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#シークレットベビー
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
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「うん。流伽のカレーも食べたいな」
嬉しそうに走り回る一慶さんを見ていたら、不安だった気持ちが吹っ飛んだ。
この人、私と話すときも何かをするときもいつも全力で嘘偽りない本能で動いているような人だ。
水咲には悪いけど、孔一くんの後で一慶さんの天真爛漫なハムスターを見たら癒されてしまう。
悪い人じゃないのが、全身から伝わってくる感じ。
「毎日、お互いの好きなものを一つずつ教えていくのもいいですね」
冷蔵庫を開けたり食器棚を開けてキッチンを探索しながら、私も彼みたいに素直にこの状況を楽しんでみようと思った。
「じゃあ俺は甘口のカレーな。流伽の好きなものは?」
「私は……うーんと」
玄関に置いたままにしていた自分のカバンを思い出して、取りに戻って中から漫画を取り出した。
「私の好きなものは、漫画を読みながらソファでゴロゴロです」
「可愛い!」
即答した一慶さんに苦笑しつつ、学校のカバンから漫画をどんどん取り出す。
「教科書が一冊もないぞ」
「お見合い中は宿題が免除されるから、全部置いてきた。中身は私の好きな『恋する羊のミルクティー』全9巻完全版です」
「……学校ではちゃんと勉強しないとだめだぞう」
と言いつつも、ソファのぬいぐるみをどけて本を器用にめくる。
一慶さんに見せた漫画は、学園ラブコメで生まれた時からのフィアンセがいることを16歳の誕生日に知らされた主人公『愛依』が、幼馴染みに片思いしたまま気持ちを言えずに、学園一のイケメン生徒会長に熱烈にアプローチされる話。
最初、生徒会長がフィアンセだって聞かされるけど、実は嘘で二転三転して本当のフィアンセを探すうちに真実の愛に気づく。
何度も何度も読んでしまって電子版も携帯にダウンロードしている。
本当は水咲に貸す約束をしていたから持って行ったんだけど、貸せる雰囲気じゃなかったんだよね。
「目がキラキラ。でも可愛いな」
一慶さんは最初はしゃべりながら読んでいたのに、段々と漫画にのめり込んだのか黙り込んでしまった。
その隙に、冷蔵庫から野菜を取り出しサラダぐらい作ってみようとまな板を眺めた。
*
「ぐぅう……。なんで、なんで愛依は生徒会長を選んだのに悲しそうな顔をするんだよう。生徒会長だって、好きな女の子のそんな顔見たくないだろう」
「一慶さん、そろそろご飯たべます?」
「うん。待って、四巻読み終わったら食べる。泣きそう」
泣きそう、ではなく既に泣いているのではないか。
器用にティッシュを取り出して目を拭いている。
「ティッシュだと肌を痛めません? ハンカチどうぞ」
「ありが……いい匂い! このハンカチ、女子力高い、いい匂い」
ハムスターの姿だから耐えられるけど、ハンカチをくんくんしている190センチの男性はどうかと思う。
だけど薦めた私が言うのもあれだけど、四巻読んだら絶対に五巻気になっちゃうと思うんだよね。
それに男性から見て、愛依の行動がどう映るのかも気になる。
「巻末の人気投票、納得いかん。あんなに愛依のために頑張ってる生徒会長が二位で、フィアンセにタックルもツームストンパイルドライバーもしない幼馴染が一位とか!」
「つー? ツーなんちゃら?」
「プロレス技、俺の封印した得意技だ。あ、御飯よそおうよ」
ハムスターがカレー皿に沢山白ご飯を入れている。
いや、正確には私にしかハムスターとして見えていないから、普通の男性がしゃもじをみっているだけの光景。
私にだけ異様に見えているのだけど、ちょっと面白い。
「あ、5合しか炊いてない。流伽は1回の食事で何合食べる?」
「えええ? その質問、いろいろおかしいよ。私は自分でする」
しゃもじをもらい、カレー皿の半分にご飯をのせると「可愛い」と一慶さんはつぶやく。
「そんな、……そんなの3キロ走ったら消費されてしまいそうなご飯で足りるとか、可愛いかよ。結婚したい」
「エンゲル数が低いから?」
「違う! ……可愛いから」
くねくねしたハムスターの動きに首を傾げつつ、カレールーを乗せる。
玉ねぎは確かに原型は残っていないが、ジャガイモも人参も大きくてゴロゴロしている。
男らしいカレーだ。
「お代わり沢山あるから」
「ありがとうございます。次は私が作りますね。何が食べたいですか。……あ」
そういえば、今日の調理実習でクッキーを作ったのだった。
水咲が元気がなくて、水咲の分までもらってきちゃったんだ。
しかも先生から「お見合い相手に渡しなさい」と私も一河も促されていた。
水咲は渡さないと拒否していて、強制ではなかったようだったけど。
週に2回ある調理実習は別に珍しい授業ではないので完全に忘れていたな。
「なにー?」
「学校の授業でクッキー作ったんで、あとで食べてください」
カバンの更に奥から取り出すと、ハムスターは30センチぐらい飛び上がった。
「食べたい! あ、待って『クッキー 永久保存』で検索検索」
「クッキーぐらい何回も作ってあげますってば」
「幸せだなあ。こんなに幸せで俺、罰があたらないかな」
「ハムスターに見えてしまってるのは罰じゃないですか?」
「うーん。俺的には最初、怖がられるだろうなってビクビクしてたから、ハムスターに見られて良かったんじゃないかなって思うことにしたよ」
「なるほど」
一慶さんは何でもポジティブに考えて、その場その場で全力で楽しもうとしている。
やはり少し、子どもっぽい感じがする。
悪い人ではないと伝わるので、無下にはできないけど。
「そうだ。先輩にサインを頼まれたんだけど」
カバンから色紙を取り出すと、一慶さんはひっくり返ってお腹を出して笑い出した。
「本当に教科書が入ってなさすぎる」
漫画と色紙とクッキー。
筆箱はちゃんとはいってるのに、一慶さんにはツボだったらしい。
カレーを一口食べては、クスクス笑っている。
「……成績はちゃんと中の下ぐらいですからね」
「ぶっ」
「クッキー、あげないことにします」
自分で食べてしまおうとカバンに仕舞うと、一慶さんから断末魔のような叫びが聞こえてきた。
そこまで叫ぶことでもないと思う。
その後、一慶さんはカレーを三杯食べてお腹いっぱいになったかと思えば、ハムスターのつぶらな瞳でクッキーをおねだりしてきた。
「ご馳走様です。私はお腹いっぱいなので全部どうぞ」
「ひゃっほーっ」
クッキーの袋の中に頭から突っ込むと、頬袋いっぱいに入ってしまった。
色紙は、事務所に許可をもらうから待っていてほしいらしい。
「一慶さんって人気者なんですね」
「俺が? 俺って言うかキャラかな。話題性狙いだからねえ」
花の形にくり抜いたクッキーを写メにとっては食べながら、一慶さんは首を傾げる。
自分が人気の自覚はないらしい。
「でも試合のチケットが全く取れないって聞きましたよ」
「濃いファンが多いからね。でもファンクラブに入ってる人にはほぼ行き渡ると思うけど」
「私も見てみたいです。ファンクラブのホームページ教えてください」
携帯を取り出し彼の方を見ると、クッキーを両手に持ったまま固まっていた。
「おーい?」
ひらひらと手をかざすが、反応はない。
「まあいいや。自分で検索しよう。吾妻団体っと」
「……いや、関係者席でいいならすぐに準備できると思う。お見合い相手だし」
けれど、手に持っていたクッキーがぽろりと地面に落ちた。
「ただ、君に見られるのは……どう反応したらいいんだろう」
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