テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
東京タワーの鉄骨が、冷たい夜風に吹かれて低く唸っている。
展望台へと続く非常階段の踊り場。
私たちの前に立ちふさがったのは、かつてのクラスメイト・沙織だった。
その後ろには、虚ろな表情をした真由美たちの姿もある。
「……栞、蓮君を返して。あなたが死ねば、世界は平和に戻るのよ」
沙織の瞳には、かつての快活さは微塵もない。
政府が流し続ける「正義のパルスコート」を浴び続けた結果
彼女たちの脳は「栞=悪」という偽りの真実で塗り固められていた。
「沙織、目を覚まして! それは政府が作った嘘なんだ!」
蓮が叫ぶが、沙織は耳を貸さない。
彼女の手にあるナイフが、月光を浴びて不吉に光る。
「……下がれ、蓮。……彼女たちは、意識的に動いているんじゃない」
九条さんが前に出るが、沙織たちは訓練された兵士のように無機質な動きで包囲網を狭めてくる。
彼女たちは、かつてパンドラに依存した代償として、今度は国家の「生体端末」として利用されているのだ。
私は、胸元に抱えたノートを握りしめた。
彼女たちを傷つけたくない。
でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
私はノートを広げ、ページを破り取ると、沙織たちの足元に向かって投げつけた。
そこには、一文字だけ、【ストップ】と書いた。
紙が床に触れた瞬間、私の「書く意志」が床の静電気を介して、彼女たちの足元の防犯センサーと共鳴した。
磁気干渉が起こり、彼女たちの動きが、まるでスローモーションのように鈍くなる。
「……え、…体が……動か、ない……」
沙織のナイフが床に落ちる。
私は彼女の横を通り抜ける際、一瞬だけ彼女の手に触れた。
温かい。
父が作った人形たちとは違う、本物の「人間」の熱。
私は心の中で、何度も「ごめんね」と繰り返した。
「……先に行け、栞さん!ここは僕が食い止める!」
九条さんが、右目の残滓を最大出力で解放した。
彼の周囲に青い放電が走り、迫りくる追撃隊の通信を遮断する。
「九条さん、無茶よ!その目、もう限界だわ!」
美波が叫ぶが、九条さんは振り返らなかった。
「……これが僕の、最後の贖罪だ。…栞、君の『言葉』を、世界に届けてくれ!」
私たちは九条さんを背後に残し、展望台へと続くエレベーターシャフトを駆け上がった。
頂上の送信ユニットまで、あと数百メートル。
だが、タワーのスピーカーから、あの「偽物の私」の声が、街中に響き渡る。
『……皆さん、テロリストは今、東京タワーに侵入しました。彼らは私の声を盗もうとしています。彼らを、殺してください。それが、愛するこの国を守る唯一の方法です』
タワーの周囲を、数千人の「市民」が包囲し始めた。
彼らは手に手に松明やスマホを持ち、狂信的な眼差しで、私たちという「悪」が落ちてくるのを待っている。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
深冬芽以