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邪魔にならないところに立ってはいるが、道行く人が見ればカップルがイチャついていると思うだろう。
「蒼さん?」
抱きしめ返すこともできず、ただ硬直し立ち尽くすしかなかった。
「桜、良い匂いがする……」
耳元で囁かれる。
あっ、それはたぶん香水だ。
「それはたぶん香水だと……」
さっきの声が耳に残る。
蒼さんの声、色っぽくて腰が抜けそうだ。
そろそろ限界だと感じていた時
「急にごめん」
彼が私を離した。
「あっ。はい。あの……。どうしたんですか?」
「んー。秘密」
秘密、秘密、ひみつ!?
蒼さんはニコッと笑っている。
理由を知りたかったけれど、教えてくれそうにないな。なぜかそう感じた。
「帰ろうか?」
急に抱きしめられた理由を知らないまま、その後は特に何もなく帰宅をした。
「じゃあ、私、夕ご飯の準備をしますね!」
「あぁ。疲れてない?大丈夫?」
「はいっ。とっても楽しかったので、元気出ました。ありがとうございます!」
疲れてなどいなかった。
「少しは気分転換になった?」
そっか……。
私を元気づけようとして連れて行ってくれたのかな。
「はい、とても!また行きたいです!」
はっ……。
また行きたいなんて言っちゃいけなかった。
早くお金を貯めることが最優先だし、遊びたいなんて思っちゃいけない。
しかも蒼さんを巻き込んじゃいけない。
「ごめんなさい!調子にっ」
「俺もまた行きたいよ?」
調子に乗りましたと謝ろうとした。が、彼が途中で私の言葉を遮った。
「えっ?」
「映画とか久し振りだったし……。外食も……。桜とならすごく楽しかった。今日は付き合ってくれてありがとう」
ありがとうはこっちが言わなきゃいけないのに。
「ごめん。姉ちゃんから鬼電入ってたから電話してくる」
蒼さんはそう笑って自分の部屋に入って行った。
なんだろう、このキューンとした気持ち。
ドキドキして締め付けられるような……。
今日はいろんなことがあったから、そのせいかな。私はできることをしよう。
あっ、結局、蒼さん夕ご飯は何を食べたいんだろう?
遥さんと電話をする前に聞きに行っていいかな。
蒼さんの部屋の前に立った時、もうすでに遥さんと会話をしている声が聞こえた。
邪魔になるから終わったらまた来よう。
その場から離れようとした時だった。
「あぁ。マジ焦った。まさかあんなところにいるなんて思わなかったから……。思わず見えないように抱きしめた。えっ?だってしょうがないだろ。急だったし。桜は気付いてないようだったけど……。前のアパート、意外と近いしこれからは気を付ける」
私は気付いていない?誰かいたの?
「わかってるよ。桜の元彼、何するかわからないからな。桜もあいつのこと見たら嫌な気持ちになるだろうし。せっかく少し元気になったのに……」
本当は盗み聞きなんていけないと思った。
でも、蒼さんの会話を聞いて確信した。
映画館にいたのは、やっぱり優人だったんだ。
映画館の帰り道、蒼さんが抱きしめてくれたのは優人を見えなくするため。
私が優人を見たらショックを受けるかと思って配慮してくれたんだ。
そんなことまでさせて、本当に申し訳ないな。
優人は誰と一緒に見に行ったんだろう。
あの時の女の子?
私と付き合っている時もこうやって、ちょくちょく浮気してたんだろうな。
「桜?」
電話が終わったのか、部屋から蒼さんが出てきた。
どうしよう。電話の内容、聞いちゃったって素直に謝った方がいいよね。
「ごめんなさい。夕ご飯何を食べたいかなって聞きに行こうとしたら、電話の声、聞こえちゃって……。聞いちゃいけないと思ったんですけど、結局最後まで聞いちゃいました」
「そっか」
蒼さんも気まずそうな顔している。
「実は……。私も映画館で優人らしい人を見かけたんです。きっと違うだろうって思って気にしないようにしていました。帰り道、あそこにいたってことは本人だったんですね」
「あぁ。俺も実際会ったことあるし、本人だってすぐわかった。桜に見せたくないと思って、咄嗟にあんなことしちゃったけど……」
「気を遣わせてばかりですみません。私は、大丈夫です。一人だったら怖かったかもしれないけれど、隣に蒼さんが居てくれたから……。安心です」
「意外と住んでいるところが近いから、俺も気を付けるから」
「はい」
この時は今回は偶然で、もう会うことなどないと思っていた。
だから嫌な気持ちを引きずることなく、その日を過ごせたんだ。
その後――。
夕ご飯を作り、シャワーを浴びて、一人自分の部屋で横になっていた。
今日は本当に楽しかったな。
そうだ!蒼さんにお礼しなきゃ。
疲れているだろうし、マッサージでも!!
思い立ち、リビングへ向かう。
蒼さんはソファーで携帯を見ていた。