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隣に来られると、空気が薄くなるというか圧迫されている気がするが、これは恐怖じゃない気もする。
「駄目だよ。俺に変な期待もたせたら」
「……どういう意味でしょうか」
視線はメニューからそらせない。
辻さんの顔を見る勇気がまだ出ない。
「だって、男性恐怖症じゃないか試したいからって俺を誘ってくるって。それ、期待させてるじゃん」
「ち、――違います!」
ばっと顔を上げると、辻さんの目が細く鋭くこちらを見ていた。
その目に、全身から血が引くのが分かる。
「じゃあ何? 最初で最後に付き合うなら、俺の方がきっと最高だよ。俺も30過ぎたしそろそろ落ち着きたいなって思ってたんだ」
「辻さん、俺、飲み物注文してきます」
気を使って席を立った牧さんの笑顔が下卑ていて、最初から二人で打ち合わせしていたんだと気づく。
「手、触ってみてもいい?」
「ごめんなさい。私、親が決めた結婚相手がいるんです」
「ええ?」
一瞬だけ間が開いたが、辻さんは鼻で笑うように尋ねてきた。
でも、男性とこうやって話す機会が少なかった私だけど、間違いではないなら彼はきっと私に気を引こうとしている気がする。
今までのやりとりや視線からそう感じた。
だから、早めに今日の趣旨を伝えて、彼の作戦を無効にしておきたかった。
「逃れられない相手が、なぜか普通に目を見て話せたから。だから他の人とも話せるようになったのかなって」
「……つまり、今までの俺の露骨なアピールは迷惑で、相手が居るから全く興味もなく、でも今日はこうやって試してみたかったと」
冷たい声で言われたら、私の行いが確かに最悪に聞えてくる。
でも真実だ。私は自分に好意を寄せている人をこうやって騙したんだ。
「申し訳ありません」
「謝るってことはまじなのか。うわあ」
まじかよっと低く呟いた辻さんは顎に手を置いて、右手でグラスを揺らす。
「俺、今まで女性に冷たくされたこともなかったし、あしらわれたり避けられることもなかったから華怜ちゃんの挙動不審な感じ可愛くて、楽しかったんだよね。怖がってるなって分かってても新鮮で」
「すみません……」
「一回ぐらいエッチしてみたい、どんな反応するかなって思うじゃん?」
「すみません。どんな返事をしていいのかわからないけど、本当に好きじゃないとエッチしません」
彼も私と一度だけ遊んでみたかっただけ。
ニュアンス的にそう言われている気がした。
先ほどは本気になるなら~なんて口説いていた気がしたけど、あれは優しくして一口だけ食べたかっただけなんだ。
「俺は婚約してても、遊んでくれるなら歓迎ってこと」
「……それは、いやです」
「でもさあ、生涯男を一人しか知らないって嫌じゃない?」
「よくわかりません」
さっきまで取り繕っていた辻さんではなく、下心を感じさせるような男の人だと匂わせてくる。
目線は会わせられないけど、今の辻さんなら会話しても恐怖を感じられない。
得体の知らない相手ではなくなったのかな。
「じゃあ理解してよ。男なんて、少しでも気がある人にしか優しくしないし、本命が居るって宣言されたのに会われたらセフレ候補なのかなって期待しちゃうわけ」
「そうなんですか!?」
壁に大きく後ずさってしまった。
私は自ら、辻さんを誘ってしまったのか。
「ふ。君、慣れてなさすぎ。これは騙されそう」
「騙されることはないです。私、男の人に興味も希望もないし」
「じゃあ男性恐怖症じゃなくてただの男嫌いじゃない?」
「目が合うと怖いとか、話していると体が震えちゃうのに、ですか」
「裏切られるのが怖いってことか。馬鹿だね、恋愛なんて騙しあいっていうのに」
だったら確かに、親が決めた相手だといいね。
自分が決めたわけじゃないし、裏切られても傷は軽いじゃん、自分が選んだ人じゃないし。
辻さんは急に饒舌になった。
でも意味ありげな視線とか、体中を値踏みするような絡む視線じゃなくなったおかげで少し話しやすくなった。
――裏切られるのは怖い。
それが原因で男性と話すのが怖かったのだとしたら、やはり原因は彼で。
その彼と目を見て話せるのはおかしいのかもしれない。
「辻さんで試すのは駄目でした」
「今更じゃん」
クスクス笑いつつ、空になったグラスの氷を揺らして少し溶けた水を飲む。
私がメニューを持ったまま頼まないから、辻さんは氷を飲んでいるようだ。
砂原 紗藍
#再会
気を使わせないような振る舞いが上手な人だ。
「私、カシスオレンジ」
「じゃあ俺もそれにしよ。ジンなんてお洒落ぶっても俺も甘いお酒の方が良かったんだよね」