テラーノベル
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夜。窓のない部屋。
白い壁が続く、どこまでも同じような空間の中。
遥は、立っていた。裸足の足元が冷たく、何かを失くしたような気がしていた。
「……だれか」
声は出た。けれど、それが自分の声なのかも分からない。
──カツン、と足音。
白の奥から、誰かが歩いてくる。
日下部だった。
だけど、目が合わない。
顔が見えない。
ただ、まっすぐ遥の前に立って、腕を伸ばす。
その手は、あたたかかった。
触れられた瞬間、遥の膝が崩れる。
心の底から、何かがあふれた。
助けて、じゃない。
好き、でもない。
ただ──壊れそうだった。
「ごめん……ごめんなさい」
遥は、そう繰り返していた。
わけもなく、でも確かに“自分が悪い”気がしていた。
うまく笑えなかったから。
うまく隠せなかったから。
弱かったから。
信じたかったから。
「……なんで、」
日下部の影が、しゃがんで遥を抱きしめる。
だけど、その腕はすり抜けていく。
皮膚をなぞるように、何も残さず。
あたたかいのに、触れていない。
「……なんで来なかったの」
遥の言葉に、日下部は何も答えない。
代わりに、後ろの扉が開く音がした。
──蓮司がいた。
いつものように、だるそうな目。
だけど笑っていた。
まるで、すべてを「演出」として見ていたかのように。
「……ここ、夢だよ?」
「だからさ──なに言っても、ぜんぶ嘘だよ」
「優しくされても、触られても、信じたら負け。わかる?」
遥は首を振った。
でも体が動かなかった。
蓮司が近づく。
日下部の後ろから、その肩を軽く叩く。
「ほら、退場」
「これは、おまえの舞台じゃない」
日下部の影が、静かに消えていった。
目を合わせられないまま。
声も出さないまま。
──また、白だけが残った。
今度は、蓮司がそこに立っていた。
片手で遥の顎を取る。
目をのぞき込むようにして、にやりと笑った。
「期待してたんでしょ。あいつ、来るって」
「でもさ。そいつ、“おまえが壊れてくの見てらんない”って逃げたんじゃない?」
遥の喉が詰まる。
蓮司は顔を近づけた。
「だから──俺が壊してやるんだろ」
「ねえ、“おまえの中身”、どこまで歪んでるのか、ちゃんと見せてよ」
遥の口から、息が漏れた。
泣くこともできず、叫ぶこともできず、ただ、視界だけが歪んでいった。
──そのとき。
目覚ましの音が響いた。
遥は布団の中で目を開けた。
呼吸が浅く、指先が冷たい。
布団の中なのに、どこか濡れていた。
汗か、涙か、もうわからない。
(……夢だ)
(……だけど)
(たぶん──本当のこと)
心の奥で、そう呟いた。
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