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シャワーを借りた美冬は髪を乾かして、リビングに向かう。 ソファで疲れたように座り込んでいた槙野が美冬を見て、一瞬で目を逸らし、はーっと深くため息を付いたのが分かった。
──なんだろ? なにかまずかったかな?
美冬は槙野の隣に座ってその顔を覗き込む。
「槙野さん? どうしたの?」
「お前……分かってないのか?」
(何をだろう?)
そして槙野の顔をもう一度見て、美冬はどきんとしたのだ。美冬を見る槙野の顔がなんだかとても色香を含んでいるように見えて。
最初に会った時は怖かった。
けれど、ひとつひとつの槙野が見えてくると、思いやりがあって、優しくて、意外と気を使ってくれたり、一緒に食べるご飯が楽しかったり、誰に対しても堂々としている姿も悪くないのだ。
そして、美冬はふと思い出した。
契約書には『アレ』についての記載は特になかったことに。
しかし、不貞は当然一切禁止だ。それどころか異性と二人で会うことすら禁止されている。
それは美冬だけではなくて、もちろん槙野にも適用されることだ。
確かにそんなことを記載されるのもどうかとは思うけれども、今ソレについて確認してもいいものだろうか。
「槙野さん、あのっ……」
「なんだ?」
「そういうの、する?」
槙野はにっ、と笑った。きらりと光った目が美冬を射抜くように見る。
わぁ! 怖いってばー!
「てか、逆になんで何もしないと思うんだ?」
当然のようにソファに押し倒されて、美冬は脱力する。
そうだわ……この人、そういう人だったぁ!
「抵抗しねーんだな?」
「今更しない」
槙野はふっと笑って、美冬の頬を撫でる。
「お前のそういう潔良いところは俺は好きだけど、痛い目見ないかと思うと心配でもある」
好……きとか心配、とか。頬をするっと撫でるとか。
そういうの、こっちまですごくドキドキしちゃうから、困る。
契約だって言ったくせに、好きとか言われるのは、本当に……困るのだ。
「痛い目なんて、合わないよ」
「だって、美冬はこんなに簡単に押し倒せるし、細くて華奢で……」
さっきまで腕がちぎれるとか言っていたくせに。
急な女の子扱いには、なんだか……戸惑う。
槙野は美冬の両手を頭の上で一括りにした。
外そうともがいても、美冬の力では外せなかった。
抵抗出来ないままの美冬の身体を、槙野の目と手がゆっくりと辿ってゆく。
顔を見ていた槙野は目線を美冬の首元から胸、そして腰へと移していき、それに合わせるように大きな手の平がすうっと美冬の身体をなぞっていった。
「んっ……」
思わず美冬の背中が浮いてしまう。
くすりと笑い声が聞こえた。
槙野のことだから、抱くとしたら直接的に抱かれるんだろうと美冬は思っていたし、そんな覚悟はしていた。
けれど、こんなこんな風に焦れるくらいに、そっと優しく触れるなんて考えていなかったから。
「抵抗、しないんだろう?」
いつもみたいにからかうような声に美冬はカッとした。
「しないのは本当。でも槙野さんがそんな風にするからっ! 思ったのと……違うから」
「へぇ? どういう想像されていたんだろうなあ? 是非とも聞きたいよ、美冬」
(恥ずかしっ!)
「……べ、別に想像とかしてないからっ! それに想像なんてできないよ。したことないんだもん」
「は?」
そういうの聞き返す?
「だから、したことないってば」
「お前……処女なの?」
何度も確認するのは本当にやめていただきたい。
はーっと槙野から聞こえてきたため息は本日何度目だろうか。
もういっそ契約でため息を禁止してほしいくらいだ。
槙野は頭の上で抑えていた美冬の手を離した。
「したことない人をその……処女って言うんだよね?」
「まあ、そうだな」
「……したことない」
苦笑して槙野は美冬の頬を両手で包み込むようにする。
その整った顔がとても近い。
いつも、キリッとしていて人を射抜くような瞳の持ち主で、けれどとても整った顔だ。
それが美冬だけを見つめて、その顔が近づく。
そっと重なった唇は思ったよりも優しかった。
美冬の頬と耳元を指で触れて、何度も何度も唇を重ねる。
その感覚も唇もとても心地よい。
もっとしたい。もっとしてほしい、なんて思うのはおかしいだろうか。
ふと重なったままになった唇が緩く美冬の下唇を喰むから、美冬はくすくすっ、と笑ってしまった。
「んー? どうした?」
「だって……食べられちゃうかと思って」
「食べられるんだよ、今から」
恥ずかしいよ! この人こんなに甘やかな人だった?
「よし!」
そう言って槙野は美冬をソファから抱き上げた。
「ちょっ……重いって」
「言っただろ。さっきのはほんの冗談。重くないよ。それより暴れるな。落とすぞ」
それを聞いた美冬はぎゅうっと槙野に抱きつく。
落とされてはかなわない。
「今からお前のこと抱くから。乱暴にはしない。優しくする。美冬がもっとたくさんしたいって思うくらいに」
別に美冬だって後生大事に取っておいたという訳ではないのだ。