」
すちはみことの言葉に微笑み返し、ベッドの中でぎゅっと抱きしめた。
その後も二人はゆっくりと時間を重ねた。軽くキスを交わしたり、みことの頬を撫でたり。すちの手はやわらかくみことの髪を撫で、みことはそのぬくもりに安心しきった表情を浮かべる。
時計の針が午前の終わりを告げるころ、すちは重い腰を上げて仕事の準備を始めた。
「そろそろ起きてね、みこと」
すちはやや照れくさそうに言いながらも、スーツのジャケットを手に取る。
みことはまだ少し眠そうにしながらも、すちのそばで立ち上がり、声をかける。
「いってらっしゃい、すち。お仕事、がんばってね」
すちはその言葉に力をもらったように微笑み、みことの手をぎゅっと握った。
「ありがとう。みことも無理しないでね。帰ったらまた、たっぷり甘えさせてやるから」
みことはにっこり笑って頷き、すちは家を出ていった。
扉の閉まる音が静かに響き、みことは少し寂しそうに窓の外を見つめる。
けれど、二人で過ごした甘い午前の時間が心の支えとなり、今日も頑張ろうと思えた。
午後の業務を終えたすちは、仕事の疲れを感じながらも、不意に「みことに何か買って帰りたい」という気持ちが心の中でふつふつと湧き上がった。
「何でもない日でも、みことが笑ってくれたら……」
その思いがどんどん大きくなり、駅前のコンビニに立ち寄ると、みことの好きなお菓子の棚をじっと見つめる。カラフルなパッケージのチョコレートやクッキー、そしてみことがよく飲むフルーツジュースを選び、手に取った。
さらに足を伸ばし、街角のケーキ屋へ入る。ガラスケースの中には色鮮やかなケーキが並び、その中から季節のフルーツがふんだんにのった小さなホールケーキを選ぶ。店員に優しく包んでもらい、袋にそっと入れた。
歩きながら、ふと視界の片隅に花屋のショーウィンドウが映る。鮮やかな赤やピンクの薔薇、繊細なカスミソウが美しく飾られている。
なぜかその瞬間、すちは足を止め、自然と店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。贈り物ですか?」と、花屋の店員が笑顔で声をかける。
すちは少し照れくさそうに、けれど真剣な眼差しで答えた。
「パートナーに…」
店員は優しく頷き、いくつかの花を勧めてくれた。
「赤い薔薇はいかがでしょう。愛情を伝える花として人気がありますよ。何本かご希望はありますか?」
すちは少し考え込みながら、
「11本でお願いします」
とだけ告げた。
店員は「赤い薔薇11本、素敵ですね」と微笑みながら、心を込めて丁寧に花束を作り始める。
家の玄関のドアを開けると、
「おかえりー!」
と、みことの明るい声が迎えた。
すちはその声にほっと笑みを浮かべながら、
「ただいま」
と言い、花束をそっと差し出す。
みことはその大きな花束を見て、一瞬固まる。
その目は驚きと戸惑い、そして深い感動が入り混じっていた。
ゆっくりと花束を両手で受け取ると、薔薇の鮮やかな赤色と、11本という本数に気づく。
花言葉を思い出しながら、その意味を噛み締めるみことの頬を、大粒の涙がゆっくりと伝い落ちた。
「……うれしい……」
嗚咽を漏らし、みことは声を上げて泣き始める。
すちはそんなみことを見て、驚きつつもすぐにそっと腕を回し、
「泣かないで? そんなに感激しなくていいよ」
と、優しく慰める。
みことは涙を拭いながらも、
「ありがとう……いつもそばにいてくれて」
声が震えている。
すちは微笑み返し、そっと額にキスを落とした。
「俺はただ、みことが笑ってくれたらそれでいいんだ」
ふたりは静かに寄り添い、薔薇の香りと温もりに包まれていた。
みことがすちからの薔薇の花束を抱きしめたまま涙をぬぐい終えると、すちはにこりと微笑んだ。
「……それだけじゃないよ」
そう言って、すちは持っていたもう一つの紙袋を差し出す。中からは、みことの好きなケーキと、お菓子やジュースが顔を出した。
「えっ……ケーキも……!?」
みことの目がさらに丸くなる。今度は涙ではなく、驚きと純粋な喜びの笑顔。
「今日は何か特別な日だったっけ……?」
「ううん、何でもない日。ただ、みことが笑ってくれたら嬉しいなって思っただけ」
その言葉に、みことは胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じながら、小さく「ありがとう……」と呟いて、ケーキの箱を開いた。
リビングに並べられたのは、小ぶりで可愛いフルーツケーキと、カラフルなお菓子たち。ふたりで床に座り込んで、ティータイムならぬ“お菓子パーティー”が始まった。
「このクッキー、すちも好きだったよね」
「うん。でも今日はみことが主役だから。いっぱい食べな」
そう言って優しく微笑むすちに、みことは照れながらもケーキを一口。
「……ん、しあわせ……!」
その素直な感想に、すちは自然と笑みをこぼした。
ふたりで他愛ない話をしながらケーキを食べ、ポテトチップスをつまみ、グミを分け合い、お菓子の包みが少しずつリビングに増えていく。
時間がゆっくりと流れる中、みことは途中でぽすんとすちの肩に頭を預けた。
「……お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった……」
「じゃあ、寝よっか。今日はいっぱい泣いて、いっぱい笑ったもんね」
すちはそっと立ち上がり、みことの手を引いて寝室へ。
ベッドに並んで横になると、みことが小さく囁く。
「ねぇ、すち……今日みたいな日、またあってもいい?」
「もちろん。なんでもない日も、ずっと特別にしていこう」
そう言って、すちはみことの額にキスを落とし、そのままゆっくりと目を閉じた。
夜は静かにふたりを包み、甘く幸せな余韻に浸ったまま、ふたりは寄り添って眠りについた。
朝――。
窓から差し込む柔らかい陽光が、カーテンの隙間からふたりを照らしていた。
静かな寝室に、布団の中でふにゃりと伸びをする気配がある。
みことがゆっくりと目を開けると、すちの穏やかな寝顔がすぐ隣にあった。彼の胸に腕を預けて眠っていたせいで、ぬくもりがじんわりと肌に残っている。
「……すち、まだ寝てる……」
みことは小さく笑って、そっと頬をすちの胸にすり寄せる。
そして、悪戯っぽくすちの頬にキス――いや、軽く“甘噛み”した。
「ふふっ……」
柔らかく噛まれた感触に、すちは目を開けずに反応する。
「ん……みこと……また、朝から可愛いことして……」
「起きてるって思ったんだもん」
「それでも噛む? 動物かな……」
からかうような声色と、眠たげな吐息。それすらも心地いい。
「だって……昨日すちがいっぱいしてくれたから……嬉しくて……お礼の甘噛み……」
すちは思わず吹き出して、みことの頭を優しく撫でた。
「お礼が甘噛みって……もう、みことのそういうとこ、好き」
「ん……嬉しい……」
まどろみの中、ふたりはそのまま布団にくるまりながら、何度もキスを交わした。
今週は午後出勤のすち。
「……午後から行かなきゃだ……」
と起き上がろうとするすちの腕を、みことがぎゅっと掴む。
「もうちょっとだけ、甘えさせて……?」
「いいよ。午前中は……ずっとみことの時間にしよう」
すちは再び布団に戻り、みことをしっかりと抱き締めた。
穏やかな時間、愛情をたっぷりと分け合うふたり。
肌と心が重なり合い、特別じゃない朝が、優しく甘い宝物のように輝いていた。
___
午後。
みことはエプロン姿でキッチンに立ち、流しの最後の食器を丁寧に拭いていた。
「これで……おしまい、っと」
リビングには掃除機の音ももう響かない。床はぴかぴかで、洗濯物もすべてたたまれ、夕食の下準備も済ませた。
ふぅ……と息をつくみことは、手を洗いながら窓の外を眺めた。すちの姿がない部屋は、少しだけ広く、少しだけ静かすぎる。
(さっきまで、満ち足りてたのに……)
静けさの中、ぽっかりと心に穴が空いたような感覚に襲われる。
「……すちに、会いたいな……」
ぽそりと口に出してみても、すちの優しい返事は返ってこない。
(声……だけでも)
衝動に駆られて、みことはスマホを手に取った。画面に表示される“すち”の名前。指が迷いなくタップする。
数コールのあと、いつもの落ち着いた声が応答する。
『……もしもし? みこと?』
「……すち。お仕事中……だよね、ごめんね……。でも……」
少しの沈黙。
「……早く帰ってきてね。……声、聞けてよかった」
とだけ伝えて、みことは通話を切った。
言葉にしてしまったことで、余計に、恋しさが募ってしまう。
(ああ、だめだ……寂しい……)
みことはふらふらと迷うことなくすちのクローゼットの扉を開いた。
そこには、きれいに並べられたシャツやジャケット、ネクタイやスーツが揃っている。
その中の一枚――よく見かけていた白いシャツに手を伸ばす。
抱きしめて顔を埋めると、ふわっとすちの香りが鼻先をくすぐった。
「すちのにおい……」
みことはたまらなくなって、その場ですちのシャツに袖を通した。ぶかぶかのサイズが、余計に心を満たしていく。
服に包まれたまま、クローゼットの奥へと身を滑り込ませた。
周囲を囲う布の感触、暗くて静かな空間。そして、香り。
全てが「すち」に包まれている――。
「……すち……」
呟いた声は、やがて眠気に溶けて、ふわりと意識が遠のいていく。
玄関が開く音。
「ただいまー……みこと、どこ……?」
返事はない。リビングにも、キッチンにも、寝室にもいない。
首を傾げながら、すちはふと自室のクローゼットに目をやる。
静かに開けると、そこには――
「……いた」
みことが、すちのシャツを着たまま、小さく丸まって寝息を立てていた。
クローゼットの中、すちの香りに包まれて、安心しきった顔で。
すちは驚きと共に、思わず頬を緩ませた。
「なんだよ……もう、可愛すぎ……」
しゃがみこんで、みことの頬にそっと手を添える。
そのまま、抱き上げるように優しく胸に引き寄せると、シャツ越しに感じる小さなぬくもりが胸に沁みた。
「そんなに……俺のこと、好き?」
静かに微笑みながら、眠るみことの額に、やさしくキスを落とす。
「……俺も、大好きだよ」
すちはそのまま、みことを抱えたまま、眠りの邪魔をしないように静かにベッドへ運んでいった。
カーテン越しの柔らかな朝日が、ほんのりと部屋を照らしていた。
ベッドの上。
すちは、みことを腕の中に抱いたまま、ゆっくりと目を覚ました。
ぬくもりが、ちゃんと胸の中にある。
視線を下げると、みことの寝顔。
まだ眠っているのか、ほんのり赤い頬に、穏やかな息遣いが重なっている。
「……おはよう、みこと」
囁くように声をかけると、みことのまつげがふるりと揺れた。
「……すち……おはよ……」
瞳をゆっくりと開けて、少しだけ潤んだ目で、みことが笑った。
その笑顔を見て、すちは思わず唇の端を緩める。
「昨日は、ありがとうね」
「……え?」
「クローゼットの中、俺の匂いに包まれて、服まで着て……そのまま寝ちゃうなんてさ」
みことの顔が一気に真っ赤になった。
「あ、あのまま…寝て……!? わぁぁ……恥ずかしい……っ」
「可愛かったよ。びっくりしたけど、すごく嬉しかった」
すちは、みことの頬にそっと手を添えて、額にキスを落とす。
その唇はとても優しく、愛情が真っ直ぐに伝わってくるようだった。
「……ああいう風に、寂しく思ってくれるの、ほんと幸せ。俺のこと……そんなに好きでいてくれて、ありがとう」
すちの目が、真剣で、まっすぐで。
みことは照れながらも、目を伏せずに頷いた。
「だって……すちが大好きだから……」
「……俺も、めちゃくちゃ好き」
言葉の最後は、キスに溶けて、静かな朝がさらに甘く包まれた。
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♡???↑ 次話公開
コメント
2件
ご感想ありがとうございます!! とても励みになります!🍀 最近更新がゆっくりめになりがちですが、良い話を作りたいので、お待ち頂けると幸いです💕
コメント失礼します 本当にこの小説大好きで今回の話も尊すぎて涙出ました。毎回話が出るたびにすぐ読んでそして1人で悶えてます。大好きです(唐突な告白)応援しています