テラーノベル
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小説書くのって、難しいなぁ。過去の書き溜めコピペしてる私が何言ってんだって話だけど
窓から差し込む光は穏やかで、部屋全体を蜂蜜のような色に染めている。 中原中也は、キッチンで手際よく朝食を準備していた。立ち上るコーヒーの香りと、トーストが焼ける香ばしい匂い。それはあまりにも平和で、ありふれた朝の光景だ。
「……中也、起きてる?」
寝室から届いたのは、少し掠れた、甘えるような太宰治の声だった。 中也はコンロの火を止め、エプロンを外すと、迷いのない足取りで隣の部屋へ向かう。
「ああ。とっくに起きてる。お前が寝すぎなんだよ、クソ鯖」
ベッドの上、太宰がシーツに包まってこちらを見上げていた。かつて砂色のコートを翻してヨコハマを暗躍していた頃の鋭さはどこへ行ったのか、今の彼はひどく物静かで、穏やかな微笑みを湛えている。
「だって、このベッド、君の匂いがして落ち着くんだもの。……ほら、こっちに来てよ」
太宰が両手を広げる。中也は苦笑しながらベッドの縁に腰を下ろすと、太宰の細い体を、壊れ物を扱うように丁寧に引き寄せた。太宰は当然のように中也の首に腕を回し、その胸板に額を預ける。
「……ねぇ、中也。抱っこ。ソファまで連れてって」
「自分で行けよ、……って言いたいところだが、まぁ、いい。今日くらいはな」
中也は慣れた手つきで、太宰の膝裏と背中に腕を通し、軽々とその体を持ち上げた。 太宰は中也の肩に顔を埋め、満足そうに瞳を閉じる。中也が歩くたび、太宰の足元でシーツがずるりと床に滑り落ちたが、太宰が自ら地を踏もうとすることはない。
リビングの窓際、特等席のソファに太宰を降ろすと、中也はすぐに、傍らに用意してあった厚手のカシミアのブランケットを手に取った。
「……今日は少し冷える。風邪引くんじゃねぇぞ」
中也は太宰の腰から下を、丁寧に、執拗なほど隙間なくブランケットで包み込んだ。太宰はその手付きをじっと見つめていたが、やがて視線を窓の外、遠くの青い空へと向けた。
「中也。……私、最近とても幸せだよ。あの世界を歩き回らなくていいんだものね。君が全部、私の代わりにやってくれる」
「ああ。お前はここに座って、俺が帰るのを待ってりゃいいんだ。……仕事が終わったら、また美味い酒でも開けてやるよ」
「楽しみだなぁ」
太宰はマグカップを受け取り、一口ずつゆっくりと飲み始めた。 ふと、中也がキッチンへ戻った隙に、太宰はブランケットの下にある、自分の膝のあたりにそっと手を置いた。
そこには、確かに自分の体がある感触がある。……けれど、太宰はその場所から先へ意識を飛ばそうとしても、霧がかかったように何も感じることができない。まるで、意識の末端がそこで遮断されているかのように。
「……ねぇ、中也」
太宰が、トーストを運んできた中也を呼び止める。
「……どうした」
「……あの日、私が君の部屋に来てから、もうどれくらい経ったかな。……なんだか、ずいぶん長い間、靴を履いていない気がするんだ」
一瞬、部屋の空気が凍りついた。 中也の手が、皿の縁を少しだけ強く握る。けれど、彼はすぐにいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「お前が『もう歩くのは疲れた』って言ったんだろ。……いいんだよ。お前の足は、俺が全部引き受けてやったんだ」
「……そうだったね。……私が、望んだことだものね」
太宰は自分の膝を撫でる中也の手を、上からそっと重ねた。 中也の指先は、いつもより少しだけ震えているように見えた。
「……太宰。飯、冷めるぞ」
「うん、食べるよ」
太宰は幸せそうに笑い、中也が差し出したトーストを口に運ぶ。 部屋の隅、クローゼットの奥深くには、太宰がかつて履いていたはずの靴が、左右ともに出鱈目な角度で放り込まれたまま、埃を被っている。
窓から見えるヨコハマの街は、今日も騒がしい。 けれど、この高い場所にある閉ざされた部屋だけは、永遠に変わらない、静かな安寧に満たされていた。
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