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海斗からあらかじめ聞いている。こいつがピアノ経験者であることを。
「あなた一人であの楽譜が解けるとは思いませんが、まあ、もう関係ないので」
「ああ、おかげで少しは楽譜が読めるようになったよ。それだけは感謝だ」
「呑気ですね。この状況、あなたにとって危険だということを理解していますか?」
実際、俺はここから動くことが出来ない。先生を呼びに行ったところで信じてもらえないだろうし、どのみち逃げられてしまう。あと、こいつが何の策略もなしに教室に飛び込んできたとも思えない。
「どうする気だよ」
「ここで私が叫んだらどうなるでしょうね。先生が慌てて駆けつけてくるかも」
「やり口がいちいち汚いな。よくその性格でやってこれたもんだ」
「私の邪魔をするあなたたちが悪いんですよ。少しぐらい、いいじゃないですか」
なめてんのか。ある意味奥出より止めるのが難しい。もう会話でどうにかできるような奴じゃないことは分かった。あのクソパワハラ教師と同じタイプじゃねえか。
「お前さ、奥出を守ろうとしてるのは分かるよ。だから怪文書なんて作って、同じようにみんなを困らせてるんだ。そして、ついでに邪魔者を犯人に仕立て上げて終わりってことだろ?」
「会長を守るなんて大袈裟なこと言うんですね。私はいつだって守られる側で、会長は誰にも守られなくたって一人で何でもこなしてしまうんです」
「誰にも守られなくてもいい奴なんているわけないだろ。そんなの、奥出があまりにも不憫だ」
あいつはたまに、どこか悲しそうな顔をするんだ。俺なんかが何かできるわけではないけど、守ってやりたいって思うことだってある。
「会長に守られてばかりのあなたに何が分かるんですか」
「そうだな、俺は守られてばかりだ。でもな、男は好きになった女をほっとけないんだ。そういう生き物なんだよ」
「相変わらず気持ち悪いですね。私が会長の立場ならぞっとしますよ」
「それにな、お前だって知らないだろ。奥出の表情、案外ころころ変わって可愛いんだぞ」
俺は何を話しているんだ。後輩がガチで引いているのが分かる。言い返すのに必死で良くないことまで口走ってしまった。
「やめてください、悪寒がします」
「ああ、これに関してはすまない。まあ、奥出も人間だってことだ」
「そんなこと知っていますよ。天才の会長は私の憧れですから」
こうやって話していても一切表情が変わらないのが怖い。感情というものが欠如しているのか? もしかすると、このまま話を引き延ばしていれば、何か考えが浮かぶかもしれない。
一方、生徒会長の奥出と拓斗の友人は、拓斗の危機に若干気づきながらもゲームを楽しんでいた。
「今度は何をするんだい?」
「ポーカーなんてどうかしら」
「まさか生徒会長が賭け事なんて」
もちろん実際のお金を賭けるわけではなく、今回使うのはおもちゃのチップだ。
「ただのお遊びよ。ルールはご存じ?」
「ある程度はね。でも、一応説明してくれるかな」
「分かったわ」
ポーカーと言ってもただのポーカーではない。インディアンポーカーという、簡易的なルールでやるポーカーだ。
「インディアンポーカーは初めてだね」
「まず一枚カードを裏向きで配るわ。これを自身に見えないように、頭の上で相手に開示するの」
「これでいいのかな?」
奥出のカードはクローバーのジャック、友人のカードはハートの四。
「チップは毎回必ず一枚賭けてもらうわ。勝てると思ったら追加で賭けてもらって大丈夫よ。カードの強さは分かるかしら」
「エースが一番強く、ニが一番弱い、で合っているかな?」
「その通りよ。相手より強いカードを出せば勝ち、賭けたチップが勝った人に入るわ。それをチップがなくなるまで続ける、これでいいわね?」
友人は必須の一枚だけ賭けて終了、奥出も同じく一枚だけ賭けた。結果は奥出の勝利、賭けたチップが奥出の手元に渡った。
「なるほど、面白いゲームだね」
「じゃあ、続けましょうか」
「僕はこういうの大好きだよ」
なかなかお互いのチップがなくならない。二人とも大きく賭けることなくゲームは続いていく。
「あなた、意外と保守的なのね」
「そうでもないよ。拓斗といる時は思い切りのいい決断をするようにしているから」
「そういえば、あの人は私のメッセージを受け取ってくれたのかしら」
メッセージというのは、あの楽譜の怪文書のことである。
「もちろん、今頃奮闘しているだろうね」
「早くあの人とのゲームも進めたいのだけれど」
「それなら様子の一つでも見に行ったらどうだい?」
ポーカーの展開が変わってきた。友人が少しずつリードし始めたのだ。
「そうね、これが終わったら教室でも覗きに行こうかしら」
「今、拓斗に必要なのは僕ではなく、君だろうから」
「それはどういう意味?」
拓斗がピンチなのは知る由もない二人だが、何かしら助けになればいいとは思っている。
「本人に聞いてごらん。素直に話すかどうかは別だけど」
「私の知らないことがまだあるみたいね」
「じゃあ、そろそろゲームを終わらせようか」
気が付けば奥出のチップは残り一枚になっていた。その最後を賭けて結果を確認すると、奥出がスペードのキング、友人がクローバーのエースで、ゲームは終了した。
話を引き延ばせるだけ引き延ばし頑張ったが、廊下は誰一人通らない。俺と後輩の間には微妙な空気が流れ始めていた。
「もしかして、誰かが助けに来てくれることを期待しているんですか?」
「そそそそんなこと、ああああるわけないだろ」
ここで久しぶりにごまかし下手スキルが発動してしまった。絶対に今じゃない。
「惨めですね。本当に、目も当てられない」
「これが俺なんだ。かっこ悪くたって構うもんか、俺と一緒だと楽しいと言ってくれた奴らがいるから、俺はやっていけるんだ」
「そんなお世辞を信じて何になるんですか? あなたは人を疑わなさすぎる」
「逆に聞くが、そんなに疑ってお前は楽しいのか。無表情で同級生や先輩を見下して、何か新しい発見でもあったのか?」
後輩がやっと言葉を詰まらせた。思い当たる節はあるみたいだな。
「楽しい? そんなこと考えているから見下されるんですよ。楽しいかどうかより、どれだけ高い地位に立てるかで人生は決まるんです」
「高校一年生が人生語ってんじゃねえよ。そんなの誰にも分からない、分からないからこそ考える価値があるんだろ。人生に必勝法なんてないんだよ」
こいつが今までどんな人生を送って来たかなんて俺には分からないし、知りたくもない。でも俺は、守られるだけの、被害者面した知ったかぶりは嫌いだ。
「私は、私は間違ってなんかいません! だってこうやって今、あなたに勝つことが出来るのだから」
鬱陶しいツインテールを振り回しながらなんか吠えてやがる。
「まだ勝ってない、勝ちに近いだけだ。人生は誰にも分からないって言ったろ?」
「あなたみたいな『ばか』に、勝ち筋を見い出せるとは思えませんが」
「本当に俺を罵るのが好きみたいだな。『ばか』になったこともないくせに、『ばか』の気持ちが理解されてたまるか。それとも、『ばか』っていう方が『ばか』、ということか?」
「生徒会の人間にそんな口聞いて、無事で済むと思わないでくださいね」
確かに俺は、頭の良さでは勝てないかもしれない。でもな、『天才はばかには勝てない』、俺はかつて友人が言った言葉を信じている。
「俺とお前の違いを教えてやる」
「何でしょうか」
「信頼できる仲間がいるか、そいつらに頼れるかどうか、だ」
勢いよく言ったけど、正直限界だから誰か助けに来てくれ。