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「では、本題ですが……。ネスト、九条にはどこまで?」


「全てです。九条は信用に足る男です。魔法書の捜索も彼のおかげで見つけることが出来ましたし、なにより未登録のプラチナですから」


「「未登録!?」」


 リリーは座ったばかりの椅子を跳ね上げ立ち上がり、ヒルバークと同時に驚きの声を上げると、信じられないといった表情で俺を見つめた。

 プラチナプレートの冒険者がどれだけ王族に影響を与えるのかを知らなかった俺は、そんなに驚くほどかと首を傾げ、ネストはそんな俺を見て不敵な笑みを浮かべる。


「九条、隠してないで出しなさいな」


 別に隠しているわけではない。冒険者を辞めるかもしれない可能性もあるのだから、表立って出さないだけだ。

 ばつが悪そうにポケットの中からプラチナプレートを取り出すと、それに二人の注目が集まっているのがわかった。


「新しいプラチナの冒険者が出たなんて……。まだこちらにその話は来ていません!」


 興奮冷めやらぬリリーに対し、ネストは焦ることなく淡々と答えた。


「ではギルドでの会議が難航しているのでしょう。九条が出した条件を呑まなければ彼は冒険者を辞めると宣言していますので」


「辞める!? 何故です!? そんなに難しい条件なのですか?」


「正直言いますと、今のギルドではほぼ呑むことは出来ないと思いますね……。彼らは堅物揃いですから……」


「その内容を教えてください」


 リリーは急に俺に話を振り、確認の為ネストに視線を移すと、ネストは無言で頷いた。


「一つはコット村での活動を許可していただくこと。もう一つはミアを担当に据え置くことです。代わりにその他一切の補助や手当ては放棄します」


「いいでしょう。その条件で迎え入れます」


 即答である。その表情は冗談とは思えないほど真剣だった。

 リリーが手を叩くと、部屋に入って来たのは執事のようなスーツの男性。


「ギルドに早馬を。九条の条件を全て呑み、迎え入れろと伝えなさい。私の署名を入れて構わないわ」


「かしこまりました」


 執事の男はそれだけ言うと、一礼して部屋から出て行く。

 あまりにも突拍子のないスピードで話が進んでいくので、理解が追い付かなかった。


「よかったわね九条。これで冒険者を辞めずに済むわよ?」


 俺を見てニヤリと笑うネスト。それで悟った。飲み屋で言っていた秘策というのは、コレのことだったのだ。

 ネストの掌で踊らされていたかと思うと不愉快ではあるのだが、こちらの条件が全て通ったと思えば、むしろ感謝しなければならない。

 これでコット村に帰ることができ、いままでの暮らしを維持できる。願ったり叶ったりだ。


「でも、なぜ……」


「実は九条に与える褒美を考えていたんですよ」


「褒美……ですか?」


「はい。私はカガリに命を救われました。その褒美です」


 ネストが護衛の話を断らなかったのは、この為なのだろう。護衛としてなら王宮へと入ることが出来る。

 俺がプラチナであることと、それに問題を抱えていることを話せば、リリーが褒美として解決に乗り出すと読んでいたのだ。

 なんという策士……。


「九条。一つこちらからも条件を出させてください。あなたがプラチナの冒険者として活動すると十中八九他の貴族から派閥へと誘われるでしょう。ですが、それを全て断ってほしいのです。無理にとは言いません。せめて……せめて中立な立場でいてほしい……」


 そう話すリリーはどこか寂し気に見え、ヒルバークも思う所があるのか唇をかみしめていた。

 貴族同士の派閥争いは正直どうでもいいが、その勧誘を断り続けるのも面倒くさい。

 ならば、どこかに所属してしまえばいいのではなかろうか?


「派閥ってのはちょっとよくわからないですけど、王女様の派閥はないのですか? そこに入れていただけると、後々楽といいますか……」


「「――ッ!?」」


 なぜかリリーとヒルバークは目を見開き、ネストはなんの反応もせず静観していた。

 もしかしてここまで読んでいるのでは? とさえ勘繰ってしまうほどの余裕ぶりだ。


「もちろんあります。……ありますが、私の派閥にはお兄様やお姉様のように高額な報酬はご用意出来ませんが……」


「いいですよ別に。お金はいらないんで……」


「「――ッ!!?」」


 さらに驚く二人。そこに半笑いのネストが割って入る。


「言ったでしょ王女様。九条はちょっと普通の人とは考え方が違うんですよ。お金に魅力を感じないのもそうですけど、襲われてるのに敵を倒すのを躊躇ったり。相手が悪いのに自分が捕まるんじゃないかと心配したり……」


「確かに聞きましたが、冗談かと思っていました……」


「九条殿。本当によろしいのか? プラチナの冒険者であれば引く手数多。ギルドの依頼なぞ受けずとも、遊んで暮らせるほどの額が手に入るのだぞ?」


「ええ。まあ、生活に困らなければ十分かなと……」


 リリーとヒルバークは、まるで珍獣でも見ているかのような表情で唖然としていた。


「本当にいいんですね? 本当の本当にいいんですね!?」


 目をキラキラと輝かせて迫って来るリリー。

 しつこい――とは口が裂けても言えるわけがない。相手は王女だ。


「はい。大丈夫ですけど……」


 王女は王族という立場を忘れたかのように頭を下げた。


「……感謝します……」


 一筋の涙が頬を伝う。その意味をネストが教えてくれた。

 最弱と言われていた第四王女の派閥は、俺の加入により現在のパワーバランスを崩してしまうほど飛躍的に向上するようだ。

 プラチナやゴールドの冒険者は、派閥同士で取り合いになる。その決め手となるのが、どれだけ魅力的な報酬を提示できるかに尽きる。

 王位継承権最下位のリリーでは、満足のいく報酬を提示できるはずもなく、その殆どが第一王子と第二王女に奪われているのが現状であるとのこと。


「九条。そこは身に余るお言葉とか、光栄ですって返すのよ?」


 王女の涙にどうしていいのかわからず焦っていた俺に対し、ネストが助け舟を出すと、ハッと我に返りたどたどしくもそれを復唱した。


「あっ……。み……身に余るお言葉、光栄に存じます」


「ふふっ、いいのですよ。貴族でない方が信用出来ますから」


 慣れない言葉を口にする俺を見て、こぼれる笑顔。

 それは今まで一番、素直に見えたリリーの表情でもあった。


「それでは、こちらを……」


 リリーがなにかを差し出した。

 その手に乗っていたのは、青く輝く宝石がはめ込まれた銀の指輪だ。


「これは派閥の証です。常時……とは言いませんが、できるだけ身につけていてくれると嬉しいです」


 眩しい笑顔を向けてくるリリーから、それを受け取る。

 サファイアだろうか……。それはリリーの瞳のような澄んだ蒼で、つつましやかながらも清雅であった。


「よし、じゃあ本題に入りましょうか」


 ひと段落ついたところで、ネストが話題を戻す。


「ネストの馬車と私を人質にとった男は、ブラバ卿の差し金でしょう」


 リリーが視線を送ると、ヒルバークは一枚の紙をテーブルの上に置いた。

 それは調査報告書。ネストはそれを手に取ると、急ぎ目を走らせる。


「彼が着用していた鎧は全てブラバ家の領地で製造されたものだ。銘は削り取られていたが、間違いないだろう。ただ気になる点が一つ……」


「なに?」


「調査した者によると遺体はなくなっていて、装備だけが置いてあったと……」


「魔物に食べられたんじゃないの?」


 冒険者には良くあることだ。退治した盗賊が賞金首でない場合、死体を運ぶ意味がない。

 放置された死体は、魔物や獣の餌となるのが常である。


「もしかしたら顔から身元を割り出せるかもと思ったけど、それじゃ仕方ないわね。この報告書通りならブラバ家で間違いなさそうだけど、証拠が足りないわ……。もっとこう……インパクトがないと……」


 俺たちを襲った男から黒幕を探し出し、尻尾を掴みたいということなのだろう。


 辺りが静まり返り、ミアだけが我関せずとお茶をすする中、俺に一つの案が浮かんだ。


「俺がブラバ家の派閥に入るフリをして、内部から調査するってのはどうですか?」


「――ッ!?」


 全員が目を見開き一斉に俺の顔を見る。

 しかし、ネストは両手で頭を掻きむしると、テーブルに勢いよく突っ伏した。


「その手があったかー! けど、それはもう無理だわ……。九条を護衛として連れて来たんだもん、こちらの派閥に入っていると思われてもおかしくない。連れて来るんじゃなかったあ……」


 悔しそうに握られた拳は、テーブルの上でぷるぷると震えていた。


 なにか他に手はないものかと考えるも、いい案は出てこない。

 そこへ扉をノックする音。それは開くことなく、声のみが聞こえてきた。


「リリー様。そろそろお時間でございます」


「わかりました。すぐに行きます」


 コツコツと聞こえる足音が徐々に遠のき、リリーは深く溜息をついた。


「ひとまず今日はここまでにしましょう。そろそろ魔術修練を始めましょうか」


 修練前の非公式会談は、時間切れで幕を閉じた。

 一行はリリーの魔術修練を始める為、皆で中庭へと向かったのである。

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