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(流れを殺すな。……別の道へ、逃がしてやるんだ)
新システムを「閲覧専用の防波堤」として公開し、暴れ狂う一万人のアクセスをそちらへ誘導する。同時に、会社の心臓部である旧基幹システムへの配管を一時的に封鎖し、社内通信だけを通すように切り替えた。
「……構築は、完了だ。反映まで、あと十秒」
気づけば、額から一筋の汗が流れ、前腕が微かに震えていた。同僚たちが息を呑んで僕の背を見つめている。カウントゼロ。真っ赤に振り切れていたグラフが、崖を落ちるように垂直に下降した。
「……ふぅ。……終わった」
一拍遅れて、オフィスが拍手と歓声に包まれた。
「あの目立たない春川が?」
「あいつ意外とやるな……」
背後に聞こえる賞賛を、どこか遠くで聞きながら、僕は、自分の手を見つめた。 ただ指示を待つだけの「背景」にすぎなかった僕は、この時はじめて「主役」となって人の役に立つことが出来た気がした。
ざわつく周囲を黙らせたのは、会議室から出てきた年配の役員の、心ない言葉だった。
「ったく、白石のやつ、コスプレとかいうあんな破廉恥な格好をして一体何を考えているんだ。……もとはと言えば、あいつが原因だろう。会社にどれだけの損害を出したと思っている」
周囲が気まずそうに目を逸らす中、僕は椅子を蹴るように立ち上がり、役員を真っ向から見据えた。
「……白石さんは、何も悪くありません」
「な、なんだと? 君、立場をわきまえ――」
「彼女は、自分の勇気と情熱を形にしただけです。その結果、これだけの反響を呼んだ。彼女の美しさは本来、我が社が誇るべき『価値』です。それを捌ききれなかったのは、システムの、そして僕たちの責任だ。……彼女を責めるのは、筋違いです」
役員は金魚のように口をパクつかせて黙り込んだ。これまでモブに徹していた僕が、彼女の尊厳を真っ向から守り抜いた瞬間だった。
その時、机の上のスマホが激しく震えた。白石さんからだ。
『陽一さん……! 美咲さんが、破水して……今、救急車なんです!私が前に胃腸炎で入院していた〇〇大学病院へ向かってます。お願い、すぐ来て……!』
そこへ、釈明を終えたらしい部長が、一足遅れて戻ってきた。
「部長、急用なのでお先に失礼します」
「おい、春川!どこへ行く!」
呼び止める声を背中で聞き流し、僕はオフィスを飛び出した。たとえ誰に何と言われようと、今の僕はモブではなく、一人の「主役」になれる気がした。
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