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急ぎ気味に神殿を出たところで首都の騒ぎが耳に入る。あの大賢者が亡くなったと新聞記者の男たち数名が大きな声で話題にしているのを横目に、ばらまかれて落ちた新聞を拾ってヒルデガルドは早々に立ち去った。
「短時間でよく出来たものだ」
アーネストに頼ったのは正解だったと満足げに笑む。
(おそらく、さっきの記者の男たちもプリスコット卿の関係者だろう。ごまかすのにも限界はあるだろうが、少なくとも私の行方までは突き止められまい)
遺体の確認などをせがまれればバレる話だ。そう長い時間、誤魔化せるわけではない。ただヒルデガルドが準備をして町から遠く離れるくらいは可能だ。髪の色と名前だけ変えれば、いくら似ていると思われても見つけられたときに言い訳はできる。ひと安心でパンを買って食べ歩きながらポータル通りへ向かう。
各町へ触れるだけで瞬間移動させてくれる大きな魔法石──通称〝ポータルロック〟と呼ばれる|それ《・・》が登場したのは、つい数年前の話だ。魔王という脅威の消えた世界でも、自然に由来する魔物たちは未だ多く残っている。そのため『安全に移動する方法を確立しよう』と躍起になった魔導師たちのおかげで、首都から一方通行ではあるがポータルロックによる瞬間移動が可能となった。
ひとつ懸念があるのは、誰がいつ使って、どこへ向かったかを示すことだ。自分を襲った相手が思い出せない以上、追われる危険性を思えばあまり痕跡は残したくない。
「どちらまで行かれますか?」
ポータルロックの隣に立つ若い魔導師に声をかけられ、ヒルデガルドは「イルフォードまで」と伝える。首都ほどの規模ではないが大きな町で、危険を省みず魔物たちの棲みつく森や洞窟などに赴く冒険者たちの憩いの場所だ。
「はい、でしたらこちらのポータルロックになります」
傍にある記入用紙に名前と時刻を書き、ポータルロックに触れる。光に包まれて数秒ほどしたら、もうそこは首都から遠く離れた町イルフォードだ。汗と土埃の臭いがする冒険者たちの世界。彼女がこれから過ごす新たな拠点になる。
「……ええと、冒険者ギルドはいくつかあるんだったな」
ギルドは冒険者たちに拠点として寝泊りできる場所や食事などの提供、依頼の斡旋を行うことで利益を得ている。有名なギルドになれば大きな依頼も来るようになるし、冒険者たちも安心して選びやすいので都合が良い。
ヒルデガルドも、そんな情報を頼りに町でいちばん大きなギルドを探して、人に道を尋ねながら慣れない町を歩いた。
やがて見えてきたのは『竜の巣』と呼ばれる大型ギルド。たくさんの冒険者でごった返し、それぞれが危険な地域へ赴くのに数人のパーティを組んで仕事の話をしている。受付の男性は忙しさに今にも笑顔のまま泣きそうだ。
「失礼、冒険者としての登録がしたいんだが」
「ギルド所属は初めての方ですか?」
「ああ。あれこれと知識に疎いんだ、手間を掛ける」
「お気になさらず。でしたら、こちらの申請書をどうぞ」
名前や出身地などを書かねばならず、身元のはっきりしない者はギルドで雇えないとのことだった。ヒルデガルドは少し困ったふうに頬を掻く。
(もともと孤児だったから親族はいないし、師匠も亡くなっている。……気は進まないが、プリスコット卿かヨナスの名前を書かせてもらうとしようか)
あとで何か起きても笑って許してくれそうな人選をして、罪悪感は少しあったものの、さらりと名前を書く。申請書はあっさりと受理された。
「はい、ヒルデガルド・ベルリオーズ様ですね。それでは次に魔力の測定を致しますので、こちらの水晶に手を置いていただけますか?」
ただ申請が通れば冒険者になれるわけではなかった。多くの人間は魔導師ほどの魔力を持たないため、仮に魔法が使えないとしても最低限の魔物に対する抵抗力として一定量を持っていなくては、危険な地域に足を踏み入れることは許可されないのだ。ここで弾かれる希望者も多いと受付の男は言う。
「これには触れているだけでいいのか?」
「はい。正しく測定されますので少しお待ちを」
彼女が触れた水晶は薄青の淡い輝きを放つ。──だが、ほんの数秒して突然ひびわれてしまい、輝きを失ってただの壊れた水晶になった。
「……あれ? 変ですね。まだ新品に変えたばかりなんですが」
「不良品でもつかまされたんじゃないのか」
男は不思議そうにしたが、すぐに新しい水晶を用意する。「今度こそ大丈夫です」と自信たっぷりに言うも、やはりヒルデガルドが触れると簡単にひび割れて使い物にならなくなってしまう。なぜ、と泣きそうな顔をした。
「す、すまん。私が何かしてしまっているのかも」
「ありえませんよ。水晶はそう簡単に壊れないんですから」
困り果てた男はさらに追加で持ってきたが、今度は完全に割れる。
「……少々お待ちください」
棒読みで、かちこちな動きをして受付の奥の部屋へ消えていく。
(たしかに彼の言う通り、魔力測定に使う水晶はそんなに簡単に割れるものではないはずだが。……何かいやな予感がするな、これは)
不安にそわそわと落ち着かずにいると、さきほどの男が苦笑いで戻ってくる。「あの、すこし話がしたいとここの責任者が言っているんですけど……」と言われたヒルデガルドは、口端をひくつかせて『ろくでもない日だ』と思った。
「わかった。……はあ、困ったな」