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(よしっ、いよいよだ……)
ひるんじゃだめ。
笑顔とやる気があれば、なんでも出来るんだから。
山梨さん待っててくださいねっ!
もうすこしで会えるって信じてますからっ!
気合いを入れて『club Cuore』のドアをあけると、店員のお兄さんに体験入店に来たことを伝えた。
裏手に連れて行かれる途中も、しかと店内をチェック!
キラキラのシャンデリアや大きなお花、お酒のボトルやグラスが並んだカウンター。
これは……オトナな雰囲気!
わぁぁテンションあがるっ。
(縁もゆかりもなかった夜のお店にいるなんて、なんだか夢みたいだなぁー)
ここで働いていれば、いつかは山梨さんが来店するはずだよねっ。
スタッフルームでエントリーシートを書いた後、店長から仕事内容の説明を受ける。
「体験入店のバイト代は一万円で、ほんとはそこからヘアメイク代を差し引くんだけど。今日は化粧だけ直してくれたらそのままでもいいっか。ドレスはここにあるのから適当に着てくれる?」
「はいっ!」
「あと、源氏名はどうする?」
「あっ」
そうだ、こういったお店だと、本名じゃなくて源氏名を使うんだよね。
どうしよー。
昨日の恋愛シュミレーションだと『サキ』にしたから、そのままサキにしようかな?
「サキにしますっ」
「了解、サキちゃんね。じゃあここのメイク道具使っていいから準備して。あと今日はレイって子のヘルプについてもらうから、あとはレイから説明受けてね」
「はいっ」
店長さんがいなくなると、私はうすい黄色のドレスに着替え、るんるん気分でメイク開始。
しばらくして、スタッフルームにだれかが入ってきた。
「あっ、こんばんは! お邪魔しています」
「あなたがサキさん?」
声をかけてきた人は、長い髪をきれいに巻いてアップにした、細身の女の人だった。
「はいっ! 今日からお世話になる滝沢―――ちがう、えっと、サキですっ! よろしくお願いします」
いけない、いけない、名前は源氏名を名乗るんだった!
ぺこりと頭を下げると、その女の人は「ふーん」と言いつつ、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出した。
「私はレイ。体験入店なんだってね。この仕事初めて?」
「はい!」
「じゃあ仕事教えるね」
レイさんにヘルプの仕事を教えてもらいながら、所作も頭に叩き込む。
うーん、やっぱり優雅で綺麗に見える動きが大事なんですねっ。
「ま、こんな感じ。あとはお客様の話を、興味を持って聞くことかな」
「なるほどー」
「質問はある?」
質問、と言われて、頭に浮かんだのは山梨さんのこと。
でもこれ……聞いちゃっていいのかな?
「えっと、あの……」
「なに?」
言いづらいけど、ここに来たのは山梨さんと会うためだし―――ええい、聞いちゃえ!
「あのっ。このお店に―――」
「レイ、そろそろ出て」
私が言いかけた時、ドアをあけて顔を覗かせた店長が声をかけた。
「仕事は教えた? この子も連れていってね」
「はーい」
レイさんが立ち上がり、質問を中断した私も、ドキドキしながら後に続いて立ち上がった。
店長に渡されたのは、夜の仕事には必須のライター入りポーチ。
(いよいよ初仕事だ……!)
マンガ『銀座の花道』はボロボロになるほど読んだし、昨日のシュミレーションで、お客さんに迫られた時のキメ台詞だってバッチリのはずっ。
私は今から沙織じゃなくて、サキ。
綺麗で華奢で、男の人を誘惑する、そんな大人の女性なんだっ。
(―――よしっ、がんばるぞ!)
自己暗示は充分!
そしてポーチの中に、自分のバッグから取り出した、山梨さんが落とした電子タバコを入れた。
もしかして、もしかして。
山梨さんが今日来店する可能性だって、なきにしもあらず……だもん。
そして初めてついたテーブルは、なんと……!!
はいっ! 山梨さんじゃあなかった―――。
(あぁ、そりゃあそうかぁー)
そんな現実は甘くないよね。
またちょっとショックだったのは、お客様が中年のおじさんふたりで、さらにはふたりともカツラってのがバレバレだったこと。
(これが現実なのかぁ)
恋愛アプリではイケメンしか相手しなかったから、なんとも言えない気持ちになっちゃう。
(はっ、だめだめ!!)
まずは実践を積まなきゃ!
さらなるオトナ女子になるべく、頑張るんだ。
煩悩を捨てて接客をし、一時間経過したころ、お客様がトイレで席を立った。
なにげなく視線を動かしたのと、入口からハスキーな声が聞こえたのは同時で―――。
「アヤちゃん、おらん?」
(―――えっ)
こ、こここっ、この声はっ!!!
声に反応して0.1秒で振り返った瞬間、心の中で「あ――――っ!!」と声をあげる。
入口にいた人を見て、電気みたいなのがビリビリッと走った。
探して探して、会いたくてたまらなかった人―――山梨さんがそこにいる。
「申し訳ありません、アヤは本日休みでして」
「えー、まじかぁ」
店員さんに言われ、山梨さんは首のうしろに手を当て、残念そうにあたりを見る。
「今日もいないんかぁ。なかなか会えんなぁ」
山梨さんっ!
山梨さんがいるっっ!
私の瞳は瞬時にロックオン!
思わず駆けだしそうになった時、店内を見渡していた彼と目が合った。
(わわっっ)
目が合って、その瞬間にハートを射抜かれる。
あぁぁ、今日はスーツじゃなくて黒のライダースジャケットを着てる……!
め、めちゃくちゃかっこいい!!!
「んー、アヤちゃん目当てで来たからなぁ。ごめんな、それならまた今度にするわ」
えっ、ぇぇぇえっ、また今度!?
そ、それはダメ!!
ここで帰っちゃったら、次いつ会えるかわからない―――!!!
「や、山梨さんっ!!」
思わず立ち上がると、入口の店員さんと山梨さんが同時にこちらを向いた。
わっ、また目が合った!
「山梨さん、待ってください! あのっ!!」
私っ!
沙織ですっ!!
数か月前この近くでぶつかった私ですっ!!
そう言いかけて、はっとする。
(そ、そうだ。私、あの時からずいぶん見た目が変わってるし、山梨さん気づかないかもっ)
嫌な予感は当たり、山梨さんは私を見て怪訝な顔をしている。
(ど、どうしよ――!!)
その時、慌ててだれかが私のほうへ駆け寄ってきた。
「ちょっと、サキさんっ」
店長さんの焦った声に意識を戻すと、いつの間にか周囲の視線は私に集まっていた。
店長さんは結構な形相で私を睨んでいて―――。
(わっ……。や、やっちゃった……!)
大ピンチだ、もしかしてこのままクビになっちゃうかもしれない……!!
(どうしようっ)
冷汗がぶわっと出たと同時に、山梨さんがまるで面白いものを見つけたみたいに、目を細めて笑った。
「なぁ、俺、あの子指名してもええ?」