ガラルトもロナメアも、お互いに愛し合っていた。
燃え上がる想いは、止められない。そう思って、二人は婚約破棄を選んだのである。
「ガラルト様、お慕いしています」
「ああ、僕もだよ。ロナメア……」
二人は、お互いに愛を囁き合った。
それがガラルトとロナメアにとって、何よりも至福の時間であったのだ。
そうしてやがて、二人は口づけを交わす。いつも通りであるならば、そのはずだった。
「これから、私達は幸せな未来へと進んでいくのですね?」
「ああ、その通りだとも。父上も納得している」
「お父様も、特に反対はしていません。ふふ、なんだか上手く行き過ぎて怖いくらいですね」
「まあ、僕に任せておけばこのくらいどうということはないさ。僕は優秀だからね」
しかしガラルトもロナメアも、どちらも動かなかった。
いつもなら必要なかったはずの会話を、自然と差し込んでいたのだ。
この瞬間、ある意味において二人の気持ちは繋がっていた。どちらも思っていたのだ。いまいち乗り切れないと。
「このまま、全て上手くいくのでしょうか? その点に関して、私は少しだけ不安に思ってしまいますけれど……」
「上手くいとも。上手くいかせてみせるさ。僕の力でね?」
「頼りにしています、ガラルト様」
「ああ……」
いつも通りなら、勝手に心が盛り上がってくれる。その衝動に身を任せれば、後は何も考える必要がなかった。
そのはずなのに、心の温度が上がらない。二人はそのことに、違和感を覚えていた。
全ては上手くいっているはずだ。心配事もなく、ただ前へと向かって行けばいいだけ。安寧を得たというのに、二人はひどく不安を感じていた。
「……ああそういえば、あの二人はどうなったのでしょうね?」
「二人? ああ、アノテラとラルードのことか?」
「ええ、申し訳ないことをしてしまいましたからね。少しだけ心配です」
そこでロナメアは、心にもない罪悪感から言葉を発した。
本当は、二人のことなんてどうでもよかった。ただ今は、そういう雰囲気になるかもしれない話題を出したかったのだ。
かつての婚約者を肴に盛り上がれる。ロナメアは、何故かそんなことを思っていた。
「まあ、アノテラはああ見えて我が強い女だからな。新しい婚約者探しには苦労しているんじゃないか?」
「それは、ラルード様も同じですよ。彼はちょっと抜けていますからね」
「そう考えると、哀れではあるな。いやしかし、これも仕方ないことだろう。僕と君が結ばれるためには、こうするしかなかったんだ」
「ええ、そうですね」
ガラルトとロナメアは、心の奥底からふつふつと湧き上がってくるものを感じていた。
その衝動に、二人は身を任せる。ゆっくりと口づけを交わして、お互いの顔を見る。
「まあ、あの二人にも何か幸運が訪れるといいですね?」
「ああ、そうだな……」
自分達の選択は正しいものだった。そこで二人は、それを改めて認識する。
しかしながら、二人はまだ知らなかった。その婚約に、既に亀裂が入っているということに。
◇◇◇
アノテラとの婚約破棄は、ザルパード子爵家にとっても予想外のものだった。
これまでラーカンス子爵家と築いてきた信頼関係は一瞬で崩れ去った。ザルパード子爵家は、味方を一つ失ったのだ。
しかしながら、それでも希望はあった。息子であるガラルトが新たに婚約を結んだのは、伯爵家の令嬢であったからだ。
「今回の婚約は、色々とイレギュラーがありました。しかしながら、私はそちらと良き関係を築いていきたいと思っています」
ザルパード子爵は、目の前にいるセントラス伯爵に早口でそう言った。
自分よりも地位が上の相手に、無礼があってはならない。故にザルパード子爵は、慎重に言葉を選んでいた。
「良き関係ですか? ザルパード子爵、それは具体的にどういうものなのでしょうか?」
「どういうもの?」
「ギブアンドテイクということです。こちらがそちらに利益をもたらし、そちらもこちらに利益をもたらす。それが良き関係というものでしょう? あなた方は、こちらにどのような利益をもたらしてくれるのですか?」
「そ、それは……」
セントラス伯爵の質問に、ザルパード子爵は咄嗟に答えることができなかった。
彼は必死に考えて、答えを出そうとしていた。目の前にいる伯爵が何を持って満足するか、それを考えていたのだ。
「答えらないでしょう? なぜなら、あなたは子爵家の人間だからだ」
「え? いや、それは……」
「しかしそれで結構、こちらも文句を言うつもりはない。こちらが望んでいることは、ただ一つだ。私に逆らわないで欲しい」
「な、何を……」
セントラス伯爵は、ゆっくりと立ち上がった。
彼はそのまま、窓際に行く。外の景色を眺める彼の表情が、ザルパード子爵からは窺うことができなかった。
「上下関係をはっきりさせておきましょう。私は伯爵家の人間だ。あなたよりも地位が上……それは、理解できていますかな?」
「も、もちろんです」
「それならあなた方は、こちらに従うのが道理というものでしょう?」
「そ、そんな馬鹿なことが……」
ザルパード子爵は、そこで初めて理解した。
セントラス伯爵が、娘を使って子爵家を傀儡にしようとしているということに。
明確に地位が上であるため、舐められている。そう思ったザルパード子爵は、下手に出るのが得策ではないと考えた。
「婚約というものは、そういうものではないでしょう?」
「婚約か……しかし、今回の件はイレギュラーだ。あなたのご子息は、私の大切な娘を傷物にした。その責任を取っていただかなければならない」
「傷物? そちらのお嬢さんが、たぶらかしたの間違いではありませんか?」
一度思考が切り替わると、ぽつぽつと言葉が出てきていた。
ザルパード子爵も、心のどこかでは思っていたのだ。今回の婚約が、まったくもって不愉快なものであると。
故に、二人はぶつかることになった。二つの家に、不和が生まれてしまったのだ。