ピッ……ガコンッ。
自販機のミネラルウォーターのボタンを押して、取り出し口に手を伸ばす。もう一度財布から硬貨を取り出して投入すると、今度は緑茶のボタンを押す。
自販機の飲み物を数本買っても、白極さんに大したダメージは与えることは出来ないだろう。雑に入れられたお札にイラっとしたものを感じながら購入したペットボトルを持って歩きだす。
こうして私の分の飲み物代も出してくれるから、白極さんは優しい人なのかもしれないとは思ってる。だけど……あの無神経な言い方と信じられないくらい傲慢な態度で全て台無し!
極上の容姿と隠れた優しさがあっても、彼の暴君な振る舞いでトータルプラマイゼロどころか完全なマイナスでしょうね。
「遅い、そこの自販機まで行くのにどれだけかかってるんだ? カタツムリの生まれ変わりか、お前は」
「そんなくだらない悪口しか言えない白極さんこそ、小学生からやり直したらどうですか?」
アパートのドアにもたれかかり、階段を上りる私に文句を言ってくる彼に私も負けじと言い返す。その言動が白極さんを喜ばせるだけだなんて、私はまだ気づいていなかったから。
「本当に躾がいのある下僕だな、お陰でこれからしばらくは退屈し無さそうだ」
私からペットボトルを奪い取り、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる白極さん。
……私は白極さんの捻くれた考え方を真っ直ぐ矯正してあげたいですよ。さすがに口に出しては言えないけど。
いちいち相手にしていてはこちらが疲れるだけ、そう思いお茶のペットボトルの蓋を開け乾いた喉に流し込む。冷たいお茶が喉を潤し、苛ついた心も落ち着いていくような気がする。
「これ硬水じゃねえか、俺は軟水の方が好きなんだよ」
ミネラルウォーターのラベルを見て、文句を言いだした白極さん。ああ、どこまでも面倒くさい男め。
「知りませんよ、そんなこと。好みがあるのなら最初から言ってくれなきゃわかんないでしょ?」
私は彼に言われた通り、近くの自販機に置いてあったミネラルウォーターを買っただけ。そこまで考えて選んではいないし、どれが硬水で軟水なのか覚えてなどいない。
「使えない下僕だな、お使いもまともに出来ないなんて。これなら自分で行けばよかったか」
はああ? そこまで言いますか。子供でも出来る事も出来ないのか、という憐みの目がもの凄くムカつくんですけど?
「ええ、次からは是非そうしてください。私は白極さんの好みまで把握するつもりなんてありませんからね」
白極さんの方からそう言ってもらえるのならば、そうして頂こうではないか。それで私の仕事が一つ減るし、彼は自分の好きな飲み物を選ぶことが出来る。
「……ふん、マジで生意気」
白極さんが手に持っていたペットボトルを私の頭に向かって投げたので、手でガードする。パコン、という音を立て頭部に当たって、そのままコロコロと床に転がるペットボトル。
……偉そうに文句言っておいて、全部飲んでるじゃない!
転がったペットボトルを拾うと、いったん不要なものを集めた袋の中に入れる。今日はゴミの日ではないので、一度集めて後で分別しなくては。
「終わったのならもう帰るぞ、大家が確認に来るのは明日以降なんだろ? いつまでもこんな狭い場所にいたら息がつまりそうだ」
本当に余計な一言が多いですね、白極さんは。どれだけ容姿が良くても中身がそれでは、近寄って来る女性陣はさぞかしガッカリされるでしょうね。
私はもう一度部屋の中や浴室、キッチンを確認すると最後のゴミ袋を持った。
「ちゃんと帰る用の靴は残してるだろうな、帰りは抱き上げて運んではやらねえぞ?」
そう言って腕を組んだまま、スニーカーを履く私を見下ろす白極さん。
それって、白極さんが私のパンプスを勝手にゴミ箱に捨ててしまったせいですよね? 拾って帰ろうとした私を、またしても米俵のように担いで運んだのを抱き上げるとは言わないと思いますけど!
じろっと睨むと、白極さんは愉快そうに片方だけ口角を上げてみせる。
「なんだ? 不服そうな顔だな、帰りも俺に担がれたかったのか?」
嫌です、降ろしてくださいと何度も言ったのを覚えているくせに……なんて性格の悪い男だろうか? この人の怖い所は、本人が目立つことに慣れているせいか周りにジロジロ見られてもまったく気にしていない事だと思う。
鬱陶しい白極さんの言葉は無視して、ゴミ袋を持って先にアパートの一階へ降りる。自分の荷物がギュウギュウに積まれた後部座席へとゴミ袋を持って乗り込もうとすると……
「俺はお前のタクシーじゃねえんだよ、助手席に乗ってここから大通りへの道案内くらいしたらどうなんだ?」
いきなり襟元を掴まれたかと思うと手に持っていたゴミ袋だけ後部座席へと投げ込まれ、私は助手席へと押し込まれる。……ここに来るまでは、私は広々と後部座席を使わせていただきましたけど?
特別な相手の席だと悪いと思って気を使ったつもりだったのだけど、この人にそんな繊細さがある訳がなかった。この立派な最新式のナビは何のためについているんでしょうね?
この際白極さんが思いきり機械音痴とかだったならば面白いのだろうが、彼がここに来るまでにナビを使っていたことは知っている。
じゃあなぜ今度は使わないのか……もちろん、私への嫌がらせに決まっている。
「私よりそのナビの方が千倍は優秀ですよ?」
「ああ、そうだろうな。だけど、俺はあの機械音声聞いてると眠くなるんだよ」
……へえ、ぜんっぜんそんな風には見えませんでしたけれどね! 都合のいいように体質が変わりそうな気がするわ、この人は。
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