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ゆ
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城プル
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神殿の長い回廊に、乾いた音だけが響いていた。
「シャッ。」
「シャッ。」
「シャッ、シャッ。」
朝の静寂を切り裂くその音は、あまりにも規則正しい。
廊下を歩いていた使用人たちは、その音の正体を知っていた。
そして全員、目を逸らした。
「……どうしてこうなった。」
アズールは深いため息をつく。
かつては未知の植物を追い求めた植物学者。
今では神殿の魔導を管理する優秀な魔法使い。
高度な魔術を操り、古代植物の神秘を宿した触手を自在に操る男。
その誇り高き魔術師が。
今。
巨大な換気扇を掃除していた。
しかも。
背中から伸びる四本の触手には、それぞれハンディモップや雑巾、ブラシ、バケツが握られている。
あまりにも完璧な清掃態勢だった。
「……僕の人生は、どこで道を間違えたんだ。」
数時間前。
神殿の執務室。
スペクターは椅子に腰掛け、赤いシルクハットをくるくる回して遊んでいた。
ふと。
何かを思いついたように顔を上げる。
「ねぇ、アズール。」
「はい。」
「君って触手あるよね。」
「ございますが。」
「高い場所、届くよね。」
「届きますが。」
「暇なら神殿中の換気扇、掃除して。」
「……。」
アズールは固まった。
「スペクター様。」
「私は元植物学者です。」
「そして魔術師です。」
「この触手は古代植物由来の神秘であり。」
「決して。」
「清掃用具ではございません。」
するとスペクターは、あっさり頷いた。
「そうだね。」
「じゃあ別の人に頼もうかな。」
アズールは少し安心する。
しかし。
スペクターは続けた。
「掃除してくれたら。」
「Mowlのおやつを買うついでに。」
「珍しい観葉植物も買ってあげる。」
沈黙。
数秒後。
アズールは深々と頭を下げた。
「喜んでお引き受けいたします。」
植物には勝てなかった。
そして現在。
「げほっ!」
「げほげほっ!」
換気扇の内部から、とんでもない量の埃が舞い上がる。
「なんなんだこれは……!」
「何十年掃除してないんだ……!」
触手一本がモップを動かす。
一本は洗剤。
一本はバケツ交換。
最後の一本は、落下防止のためアズール本人を支えていた。
まるで。
最高級お掃除ロボットだった。
「触手一号。」
「右側終了。」
「触手二号。」
「油汚れ除去。」
「三号。」
「乾拭き開始。」
「四号。」
「水交換。」
「…………。」
アズールはふと我に返る。
「僕。」
「何をやってるんだ。」
そこへ。
コツ。
コツ。
優雅な足音が響く。
茶色いマント。
黄色いリボン。
黒ハチワレの猫頭。
片目に光るモノクル。
Mowlだった。
「これはこれは。」
見上げながら穏やかに微笑む。
「実に見事なお仕事ぶりでございます。」
「まるで最新式の全自動清掃機械。」
「やめろ。」
アズールは即答した。
「僕は魔法使いだ。」
「掃除機じゃない。」
「失礼しました。」
Mowlは深々と一礼する。
「では。」
「超高性能お掃除ロボット。」
「変わってない!」
「スペクター様も。」
「『アズールはルンバより賢いから助かるね』と仰っておりました。」
「褒められてる気がしない!!」
回廊中に叫び声が響いた。
その瞬間だった。
ぼろっ。
換気扇の奥から。
巨大な埃の塊が落ちる。
「しまっ!」
落下地点。
そこには。
Mowl。
しかも。
朝一番で丁寧に整えたばかりの、艶々な黒ハチワレ頭。
アズールの脳内に最悪の未来がよぎる。
(終わった。)
(Mowlが汚れる。)
(スペクター様が怒る。)
(僕が消される。)
(神殿も消える。)
(世界も終わる。)
「させるかぁぁぁぁぁっ!!」
四本の触手が爆発的な速度で動く。
一本が埃を受け止める。
一本がゴミ箱を開ける。
一本が蓋を押さえ。
最後の一本が。
ぽん。
ゴミ箱へ綺麗に落とした。
「……。」
神業だった。
埃一つ。
舞わない。
Mowlの毛並みは。
朝と変わらず艶々だった。
静寂。
やがてMowlはモノクルをそっと押し上げる。
「……お見事。」
深々と一礼した。
「これほどまでに洗練されたお掃除技術。」
「神業と申し上げても過言ではございません。」
「だから。」
アズールはがっくりとうなだれる。
「掃除で褒めるのをやめてくれ……。」
その日の夕方。
約束通り。
スペクターは鉢植えを抱えて現れた。
「はい。」
「約束の観葉植物。」
アズールの目が輝く。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに受け取る。
しかし。
数秒後。
「……。」
「スペクター様。」
「これは。」
「食虫植物だね。」
「観葉植物でしょ?」
「そうですが。」
「僕が育てたかったのは。」
「普通の植物なんです……。」
それでも。
葉を優しく撫でるアズールの表情は、どこか幸せそうだった。
翌朝。
神殿に響く穏やかな声。
「アズール殿。」
Mowlが優雅に一礼する。
「本日は二階の窓拭きをお願いできますでしょうか。」
アズールはゆっくり空を見上げた。
「……僕は。」
「魔法使いなんだけどなぁ。」
そう呟きながら。
今日も四本の触手は、誰よりも美しくモップを操るのだった。