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ある夏の朝、
スタジオのドアが、ゆっくり開いた。
差し込んだ光の中に立っていたのは、
見間違えるはずもない人。
――元貴だった。
髪は少し伸びて、
肌は少し焼けて、
けれど笑った顔は、
あの春のままだった。
「……ただいま。」
その言葉だけで、
若井の手からピックが落ちた。
涼ちゃんも何も言えず、
ただ涙が頬を伝った。
「ごめん、勝手にいなくなって。」
元貴はそう言って、
喉の奥を押さえた。
「歌えなくなってたんだ。
何を歌っても、自分の声じゃない気がして。」
若井は息を飲んだ。
春のあの日、
“音が遠くに聞こえる”と言った理由が
ようやくわかった。
「でも……今は?」
元貴は小さく笑った。
「今はね、もう一度聴こえる。
みんなの音が。
若井のギターも、涼ちゃんのピアノも。
三人は、何も言わずに楽器を取った。
若井のギターが一音鳴る。
涼ちゃんのピアノがゆっくり重なる。
その音の波の中に、
元貴の声が溶け込んでいく。
最初はかすれていた。
でも、歌えば歌うほど
確かな温度が戻ってきた。
それは、失われた春の続きを取り戻すような歌だった。