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居間では、大爆笑が起こっていた。


「はははは!!なんでお咲が桃太郎から、きび団子もらうんだよっ!」


中村が、体をよじり笑っている。


「お咲は、かあちゃんの手伝いするからっ、きび団子もらえるんだよ!」


桃太郎の唄を披露したお咲が、中村に噛みついた。


「……それに、桃太郎のお供が、シロにタマにミケというのもなんだが、皆で桃を食べて、きび団子をお咲に与えるという脱線は、どうなんだ?」


岩崎は考え込みなからも、笑いを堪えようとしてか、肩がゆれている。


「……お咲ちゃんのお母さんが、お咲ちゃんの為に唄ってくれていたようなので……多少のことは……」


月子も、笑いながら、それでも上手に唄えたとお咲へ拍手を送っている。


「うん、筋は良い。声が伸びている。だが、問題は歌詞だなぁ」


「そうだなぁ。岩崎。確かに、声は良いし、音もちゃんと取れているのに、どうしてかなぁー、歌詞が!!」


中村が、更に笑った。


お咲は、口を尖らせ、かあちゃんの唄だと言い張り、怒り心頭になっている。


「……多分、お咲ちゃんがおとなしくしているようにと、お母さんが工夫されたんじゃないでしょうか?」


手伝っていたと言っても、正直なところ、お咲は、何も出来ないに等しい。だから、お咲を退屈させないように、母親は作業しながら唄っていたのではないだろうかと月子は岩崎へ言った。


「なるほどなぁ、それで桃太郎の唄にお咲を登場させたのか……」


「よし!いいんじゃないか!岩崎!会場は演芸場だぞ?客を沸かせることも必要だ!」


それに、と中村が続ける。


「学生だけのお堅い発表会だと、客も飽きるだろう?余興にちょうどいいじゃないか?」


「余興って……中村。子供を出しに使うのか?い、いや!中村っっ!!」


いきなりの岩崎の大声に、皆、ひっと、息を飲む。


「ちょ、ちょっと待てっ!!客というのは?!」


「ああ。演芸場だからなぁ」


のほほんと答える中村に、岩崎が掴みかかる。


「そ、それは、つまり、発表会とは、客を前にして演奏するということか?!」


「そう!そうそう!だから、皆、反発してるんだ」


学校の講堂から演奏会場が変更した。それは、ただ場所が変わったと言う訳ではなく、演奏場へ芸を見物に来る一般客を相手に演奏するということらしく……。


「そ、それは……」


「だろ?そりゃないわ。西洋音楽の真髄がわからない客相手なんて。というより、相手は本当に、ただの客だ。気に入らなきゃーすぐ、ヤジが飛んで来るだろう?」


中村に、事の真相を聞かされ岩崎は呆然としている。


一方中村は、掴かみかかられている手を払い除け、困ったもんだと他人事のように言っていた。


「ということで、岩崎、学校は、大変な騒ぎになっているんだ」


うーんと、岩崎は唸る。


場所が変わる。ただそれだけだと思っていた。関係者を集めた従来通りの発表会だと思っていただけに、岩崎は真底困りきる。


「……これは、お咲が一番強いな……」


岩崎は、はあーと大きなため息をついた。


「だろ?お咲の桃太郎なら、客は大ウケ間違いなし!」


演奏の技を競うのではなく、客に受け入れられる演奏を行わなければならないとは……。


その理屈が、学生達に通じるはずがない。


これは難題だと、岩崎は頭を抱え込む。


「男爵夫人もいるんだろ?何せ、男爵夫人だ。庶民からすれば、その肩書きだけで十分だろうよ」


まさか、お咲と芳子の存在に演奏会の成功がかかって来るとは思わなかった岩崎は、中村の言い分にも無言のままだった。


「よし!お咲!桃太郎をしっかり唄えよ!」


中村の激励にお咲は、こくんと頷いた。


「……でも、お咲ちゃん大丈夫なんでしょうか?まだ小さいのに……劇場の舞台だなんて……」


大勢の人の前で唄を披露するなど、足がすくんで自分は無理だと月子は言った。


「そうだな。月子の言う通りだ。今は、見知った顔の前だからお咲も唄えるのだろうが……」


岩崎も、月子の言ったことに同意しつつお咲を見た。


「だいじょうぶ!旦那様!お咲唄えるよ!」


当の本人は、何故かやる気になっている。


「あんパンもらえる!あんパン!キャラメルは、お咲知らない」


「え??お咲?!あんパンって?キャラメルって?!」


中村が、目を丸くしつつ話がまた分からなくなったと首を捻っている。


「……お咲ちゃん、あんパン好きなの?それで、お唄を?」


月子も、驚きつつお咲へ尋ねた。確か、花園劇場の支配人が、キャラメルでお咲の気を引き、結局、芳子の一言も加わりキャラメルとあんパンで話がついていたはずだ。


「みんな、あんパンたべてた。でも、お咲はたべれなかった」


少し寂しそうに言うお咲に、月子は、慌てて岩崎を見る。


「だ、旦那様!お、お願いします!お咲ちゃんに、あんパンを買って頂けませんか?!あんパンが食べたいだけで、舞台に立つなんて、おかしいです!」


必死になる月子の姿に岩崎も中村も、大きく頷いた。


「月子ちゃん、心配するな。あんパンぐらい、どうにでもなる。何せ、岩崎男爵家のご次男がいるんだぜ?悪かった。お咲は、単なる見世物にはしない!ちゃんと、学校で練習させて舞台に立たせる!」


「うん。そうだ。時間はないが、しっかり練習させよう。中村?お前、お咲の伴奏者にならないか?それなら、一緒に舞台に立てる。お咲一人という事ではないし、ヤジが飛んで来ても、お前が守れるだろう?」


「おお!そうだなぁ!よし!桃太郎を、おれがバイオリンで弾いてやるよ!」


「……いや、待て、中村。お咲は、お前のバイオリンには反応しなかっただろ?それで、唄うのだろうか……?」


岩崎の一言で、中村の顔がひきつった。


「岩崎!そ、それ、今言うことか?それにだな!一緒に練習したら、違うと思うぞっ?!」


たちまち、岩崎と中村の言い争いが始まる。


そんな、騒がしい二人のやりとりを眺めながら無事に演奏会が終わり、お咲も皆から拍手が貰えるようにと月子は願った。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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