テラーノベル
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十四時過ぎ。コミケの熱気がピークに達し、会場全体が蒸せるような活気に包まれていた頃。アタシ(美咲)は白石さんと一緒に販売ブースの片付けをしながら、控室へ移動しようとしていた。夕方の撮影に向けて、メイクに入る時間だ。
「……ん、あたた」
ふいに襲ってきた鈍い痛み。でも、臨月の妊婦にはよくあることだ。アタシは完全に油断していた。
「美咲さん、大丈夫ですか?……どこかで横になります?」
心配そうに覗き込んでくる白石さんに、余裕の笑みを返した。
「大丈夫っしょ。一人目の翔のときは予定日すぎても生まれなかったんだよ。予定日まであと三週間もあるし――」
その直後だった。
「……あれ? なんか、出そう――」
「え……? 美咲さん……?」
その瞬間。
――ぶっしゃあああ!!
本当に漫画の擬音が聞こえた気がした。アタシの足元に、温かい水溜まりがみるみるうちに広がっていく。
「え、待って……嘘……?」
一瞬のフリーズ。そして、脳内に最大級の赤い警告灯が灯った。
(……これ、絶対ヤバイやつ!)
「破水だぁぁぁ!!!」
アタシの絶叫が、賑やかな展示ホールの一角に突き刺さった。その瞬間、周囲の空気が一変する。
「えっ、今『破水』って言った……?」
「スタッフー! スタッフさーーん!」
騒然とする中、周囲の人々が「道を空けろぉ!」とモーセのように人混みを割り、誰かが「これ、よかったら使って!」と大判のタオルを差し出してくれた。コミケ史上、かつてないほど「命の現場」がカオスを支配していた。
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