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こうして、長い一日が過ぎた。
夜八時、ボロボロになったハロが待つ、高天原駅に到着した。ボロボロというのは、文字通りで服も髪もボロボロになっていた。
「……那由多、お金、稼いだわよ」
今にも倒れそうなハロから封筒を受け取った那由多は、中身を確認して一つ頷く。
「ハロ、大事ないか?」
今にも倒れそうなハロに、イナリが肩を貸す。
「ありがとう、イナリちゃん……」
そう言って、ハロは「うう……」と泣き出す。
「もしかして……いけない事をやっちゃたのかな?」
文也が耳打ちしてくる。
口にはしなかったが、典晶も同じ事を考えていた。
那由多は言っていた。体を売れと。もしかすると、ハロは那由多の言葉通りに、その肉体を売り物にしてきたのだろうか。
典晶は唾を飲み込んで、ハロを見る。ハロは力なく駅前の階段に座り込み、声を殺して泣いていた。道行く人は、泣いているハロを心配そうに見ながら歩き去って行く。
「……私、穢れちゃった……、もう、エデンへ帰れないわ……」
ハロは、シクシクと泣く。典晶もハロを慰めようと思ったが、隣で腕を組んで立つ那由多は、「フンッ」と不機嫌そうに鼻を鳴らすだけだ。
「那由多さん、良いんですか?」
典晶は那由多に問いかけるが、那由多は表情一つ崩さず、時計を見て「時間だ、そろそろいかなきゃな」と、呟く。
「那由多さん! ハロさんに冷たすぎやしませんか? 彼女が可哀想です!」
典晶は声を荒げた。驚いたのか、那由多の目が見開かれた。彼は、典晶の非難をまったく予期していなかったのだろう。典晶の言葉に、「俺が悪いの?」と、小さく呟いた。
「そうですよ、那由多さん! ハロさんが、何をされたか……」
文也も典晶に加勢した。那由多は「う~ん」と困った顔をしながら、足を動かした。ハロの前に仁王立ちした那由多は、憮然と彼女を見下ろした。見上げるイナリの目にも、那由多への非難の色が見て取れた。
「ハロ……、何があったか典晶君達に説明しろ」
言外に自分は心配していないと、那由多は言っている。典晶達は、ハロを慰めるように彼女の傍らに走り寄った。
「うう……、お金がなくって……那由多が体を売れって言ったから……」
ハロは、グスグスと涙を流す。ハロの悲壮な表情に、典晶はポケットから取り出したハンカチを差しだそうとしたが、その手は那由多によって封じられた。
「私、近くの大学に行って……、漫画研究会の人達の前で……」
ハロはしゃくりを上げて、怒りの籠もった眼差しを那由多へ向けた。
「コスプレをしたのよ!」
「え~ん」と泣くハロに、典晶はホッと安堵の溜息を漏らした。那由多は、「な? こんなもんだぜ」と、こちらと文也に目で示した。
「もう! アイツらったエッチな目で私を見るし、色々な角度から写真を撮るし!」
「……どんな角度から?」
文也が興味なさそうな声で尋ねるが、本音は興味津々なのだろう。上半身が乗り出している。
「下からよ! アイツ等、寝転がってスカートの中を撮ってくるのよ!」
「それは、最悪だな!」
赤い瞳を更に赤くして、イナリはハロの言葉に同意する。だが、ハロは更に続ける。
「それは良いのよ! 一枚五〇〇円で取らしてあげてるから、どのアングルからとっても良いの! 私が悲しかったのは、アイツ等、私に悪魔の恰好をさせたのよ! 『君は天使よりも小悪魔な感じがする! ブヒ、ブヒヒヒ』、とか言ってさ! 天使の私が悪魔の恰好よ? 分かる? もうこれ、堕天したな、って私思ったの。そしてら、悲しくなって……」
「それは、さぞお似合いだっただろうな。それで、どうして服と髪がボロボロなんだよ。まるでレイプされたみたいじゃないか」
「写真を撮って、お金を貰ったまでは良いのよ。でも、まだ少し足りなくって、仕方なく、その辺りの小学生に頼んでお金を恵んでもらおうと思ったのよ。そしたら、カブトムシが欲しいって言い出して」
「山に行ってカブトムシを探した、と……」
「そう。それでボロボロになったの。たかだが三〇〇円とちょっとくらい、寄越せって言うの。力尽くで奪ってやれば良かったわ!」
涙をふきながら舌打ちをするハロに、那由多の無言の鉄拳が飛ぶ。すでにイナリは立ち上がり、「二人とも、そろそろ時間だぞ」と、冷たく言い放つ始末だ。
「それじゃ、俺達は行くよ。……後は、君次第だよ、典晶君。どんな結末だろうと、悔いの無い選択をしてね」
那由多は手を差し伸べてきた。典晶は力強く頷くと、那由多の手を握り返した。
「それじゃ、私達はいくけど、何かあったら私か那由多に連絡ちょうだいね。といっても、すぐに高天原で会うかしら?」
目を赤くしながらも、ニコニコと笑うハロとも握手を交わした。
「二人とも、ありがとう御座いました!」
典晶と文也、イナリは二人が改札へ消えていくのを見送った。
「終わったな……」
文也は重い荷物を背負い直し、大きく伸びをした。
「文也もありがとう」
「俺はなにもしていないって」
「いや、いてくれただけで助かったよ……」
「私からも礼を言わせて貰う。そして、これからも頼む」
イナリも文也に礼を言った。文也は恥ずかしそうに鼻の頭を掻くと、「さ、帰ろうぜ」と、爽やかに笑みを浮かべた。
甲高いホーンと共に、電車が走り出したようだ。典晶は闇の中に消えていく電車を見送った後、二人と共に歩き出した。明日から、また学校が始まる。宝魂石集めはまだまだ途上だ。