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「しかしながら、まさかあのような好青年だったとは……」
「ええ、今の時代にあんな子がいるなんて少しびっくりです」
お父様とお母様は、ラルード様に対してそのような評価をした。
二人に挨拶をしたラルード様は、とても礼儀正しくて紳士的だった。故に二人とも、好感を抱いたのだろう。
ただ、二人がこんなに高評価なのはある人物のおかげともいえるかもしれない。
「こういう言い方は良くないのかもしれませんが、ガラルト様はそういう所があんまりきちんとされていませんでしたからね……」
「うむ……ああいや、別に彼のことを批判している訳ではないが」
「でも、結局彼は自分勝手な人だった訳だものね……」
「ああそうか、確かに我々は彼の身勝手な行動によって不利益を被っている。そう考えると、段々と腹が立ってくるな……」
ガラルト様は、両親の前でもいつも通りの人だった。
高慢なあの態度は、誰の前でも変わらないものであるらしいのだ。
ロナメア嬢は、そんな彼のどこに惹かれたのだろうか。それは私にとって、永遠の疑問である。
「まあ、良き婚約者に巡り会えたのは不幸中の幸いだったといえるだろう。いや、我々にとっては幸福の方が勝っているかもしれない」
「そうですね。私にとっても、なんというかいい気がします。正直な所、ガラルト様の妻になるよりもラルード様の妻になる方がいいですから」
「それは、確かにそうでしょうね。私達にとっても、嬉しいことだわ」
「うむ。もちろん、家の事情などもある訳だが、お前には幸せになって欲しいと思っているからな。親ならば、誰だってそう思うはずだ」
ラルード様という婚約者は、私にとっても両親にとっても良き婚約者だ。
それは間違いない。ただそう考えていくと、とある疑問に突き当たる。
「ラルード様やエンティリア伯爵家にとって、私が良き婚約者であるといいのですけれど……」
「む……」
「そんな心配をする必要はないわ。あなたは、私達の誇り高き娘よ」
「そうだとも」
私の不安に対して、お母様は力強い言葉を返してくれた。
お父様も、それには同意してくれている。それ自体は、嬉しいことだ。
「まあ、今度はこちらがエンティリア伯爵家を訪ねますから、その時に反応を見てみます」
「あまり気負うなよ?」
「ええ、いつも通りのあなたで行きなさい」
「はい、心得ています」
エンティリア伯爵家に行くのは、正直少し怖かった。
しかしながら、それをこなさなければ前には進めない。幸せな未来のために、ここは気合を入れて挨拶するとしよう。
◇◇◇
「いや、まさかこんな美人さんとはねぇ……」
「あらあら、あなた、そんなことを言われたら、少し妬いてしまいますわ」
「おっと、すまない。しかし、彼女は美人さんだろう」
「まあ、確かにそうですねぇ。女の私でも、見惚れてしまいます」
目の前で繰り広げるゆっくりとした会話に、私は思わず苦笑いを浮かべていた。
そこにいるのは、エンティリア伯爵とその夫人――つまりはラルード様のご両親である。
その二人は、私を見てにこにこしている。なんというか、とても柔らかい雰囲気の人達だ。
「すみません、アノテラさん。父と母は、いつもこんな感じで……」
「えっと……大らかなご両親なのですね?」
ラルード様に対して、私はある程度言葉を選んだ。
彼の両親の雰囲気が、私は嫌いではない。
ただ、何も考えずに言葉を発すると批判と取られてしまうような気がする。しかし、大らかというのが褒め言葉と取られるかどうかは、少々不安な所だ。
「褒めても何も出ませんよ? いやはや、気遣いもできるということですか……」
「すごいですね。あの年の私なんて、晩ご飯は何かくらいしか考えていませんでしたけど……」
「おやおや、僕のことは考えていなかったのかい? あのくらいの年の頃には、もう婚約していただろう」
「それは秘密です。乙女の秘密です」
二人の会話を聞いていると、なんだか平和だなぁと思えてくる。
貴族の夫婦は、冷え切っている夫婦も多いと聞いたことがあるが、家もエンティリア伯爵家もそれには当てはまらないようだ。
できることなら、私もそうなりたいと思っている。ラルード様と、仲が良い夫婦でいたいものだ。
「ああ、そうでした。そういえば、アノテラさんは契約結婚したいのでしたね? なんでも、契約書を作りたいとか?」
「あ、えっと……はい」
「賢い方ですねぇ。私なんて、そんなことはまったく思いつきませんでしたよ。でも、確かに大切なことです。私達はお互いに……約束を反故にされて被害を被っている訳ですから」
そこで私は、思わず固まってしまった。
エンティリア伯爵の視線が、非常に鋭いものになったからだ。
それは恐らく、私に向けられたものではない。彼の言葉の仲には、約束を破ったロナメア及びセントラス伯爵家への批判が込められている。
ただ、それでもやっぱり少し怖かった。
あの大らかな伯爵も、やっぱり貴族の家の当主なのだ。私は、それを改めて認識することになった。
しかしそれは、安心できることでもある。そのような人達が身内になってくれるというなら、非常に心強いからだ。
「ラガンド様、そろそろあの子達を呼んでもいいのではないでしょうか?」
「ああ、そうでした。アノテラさんには実はまだ紹介したい人達がいるのです」
「あ、はい」
「二人とも、出ておいで」
話が一区切りついてから、エンティリア伯爵は部屋の奥の方へと呼びかけた。
するとそこから、少年と少女が出てくる。その二人は恐らく、ラルード様の弟と妹なのだろう。
「リーン・エンティリアです」
「ルメティア・エンティリアです」
「ご丁寧にどうも。私は、アノテラ・ラーカンスと申します」
少年と少女は、私に対して丁寧な動作で挨拶をしてきた。
それに対して、私も挨拶を返す。ラルード様の家族に対して、しっかりと礼節を弁えていると示さなければならない。
「まあ、これがエンティリア伯爵家の面々です。アノテラさん、どうかこれからよろしくお願いしますね?」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
エンティリア伯爵は、にこにこしながら私を見てきた。
リーンとルメティアも、同じような顔をしている。そういう笑顔は、エンティリア伯爵家の共通のものであるらしい。
「……リーン兄様、アノテラさんってすごく美人だと思わない?」
「え? あ、えっと……まあ、そうだね?」
「お兄様、もしかして一目惚れしたのかしら?」
「どうだろう?」
そこで二人は、こっそりとそのような会話をしていた。
それを聞き、私は少し照れてしまう。なんというか、先程から褒められっぱなしだ。
別に私は、そこまで容姿端麗という訳ではないはずである。それなのにここまで褒められるということは、やはりお世辞なのだろうか。
「確かに、ラルード好みの顔かもしれないわねぇ……」
「あ、お母様もそう思いますか?」
「ええ、なんとなくだけれど、あの子が好きそうな感じがするわ」
「わあ、なんだかロマンチックですね……」
兄妹の会話に、伯爵夫人まで乗り始めた。
それを見ながら、私は苦笑いを浮かべる。どうやら、エンティリア伯爵家は家族円満であるらしい。
「さて、アノテラさん。挨拶はこのくらいでいいでしょう。そろそろ、客室に移りませんか?」
「あ、はい。そうですね。それなら、これで失礼させていただきます」
三人の会話を聞いていたからかどうかはわからないが、ラルード様は挨拶の終わりを提案してきた。
断る理由も特になかったため、私はそれに乗ることにした。伯爵達もそれでいいのか、皆笑顔を返してくれる。
こうして私は、ラルード様の家族と会ったのだった。