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――三年間、欠勤したことはなかった。
その為優奈は初めて知ることになる。
二日も休むと、自分の首を絞めるだけだったという事実。
病み上がりを三日間働き終え、ようやく週末までたどり着き、フラフラとした足取りで最寄りの駅を出て自宅アパートへと歩いていた。
(ははは……雑用でこんなボロボロになってる女とか、どうすりゃいいのよ)
恭子が言うところの”雑用”は、この三年優奈の人生、その大部分をかけてこなしてきたもの。
凄まじい嫌味責めと遅くまでの残業。休養のエネルギーなど、この三日で奪い取られてしまっていた。
もちろん朝子だって変わらず。
今日は午後イチで郵便局に向かう途中、開店休業中のマッサージ店にいるはずの朝子が男性と腕を組んで歩いているのを見かけた。
もう何度も見ている光景だが、仕事を放り出されて、病み上がりの締めが忙しい時でさえも、何も手伝ってはもらえない。積もり積もった苛立ちは、優奈の気力も体力を奪う。
『そんなしみったれた雰囲気で出社されてもねぇ』
『こっちが体調わるくなっちゃうわよ』
『もっと出来る子雇いたいわ。』
静まる夜の住宅街。数日間の散々な言われようが疲れた頭の中で残響する。
(だめだめ、負けちゃダメだって。まだお金全然貯まってないじゃん)
ふるふると首を振って、それから、大きな溜息をひとつ。おかしいな、と思う。
まるで辞めるために働いてるみたいな思考は、辿ればどこに繋がっているというのか。
突き詰めようとすれば、決まって吐き気がする。
こんな時身体を重ね、気分を紛らわせてくれた彼氏もいなくなった。
友人たちもそれぞれの場所で暮らしていて、なかなか頻繁に集まることもなく。
暗い夜道、ひとりきり、帰り道は心細くなってくる。
優奈は、無性に泣き出したい気分になった。
見上げた夜空。
果てしく続く星の輝きと、つまらなくたたずむ自分のコントラスト。
「ほんと……退屈な大人になったなぁ」
独り言は、虚しく響いて消えていくはずだった。
「それ。まさか、お前のことを言ってるのか?」
しかし、そうはならず吐き出した言葉に返される声。
夜空から、まっすぐ前へ視線を戻すと。
「どうして……」
自然と優奈の発した声は震えてしまっていた。
(タイミング、毎回最悪すぎない?)
「ごめんな、急に。連絡がつかないし、近くまで来たから優奈を待ってた」
全身をこわばらせ唇を噛む。
また、ボロボロの状態で会ってしまった。
彼のまわりにいるであろう女性たちのように着飾っているわけでもなく、ジーンズ生地のスキニーにパーカーという汚れても大丈夫で、尚且つ恭子に嫌味を言われない仕事スタイル。
そして、泣き出し蹲ってしまいたい精神状態、そんな瞬間に。
「……すみ、ません、バタバタしてて」
連絡がきていたことは知ってる。
メッセージも着信も。
それだって、会う決心が出来るまで……と。見て見ぬ振りをして何とか平静を装っていたのに。
ドクドクと激しく脈打つ心臓、込み上げる吐き気。
どうして会いたくない時に彼は、雅人は現れるのか。汗が、寒くもないのに背中を、額を伝う。
「いや、構わない。もう仕事には出てるのか? 声が疲れてるけど大丈夫なのか?」
「い、え……」
「少し話がしたかったんだが、時間もらえるか……」
(ヤバい、なんで、吐きそう)
「優奈!?」
また、雅人の前で。
そう焦れば焦るほど身体は言うことを聞かなくなっていく。
口元を抑えしゃがみ込んでしまった優奈に駆け寄る雅人。固くざらついた感触のスーツに包み込まれるように、彼の腕が優奈を支えた。
「大丈夫か」
「……はい、だい、じょぶで……また、ごめんなさ、」
「構わない。吐きそうか? お前が汚れたら困るだろう、俺の服に出せ」
(いや、そっちのが汚れたら困るから)
おそらく誰にも通用しないだろう理屈を、あんまりにも真面目な顔で言うから。
優奈の身体から少し力が抜ける。