不測の事態であろうに、賢いナッキには想定済みだったのか、抜かりは無いようであった。
「これはこれはニンゲンの坊ちゃん、お嬢さんですかね? お話をさせて頂くのは吝(やぶさ)かではないですよ、勿論でございますとも! 只ですね? 今お父さんやお母さんと大切なお話の最中ですのでぇ、少しだけ待っていて頂いても宜しいですかぁ? てへへ、済みませんねぇ!」
こんなに丁寧に言ってあげたと言うのに、ニンゲンの子供は、毛髪も生え揃っていない肌を露出させた未熟な顔を訝(いぶか)しげに歪(ゆが)めて言葉を続ける。
「いや、今聞いていると貴方が用があるのは私たち、ニンゲンなんじゃないのかと思ったんですがね…… 私はこのハタンガ村のリーダー、ニンゲンのコウフク・ナガチカと言う者なのですが…… 因(ちな)みに貴方が先程からお話されているのは、最近保護した野生生物の黒熊君たちなんですけどね」
「へ? ニンゲンのリーダー? さん、ですか? 坊ちゃんが?」
「ええ、まあ…… 坊ちゃんなんて歳でもないんですがね、ははは! 何か困ってらっしゃるとか言ってましたよね? 是非、お聞きしましょう! 我々でお力になれるのでしたら喜んで協力致しますよ!」
「ガウ?」
「おおおぉぉぉっ! な、ナガチカさんっ! 貴方に会いに来たのですよぉっ!」
「えっ! えええっ、私にですかぁ? ま、まあ…… はあ、はい、う、伺いましょう、ね」
「はいぃぃっ!」
その後、ナッキが騙し騙し聞きだした内容によると、ニンゲンは成長しても毛に包まれる事は無い、そう言う事だったらしい……
いや、寧(むし)ろ、地上を統(す)べる生き物の内、賢いと言われる生き物、ホニュウルイとか言うらしいが、中心になっている種族は『毛』の少ない種族で占められていると言う事であった。
その中で最も分別ある種族と言われているのがニンゲン、であり、彼らを率いているのが目の前にいるナガチカと言う個体らしかった。
なるほど、確かに賢そうである。
左右に侍(はべ)るニンゲン(?)二体はナッキより遥かに大きな個体、天を衝く巨体、正に暴の気配を隠そうともしないでそこに控え続けていた。
褐色(かっしょく)の肌に所々明るい桃色の顔色で、ジッとナッキたちを見下ろしている姿は、水面(みなも)を経ても不気味、そうとしか表現できない物である。
確かに毛は少ない、と言うか見当たらない…… 位階の高さを感じるナッキであった。
岸の際、水の直ぐ近くで腰を屈めて話を聞いていたナガチカ氏は言う。
「なるほどぉ、アナタ、ナッキ殿の配下に新たに加わった者達が石化の憂き目に会って窮している、そういうお話なんですね…… んで、かつてペジオ君が彼らに管理させようとした『魔力草』でしたっけ? それを手に入れたいと…… そう言う事ですかね?」
ナッキは勢い良く肯定だ。
「そうですそうですっ! 新たに加わった二種族のリーダーは元々依り代? とか言う奴でしてね! 普通の生き物ではなくて悪魔に近いと言い張っているんですよぉ! んで、自分達や魔獣? ですか? が、更に進化すれば仲間達が魔力過多になって石化する、そんな事態に対処できる為に『魔力草』とか何とか言うのを食べたいと…… そう言っている訳なんですよぉ! どうですかぁ、ナガチカさん?」
ナガチカ氏は困惑した表情を隠そうともせず言い澱んでいる、嘘の吐けない男である。
「え、ええ仰る事は判るんですが…… そのぉ、ナッキ様が言っておられる『魔力草』と言うのが皆目見当がつかないのですよぉ! ペジオ君は確かに何やら怪しげな実験を繰り返してはいたのですがねぇ…… ある日、誰にも告げずにこの集落から逐電してしまいましてねぇー、それ以来、我々『抵抗者(レジスタンス)』的にはいないも同然、そんな扱いなんですよぉ」
そう言われて駄々を捏(こ)ね続けるほどナッキは愚か者ではない。
故に助け舟を出したのである。
「そうなんですね! んじゃあ、『草』はどうでも良いですよ!」
「そうですか、ナッキ殿はあっさりしていて好感が持てますねぇ、私は科学者でもあるんでアナタみたいな合理的なタイプが好きなんですよ」
「へえ? 科学者、ですか? 何なんですかね?」
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