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駅までの途上稲岡が話しかけてきた。
「今日は遠目からしか見られなかったからお前は今一つ彼女の良さが
分からないだろうけど、渚はほんとにいい女なんだ」
「そっか……」
「お前ぇ~、折角彼女のご尊顔を拝ませてやったのに何なんだ。
その反応の薄さにワイ泣けてくるわ」
「社会人にもなって5ちゃんねる用語使ってんじゃないよ」
「ははっ、若いだろ? あっ、おまえー、話を逸らしたろ?
お前はいつだって冷静で気がつけば恋愛なんてしてませんって顔して、
ちゃっかり良い奥さん捕まえてるし。ずるいんだよ。
就職だって俺の手の届かないところへすんなり決めてさ」
「稲岡だって……」
「やめろよ、スーパーゼネコン落ちた落ち武者に慰めの言葉はないっ。
いやっそうじゃないな。すまんっ、すまないっ。
折角お前という優秀なヤツがスーパーゼネコンの枠をひとつ開けてくれていた
というのに、俺というヤツは……むっふっふふ」
酔っているからなのか、ほんとに悲しんでいるのか、久しぶりに会った
相手との 距離感やら心の機微やら、掴みかねて俺は押し黙ったたまま
いるしかなかった。
それから俺は稲岡と駅のプラットホームに上がり言葉少なに
帰りの電車を待った。
そしてお互いどういう心持ちだか分からないが、自然の流れでそのまま別れた。
俺の方が先に電車を降りる形で……。
俺はもうこの先積極的にヤツに会わない方がいいだろうと判断していた。
なぜなら、奴が好意を持っているという女性は俺の妻、圭子だからだ。