テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#お仕事
#秘密
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
授業終了のチャイムが鳴る。先生が「今日はここまで」と言い終えるか終えないかのタイミングで、美月は弾かれたように立ち上がった。教材を乱暴に鞄に押し込み、小走りで教室を飛び出していく。
翼の直感が警報を鳴らした。彼は自分の鞄をひったくるように持つと、美月の後を追いかけた。
廊下を抜け、階段を駆け下りる。下駄箱の前で、美月がローファーを取り出そうとして、手が震えて靴を落とした。床に転がるローファー。拾おうと屈んだ美月の肩が、微かに震えている。
「——黒川さん」
翼は歩み寄り、静かに声をかけた。
美月がビクッと身体を震わせ、大きく見開かれた目で振り返る。その瞳には、隠しきれない怯えと疲弊の色が濃く滲んでいた。
「……真田、くん?」
美月は掠れた声で、目の前の少年の名前を呼んだ。
翼は美月が落とした靴を拾い上げ、差し出した。
「どうしたの? 今日、ずっと元気ないみたいだけど。……今朝の、佐藤さんの事故、関係あるの?」
美月は差し出された靴を受け取りながら、息を呑んだ。顔色がさらに白くなる。
「え……? 何、が……?」
「いや、誤魔化さなくていいよ。一限目からずっと思い詰めた顔して、上の空だった。さすがに気づくって。何か他に理由があるんじゃないの」
翼の言葉は、鋭く美月の核心を突いていた。
美月は唇を噛み締め、視線を床に落とした。誰にも言えるはずがない。こんなオカルトじみた話を信じてくれる人などいるはずがない。しかし、今日一日の孤独な恐怖と罪悪感は、高校生の美月が一人で抱えきれる量を遥かに超えていた。
「……信じてくれないかもしれないけど」
美月はぽつりぽつりと、消え入りそうな声で話し始めた。
「私……予知夢を見るんです」
「予知夢?」
翼は眉をひそめたが、茶化すような態度は見せなかった。
「でも、何が起きるか分かるような具体的なものじゃないの。……私が、古い滑り台のてっぺんから落ちる夢。地面がどんどん近づいてきて、ぶつかる直前でスローモーションになって、いつまでも激突しないの。恐怖だけが永遠に続いて、本当にぶつかる翼間に目が覚める」
美月は自分の腕を抱きしめるようにして、身体を縮こまらせた。
「その夢を見るとね、私の周りの誰かが、絶対に不幸になるの。今回で五回目。今朝の佐藤さんの事故だって、あの滑り台から落ちる感覚が、佐藤さんが歩道橋の階段から落ちたことと繋がってた……。私は夢を見るだけ。これから誰かが傷つくって分かっているのに、誰なのかも、何が起きるのかも分からないから、何もできない! ただ待つことしかできないの! ……そんなの、辛いだけじゃない……っ!」
美月は顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。長年一人で抱え込んできた呪いの吐露。彼女の細い肩が激しく上下している。
翼は黙って彼女を見下ろしていた。普通なら笑い飛ばすところだが、目の前で泣き崩れている彼女の姿はあまりにも真に迫っていた。
「そっか……。それ、予知夢っていうかさ、『予感』の感度が強すぎるんじゃないの?」
翼は頭を掻きながら、自分も腰を落として美月と視線を合わせた。
「一応、僕さ、実家がそういう呪術とかまじないの類を扱う古い神社でさ。少しだけ知識があるんだ。悪い予感の記憶を呼び出して、その結末を上書きする『夢違い』みたいな術の真似事なら、まあ、可能かなって思うんだ。今から僕が黒川さんの意識をあの夢の記憶と同調させる。そしたら夢の中で、僕が声をかけるから」
「声掛け……?」
「そう。夢の中で『これは夢だ』って自覚できれば、その悪夢を壊せるかもしれない。黒川さんの中にこびりついた『不吉な予感のトラウマ』を叩き割るんだよ。このまま怯えて次の夢を待つよりは、一か八か対策を練っておいた方が精神衛生上いいと思うけど。どうする、委員長?」