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「律!」
あの日河川敷で会って以来凛華はよく俺がいるのを見つけて話しかけてくるようになった。
「今度の花火大会、瑞稀を誘おうと思うんだけど瑞稀は先輩のこと誘ってた?」
「誘えないって言ってた」
毎回毎回瑞稀の相談。
頼ってくれるのは嬉しいけれど友人としてもっと面白い話がしたい。
もっと沢山の話がしたい。
水野ならもっと、。
考えてはいけない事を考えてしまう。
俺の頭の中は彼女で埋まってしまっている。
「私、誘ってみる!」
「あとさ、律は瑠那と私どっちが好きなの?」
唐突な問だった。
凛華に聞かれると思っていなかった。
考えても考えても頭の中は水野の顔が浮かんでしまう。
「ごめん、凛華。何か思わせぶりなことになって、水野が好き」
「やっぱりね!」
「前は私の事好きなんだろうなって思ってたのに最近の律は瑠那のことばっかり見てる」
「そのくせに話しかけないし!」
楽しそうに話す凛華の意図が見えた気がして嬉しいと素直に思えた。
「凛華がここによく来る理由って、」
「そう!瑞稀の相談っていうより律の気持ち確認のため!」
「いつも聞けなくてさ」
凛華はいつも友達として俺を助けてくれていた。
自分が辛い思いをしても尚、友人のことを気にかけてくれる。
前の俺ならそこで好きだと思っていたけれど今は違う。
俺は水野が好き。
夏祭りが近付いてきた。
はやく、瑞稀を誘わなければ佐藤先輩に取られてしまう。
瑞稀の電話番号に電話をかけた。
数回のコールの後、瑞稀の声がした。
「もしもし?」
「あ、もしもし瑞稀?」
「瑞稀って夏祭りの日何してる?」
「私、瑠那が古川くんとふたりで行くからひとりでさ、瑞稀は律と?」
「あ、でも律は屋台か、良かったら一緒に行かない?」
言い訳のような誘い方だったと思う。
いつもより早口になってしまった。
「落ち着いた?」
電話の向こうの彼は笑っている。
面白可笑しそうに笑っている。
「俺も暇!一緒に行こう」
「うん!また、連絡する」
「はーい」
通話の切れる音と共に私は舞い上がってしまう。
「やった!」
とても嬉しい。
単にそう思ってしまった。
浴衣を着よう。
瑠那と選びに行かなければいけない。
嬉しくて仕方がない。
ただ彼の喜ぶ顔が見たくなっていた。
不思議と気持ちが舞い上がる。
好きだという感情が私の心を満たしていく。
待ちに待った夏祭り。
私は瑠那と浴衣を選びそのために髪の毛も結ってもらった。
自分でも可愛いと思えるほど頑張った。
だから、今日こそ彼に振り向いて欲しい。
そう願った。
待ち合わせ場所には私の方がはやく着いてしまった。
待っている時間、胸の高鳴りと暑さが比例して強くなっていく。
「凛華、お待たせ」
声がした方向を向くと彼がいた。
私服の彼がどこか新鮮で愛らしかった。
「待ってないよ!行こ」
今、ふたりで歩いている私たちは恋人同士に見えるだろうか。
愛し合っている男女に見えるだろうか。
私は彼の隣を堂々と歩けているだろうか。
周りの目が気になってしょうがない。
「何食べたい?」
「んー、たこ焼き!」
「好きそう」
瑞稀は私によく面白いものを見る目で笑う。
私にしか見せないその表情が何度も何度も頭の中で再生される。
好きだと思う。
「律のとこたこ焼きやってるからそこ行く?」
「行く!」
ふたりだけの空間が好きだという単純に思えた。
隣に歩く瑞稀の横顔さえも私のものにしたい。
そう、独占欲が湧いてしまう。
好きだから。
「律、買いに来た 」
「おー、瑞稀と凛華!ありがとな」
律は満足気に私たちを見ている。
あの日、あの会話が律を救ったならそれで良かった。
律には幸せになって欲しい。
「はい!2個多く作ったからふたりで食べて」
「ありがとう」
律の目が頑張れと応援してくれているようで嬉しかった。
「どこか座ろう」
行く先は全て席が取られていて座れる場所など見当たらない。
ただ、それが好きだと思う。
ふたりで行く宛てもなく他愛のない会話をして歩く。
それだけで幸せだから。
「あれ?瑞稀?」
「堤先輩、こんにちは」
振り向くとそこには堤先輩と佐藤先輩そして先輩たちの友達ふたりがいた。
「その子可愛いね、彼女?」
「いや、友達で」
事実なのに少し胸が痛む。
出会いたくなかった。
「瑞稀くんまた話そ」
佐藤先輩が彼に目線を送る。
この人は、堤先輩が好きなはずなのにどうして、。
「はい、じゃあまた」
「凛華、行こう」
彼は私の手を引き早足で歩く。
適当な階段に座り、どこか寂しそうな顔をしている。
「瑞稀、佐藤先輩と堤先輩が一緒にいたからショックなの?」
「うん、結構辛い。俺はやっぱりただの後輩だから」
彼も辛いだろうけれど私も辛い。
好きな人に見て貰えない私は今、どういう顔をすればいいの?
涙が溢れそうになる。
そして、無意識に彼と唇を重ねていた。
「え?凛華」
「夏のせいにして忘れさせて」
花火の音が一帯を包む。
夜空には大きな花火が打ち上がっている。
見上げているのに意識があるのは右手。
大きな手が私の手を包み込んでいる。
そう、これは夏のせい。
暑くて苦しい夏のせいにして。
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