テラーノベル
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爆炎が里を真っ赤に焼き、立ち込めるのは焦げた土と、むせ返るような鉄の匂い。
かつての仲間、共に修行に励んだ同門たちの刃を、私は『薊丸』の峰打ちで必死に弾き飛ばしていた。
けれど、彼らの瞳にはもはや私という人間は映っていない。
「正義」という名の狂信に染まった『鴉』の耳に、裏切り者と成り果てた私の叫びが届くことはなかった。
「……あざみ、そこをどけ! その化物は、江戸を滅ぼす災厄だ。一族の使命を忘れ、化物の毒に当てられたか!」
師匠の鋭い突きが、避ける間もなく私の頬をかすめる。
育ての親として、師として
これまで私にすべてを注いでくれたはずの男からの、一点の迷いもない殺意。
その時、私の背後で
地面を割るような地響きと共に、聞いたこともないほど苦悶に満ちた呻きが漏れた。
「……ぐ、あああぁぁぁッ!!」
驚いて振り返ると、暁さんが膝をつき、片手で顔を覆って悶絶していた。
彼の身体から、今まで見たこともないほど濃密で
どす黒い赤色を帯びた妖気が噴き出している。
それは誰かを「守るための力」という器をとうに超え
周囲のすべてを飲み込み、破壊し尽くそうとする制御不能の奔流だった。
「暁さん……!? しっかりしてください!」
「逃げて……っ、あざみちゃん。僕の……僕の中の『核』が、もう、抑えきれない……」
顔を上げた彼の瞳からは、団子を食べて笑い、私の頭を撫でてくれた人間らしい情緒が
砂時計の砂のように消え去ろうとしていた。
ただ、血の色一色に染まっていくその瞳が、私を見ることすら拒んでいる。
その凄絶な光景を前に、師匠の口から勝ち誇ったような、残酷な事実が突きつけられた。
「やはりな!その『最凶の鬼』を暴走させ、その稀なる血肉を喰らい、力を奪うことこそが、我が組織の真の目的よ!」
「数代前、その鬼を仕留め損ねたお前の親も最後には奴の妖気に当てられ、我を忘れて狂い死んだのだ!」
「……は?」
一瞬、思考が凍りついた。
師匠の吐き捨てる言葉が、私の心の中で守り続けてきた大切な記憶を、音を立ててバラバラに壊していく。
「あざみちゃん……違う、聞いて……。彼らの言うことは……」
理性を失いかけ、口端から血を吐きながら、暁さんが震える声で言葉を繋いだ。
十数年前、雪の降る夜の真実。
私の父は、組織が「鬼の力を人間に植え付ける」
という非道な人体実験に手を染めていることに気づき
幼い娘だけは守ろうと組織を裏切って逃亡したのだ。
追っ手に追い詰められ、深手を負った父を、偶然通りかかって救おうとしたのが
当時山で静かに、孤独に暮らしていた暁だった。
しかし、父はすでにその場で命を落とすほどの致命傷を負っていた。
『この子を……あざみを、組織の道具にはさせないでくれ。……いつか、この子が自分の意志で、自分の人生を歩める日が来るまで…どうか……危なくなったときは守ってやってくれ』
父は死の直前、暁に「お守り」を託し
自分を殺したのは「通りすがりの鬼」だという残酷な嘘を私に教えるよう頼んだのだ。
私が「鬼を憎む鬼狩り」として生きることで
組織からの疑いの目を逸らし、組織の中で生き延びる力を身につけさせるために。
暁さんは、そのあまりに悲しい約束を、十数年もの間たった一人で背負い続けてきた。
あえて「仇」という泥を被り
憎まれることで、私が組織の中で「有能な道具」として疑われず
いつか自由を掴むその日まで、遠くから見守り続けてきたのだ。
私が彼を憎み、彼を斬ることで、組織における「価値」を証明し
私が人間としての平穏を手に入れられるように。
「……ごめんね、あざみちゃん。君を…たった一人にして。ずっと、残酷な嘘で騙して……」
妖気に全身を蝕まれ、指先が鋭い爪へと変じゆく暁さんの手が、震えながら私に伸ばされる。
その指先は、あの日江戸の町で団子を食べた時と同じ
不器用で、どこまでも優しい温もりを持っていた。
「……そんな、そんなの……っ! 間違ってる…!」
視界が涙でぐにゃりと歪み、止まることを忘れたように溢れ出す。
憎むべき敵は、目の前でボロボロになりながら私を守ろうとしている鬼ではなかった。
私を「道具」として
あるいは「生贄」として育て、偽りの憎しみを植え付けて心を殺した───この組織そのものだった。
「暁さん……もういい、もういいんです!私のために、これ以上悪者にならないで……!」
私は、命よりも大切だと教え込まれてきた『薊丸』を、迷いなく地面に投げ捨てた。
そして、周囲を薙ぎ払う暴走した妖気の渦の中へ、一歩も引かずに飛び込んだ。
鬼に成り果てようとしている、この世界で一番不器用で、一番優しい人の胸の中に。
「私は、貴方のこと、信じます……」
私の声が紅く染まった夜の森に響き渡る。
父から受け継いだ勇気の血。
暁から受け継いだ繋がれた命。
今、すべての因縁と愛憎が一つに重なり
組織との因縁を断ち切る、最終決戦へと向かおうとしていた。
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