テラーノベル
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そして、遠くの物陰から「あぁ、尊い……」と呟きながら推しを眺める、安全な隠居生活を送るのよ!
決意を固めた私は、すぐに行動に移そうと一歩踏み出した。
……が、勢い余って目の前に立ちふさがる「壁」にぶつかりそうになる。
「メリッサ様? 顔色が優れませんが。……やはり登城は中止になさいますか?」
覗き込んでくるレオン様の顔が、近すぎて死ぬかと思った。
長い睫毛の影が頬に落ち、涼やかな青い瞳に私の狼狽した顔が映っている。
至近距離で浴びる推しの美貌は、もはや致死量の毒……いや、暴力だ。
「い、いいえ! 行くわ。今すぐ行くわよ!」
「……そうですか。では」
彼が流れるような所作で差し出した手。
エスコートのための、真っ白な手袋に包まれた大きな手。
以前のメリッサなら、当然のようにその手に自分の手を重ね、傲慢に微笑んでいただろう。
けれど、今の私には無理だ。
推しの手を汚すわけにはいかないし、何より触れたら心停止する。
「き、今日はいいわ。自分で歩けるから!」
「…………」
私は差し出された手を全力で回避し、ドレスの裾を翻して逃げるように部屋を飛び出した。
背後でレオン様が「……そう、ですか」と、地を這うような低い声で呟いた気がしたけれど
振り返る余裕なんて一ミリもない。
(まずはマリンよ! 彼女に会って、まずは謝罪……じゃなくて、今日からは親睦を深めて味方につけなきゃ!)
ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は必死に脳内会議を繰り広げる。
今日の登城目的は、王宮の庭園で開催されるお茶会。
本来のシナリオでは、ここでメリッサがマリンに熱い紅茶をぶっかけ
それをレオン様に見咎められて「最低だ」と蔑まれる、最悪のイベントが発生する予定だった。
(紅茶をぶっかけるなんて野蛮な真似、推しの前でできるわけねええ…それこそ断罪エンドまっしぐらじゃん!むしろ、美味しいお菓子を差し入れして、彼女を笑顔にしなきゃ)
やがて王宮に到着し、色とりどりの薔薇が咲き誇る豪華な庭園へと足を踏み入れる。
そこには、陽だまりのような金髪をなびかせた、清楚で愛らしい少女──ヒロインのマリンがいた。
「あ……メリッサさん!」
私を見るなり、マリンの肩がビクッと跳ねる。
怯えさせてるわ。
完全にこの見た目のせいか…。
私はレオン様が背後に、影のように控えているのを肌で感じながら
前世で培った演技力を総動員して聖母のような微笑みを顔に貼り付けた。
「ごきげんよう、マリンさん。今日はとってもいいお天気ね」
マリンが驚愕に目を見開く。
周囲にいた令嬢たちのひそひそ話がピタリと止まった。
(大丈夫、計画通り。まずは第一印象改善作戦。ここで優しくすれば、レオン様からの評価も上がるはず!)
内心の焦りを悟られないよう、私はマリンに歩み寄ろうとした。
そのとき
「きゃっ!」
背後から誰かに強く押され、バランスを崩した。
(え、嘘っ!?)
反射的に伸ばした手が、テーブルの端に置かれていたティーポットの取っ手に触れてしまう。
ポットがガタリと傾ぎ、中の熱々の紅茶が、マリンの白いドレス目がけて溢れ出した──。
「危ない!」
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