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夏祭りが終盤に近づく頃、彼は私の手を引き人気の無い場所へと進んで行く。
「ねぇ!何処に行くの?!」
そう問いかけても彼は一言も返事をしない。
ただひたすらに何処かへ向かっている。
木々が唯一の明かりの月を隠した。
肉眼では周りの様子が伺えないほどに暗い。
すると突然ぴたりと彼は止まり振り向いた。
「本当の事を話して欲しい。」
そう言って真剣な表情で私の目を見つめる。
その瞳が全てを知っているかのように私を見ている。
ただ不思議な感覚に陥った。
「分かったからもう少し明るい所へ出よう。ここは暗すぎる。」
私はそう言って少しだけ前へと進んだ。
波の音が徐々に聞こえてくる。
夏なのに冷たい風が私の頬をついた。
目の前には藍色の海がどこまでも続いている。
荒い波の音が下から聞こえてくる。崖っぷち。この場所はまさにこの言葉どおりの場所だ。
私は地べたへと腰を下ろす。
彼を隣へ来るように促し話し始めた。
「私さ、何度もこの夏を繰り返してるの。」
そう言って彼の方へと目を向ける。
きっとおかしな奴だという目で見られるのだろうと覚悟していた。
けれど彼は真剣な眼差しで頷いてくれる。
また、私は別のことを話す。
「それでね、何回も海で溺れて目を覚ますと7月29日に戻っているの。」
「私は始業式の9月1日からの先をまだ歩めていないの。」
波の音が段々と遠のいている感じがする。
彼と話すことだけに集中しているのが自ら分かってしまうほど。
彼は何も話さずに私の話を頷きながら聞いてくれるだけ。
ふと私の視界がぼやけていくのを悟った。
気づけば私の瞳からは涙がひとつ、ふたつと溢れている。
「、それでね、うっ、わたっ、し、怖くて、」
「し、死にたくないって、ずっと思ってて、」
けれどその発言が嘘だということに気が付いた。
私は今まで一度も死にたくないだなんて思った事がなかった。
どちらかと言えばいつも死にたいと本当の死をと天に祈っていた。
なのに死にたくないだなんて嘘がよくもまあ付けたなと自分でも感心する。
「違う、嘘だ。私ね、ほん、とうは、もう明日が来ない、完全な死が、欲しかったの。」
そう言葉にするとそれは醜く生きているものたちを否定しているように聞こえる。
けれども私は生きたいだなんて心のどこを探しても見当たらない。
それならばいっそ潔く死にたいと叫んだ方が素直なのではないか。
馬鹿らしい考えが次々と出てくる。
そしてそんなことで悩んでいる自分が気持ち悪く感じる。
私など本来生きていてはいけないのに。
図々しく好きな人と付き合って過去の誤ちを忘れたように消し去って。
そんな私が私は大嫌いだ。
この世界ごと滅びてしまえ。
そんな悠長な考えが私の頭によぎる。
まるで自らの存在意義を否定するように死にたいと願って、生きていく為の小さな期待もすっかり色あせて、私は毎日地獄のような日々を永遠と送っている。
それは過去も、現在も、未来も変わりはしない。
私はきっと、この生き地獄からは抜け出せない。
「あのね、奏汰、愛してる。」
けれど私の存在理由が無くても、彼には私しかいないのだと思う。
ならば本来の彼への気持ちを隠すことなくさらけ出してしまう方が余程いいのではないか。
もしも明日死ねるのなら私は喜んで死のう。
けれど、死ねないのならば彼との幸せを少しでいいから感じさせて欲しい。
そう願う私の瞳の雫は月光に照らされて輝いていた。